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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
41/50

第33話  亜麻色のルーティン 後半

 


---


 温泉から上がった後。


 ヒナは髪を軽く拭きながら、

当然みたいな顔で言った。


「じゃ、

 次は着替えね」


「まだ続くのか……!?」


「あたし最初から言ってたじゃん」


 確かに言っていた。


 言っていたが。


 本当にやるとは思わないだろ普通。


 ロイドが頭を抱えている間にも、

ヒナは平然と部屋へ戻っていく。


 しかも。


「ロイ」


「……なんだ」


「来るよね?」


 まただった。


 断れない圧。


 しかも妙に真顔。


「…………」


 ロイドは数秒悩み。


 結局。


 押し切られる形で、

そのまま部屋へ入る事になった。


「なんでこうなるんだ……」


「ロイが優柔不断だからだよ」


「あははっ」


 完全に遊ばれていた。


 ヒナ本人に、

羞恥心はほとんど無い。


「別に減るもんじゃないし」


「そういう問題じゃない……!」


 ロイドが額を押さえている間にも、

ヒナは平然と着替えを進めていく。


 部屋の灯りに照らされた髪は、

朝の柔らかな光を受けて、

亜麻色へ淡く銀が混じっていた。


 その光景が妙に綺麗で、

ロイドは逆に視線の置き場を失う。


 見ないようにしているのに、

視界へ入ってしまう。


 そして。


 ヒナは慣れた動きで、

左脚のニーハイを引き上げた。


「……」


 白い指先が、

ゆっくり布地を整えていく。


 引き締まった脚線。


 細いのに、

無駄なく鍛えられている。


 高速戦闘用の筋肉。


 だが同時に、

妙に綺麗だった。


 ロイドの視線が、

ほんの一瞬だけ止まる。


 ヒナはその変化を見逃さなかった。


「ロイ」


「っ!?」


「そこ好きだよね?」


「なっ……!?」


 ロイドの顔が一気に熱くなる。


 ヒナは笑いを堪えながら、

わざとゆっくりニーハイ位置を直した。


「ほら、

 また見てる」


「み、見てない!!」


「いや見てた」


 即答だった。


 ロイドは思わず顔を覆う。


 図星だった。


 戦闘中からずっと、

無意識に脚運びを見てしまっていた自覚はある。


 あの異常な加速。


 地面を滑るみたいな踏み込み。


 月光の中で翻る脚線。


 騎士として、

機動を見る癖がある。


 ……多分。


 多分だ。


「ロイってさ」


 ヒナは楽しそうに笑う。


「結構わかりやすいよね」


「うるさい……」


「あははっ」


 静かな朝へ、

また鈴みたいな笑い声が響いた。


 ヒナは自然な動きで装備の最終調整をしていく。


 黒いベルトを腰へ通す。


 ブーツ位置を微調整する。


 左脚のニーハイを整え。


 髪を軽くまとめ直す。


 その動きには、

一切の無駄が無かった。


 ロイドは自然と見入ってしまう。


 さっきまで、

自分をからかって笑っていた少女とは思えない。


 空気が違った。


 静かに。


 だが確実に。


 何かが切り替わっていく。


「……毎日やってるのか?」


「ん?」


 ヒナはベルトを締めながら、

小さく首を傾げた。


「このルーティン」


「あー」


 ヒナは少し考えるみたいに視線を上げる。


「もう癖かな」


「癖?」


「落ち着くんだよね」


 そう言いながら。


 ヒナは左耳のピアスへ触れた。


 細い指先で、

軽く弾く。


 ――キン。


 澄んだ音が鳴る。


 金属と鈴の中間みたいな、

静かな音だった。


 その瞬間。


 空気が変わった。


 ロイドは無意識に息を呑む。


 ヒナの目が、

僅かに鋭くなる。


 静かなのに。


 圧だけが増した。


 まるで。


 今ので、

“戦闘準備”が終わったみたいだった。


「……行こっか、ロイ」


 ヒナは自然に歩き出す。


 ロイドも慌てて後を追った。


---


 午前。


 二人はティーナ村周辺の巡回へ出ていた。


 最初、

ロイドはただの見回りだと思っていた。


 だが。


 ヒナは歩きながら、

常に周囲を見ていた。


 地面へ残る足跡。


 折れた草。


 風向き。


 匂い。


 森の静けさ。


 そして。


 目には見えないマナの流れ。


 視線だけが、

絶えず森を走っている。


 それなのに。


「あ、おばあちゃーん」


 次の瞬間には、

普通に村人へ手を振っている。


 子供達へ笑いかけ。


 静かな鼻歌を歌いながら歩く。


 年相応の少女だった。


 ……なのに。


 ロイドは逆に、

妙な違和感を覚えていた。


 この少女は、

休んでいる時ですら警戒を解いていない。


 呼吸みたいに自然に。


 “戦闘準備”を続けている。


 それが、

ヒナ・ソレイルの日常だった。


 静か過ぎる。


 整い過ぎている。


 隙が無い。


 まるで。


 生きる事そのものが、

戦闘みたいだった。


 朝の風が吹く。


 その中で。


 ヒナは静かに鼻歌を続けていた。

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