第33話 亜麻色のルーティン 後半
---
温泉から上がった後。
ヒナは髪を軽く拭きながら、
当然みたいな顔で言った。
「じゃ、
次は着替えね」
「まだ続くのか……!?」
「あたし最初から言ってたじゃん」
確かに言っていた。
言っていたが。
本当にやるとは思わないだろ普通。
ロイドが頭を抱えている間にも、
ヒナは平然と部屋へ戻っていく。
しかも。
「ロイ」
「……なんだ」
「来るよね?」
まただった。
断れない圧。
しかも妙に真顔。
「…………」
ロイドは数秒悩み。
結局。
押し切られる形で、
そのまま部屋へ入る事になった。
「なんでこうなるんだ……」
「ロイが優柔不断だからだよ」
「あははっ」
完全に遊ばれていた。
ヒナ本人に、
羞恥心はほとんど無い。
「別に減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃない……!」
ロイドが額を押さえている間にも、
ヒナは平然と着替えを進めていく。
部屋の灯りに照らされた髪は、
朝の柔らかな光を受けて、
亜麻色へ淡く銀が混じっていた。
その光景が妙に綺麗で、
ロイドは逆に視線の置き場を失う。
見ないようにしているのに、
視界へ入ってしまう。
そして。
ヒナは慣れた動きで、
左脚のニーハイを引き上げた。
「……」
白い指先が、
ゆっくり布地を整えていく。
引き締まった脚線。
細いのに、
無駄なく鍛えられている。
高速戦闘用の筋肉。
だが同時に、
妙に綺麗だった。
ロイドの視線が、
ほんの一瞬だけ止まる。
ヒナはその変化を見逃さなかった。
「ロイ」
「っ!?」
「そこ好きだよね?」
「なっ……!?」
ロイドの顔が一気に熱くなる。
ヒナは笑いを堪えながら、
わざとゆっくりニーハイ位置を直した。
「ほら、
また見てる」
「み、見てない!!」
「いや見てた」
即答だった。
ロイドは思わず顔を覆う。
図星だった。
戦闘中からずっと、
無意識に脚運びを見てしまっていた自覚はある。
あの異常な加速。
地面を滑るみたいな踏み込み。
月光の中で翻る脚線。
騎士として、
機動を見る癖がある。
……多分。
多分だ。
「ロイってさ」
ヒナは楽しそうに笑う。
「結構わかりやすいよね」
「うるさい……」
「あははっ」
静かな朝へ、
また鈴みたいな笑い声が響いた。
ヒナは自然な動きで装備の最終調整をしていく。
黒いベルトを腰へ通す。
ブーツ位置を微調整する。
左脚のニーハイを整え。
髪を軽くまとめ直す。
その動きには、
一切の無駄が無かった。
ロイドは自然と見入ってしまう。
さっきまで、
自分をからかって笑っていた少女とは思えない。
空気が違った。
静かに。
だが確実に。
何かが切り替わっていく。
「……毎日やってるのか?」
「ん?」
ヒナはベルトを締めながら、
小さく首を傾げた。
「このルーティン」
「あー」
ヒナは少し考えるみたいに視線を上げる。
「もう癖かな」
「癖?」
「落ち着くんだよね」
そう言いながら。
ヒナは左耳のピアスへ触れた。
細い指先で、
軽く弾く。
――キン。
澄んだ音が鳴る。
金属と鈴の中間みたいな、
静かな音だった。
その瞬間。
空気が変わった。
ロイドは無意識に息を呑む。
ヒナの目が、
僅かに鋭くなる。
静かなのに。
圧だけが増した。
まるで。
今ので、
“戦闘準備”が終わったみたいだった。
「……行こっか、ロイ」
ヒナは自然に歩き出す。
ロイドも慌てて後を追った。
---
午前。
二人はティーナ村周辺の巡回へ出ていた。
最初、
ロイドはただの見回りだと思っていた。
だが。
ヒナは歩きながら、
常に周囲を見ていた。
地面へ残る足跡。
折れた草。
風向き。
匂い。
森の静けさ。
そして。
目には見えないマナの流れ。
視線だけが、
絶えず森を走っている。
それなのに。
「あ、おばあちゃーん」
次の瞬間には、
普通に村人へ手を振っている。
子供達へ笑いかけ。
静かな鼻歌を歌いながら歩く。
年相応の少女だった。
……なのに。
ロイドは逆に、
妙な違和感を覚えていた。
この少女は、
休んでいる時ですら警戒を解いていない。
呼吸みたいに自然に。
“戦闘準備”を続けている。
それが、
ヒナ・ソレイルの日常だった。
静か過ぎる。
整い過ぎている。
隙が無い。
まるで。
生きる事そのものが、
戦闘みたいだった。
朝の風が吹く。
その中で。
ヒナは静かに鼻歌を続けていた。




