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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
40/50

第32話  亜麻色のルーティン 前編

# 第24話

## 『月光少女のルーティン』


 翌朝。


 空にはまだ、

群青色が薄く残っていた。


 ティーナ村は静かだった。


 鳥の声。


 朝露の匂い。


 山から吹き下ろす冷たい風。


 そんな静寂の中。


 ロイド・ディドラスは、

民家の物陰へ隠れていた。


「…………」


 視線の先。


 ヒナの部屋。


 障子越しに、

淡い灯りが漏れている。


 ……いや。


 別に怪しい事をしようとしていたわけではない。


 ただ。


 昨夜のやり取りが、

頭から離れなかっただけだ。


『張り付きたいんでしょ?』


『お風呂一緒に行くよ?』


 あの軽い口調。


 からかうみたいな笑顔。


 さらに。


『着替えも?』


 そこまで言われて、

完全に思考が止まった。


 結局、

返事は曖昧なまま。


 なのに今こうして、

部屋の前へ来ている時点で、

完全に不審者だった。


「……何やってるんだ俺は……」


 騎士団時代なら、

絶対にあり得ない行動だった。


 すると。


 すっ――と。


 障子が少しだけ開く。


「ロイ」


「っ!?」


 心臓が跳ねた。


 障子の隙間から、

ヒナの顔が覗いている。


 寝起きのはずなのに、

妙に目が冴えていた。


「隠れるなら、

 もうちょっと上手くやりなよ」


「い、いやこれは……!」


「ふーん?」


 ヒナは楽しそうに笑う。


 完全に最初から気付いていた。


 しかも。


 そのまま普通に着替えの準備を始めた。


 ロイドは一瞬固まる。


 部屋の灯りに照らされた髪が、

夜より少し柔らかい亜麻色に見えた。


 そこへ銀色が淡く混じる。


 寝起きなのに妙に綺麗で、

ロイドは慌てて後ろを向いた。


「見ないの?」


「見ません!!」


「あははっ……」


 鈴みたいな笑い声が、

静かな朝へ溶けていく。


「昨日はあんなに気にしてたのに」


「気にするに決まってるだろ!?」


「えー?」


 ヒナはわざとらしく首を傾げた。


「ロイって、

 真面目過ぎるんだよね」


「普通だ!!」


「普通の人は、

 朝から女の子の部屋の前で固まってないと思うけど」


「ぐっ……」


 図星だった。


 ロイドは額を押さえる。


 ヒナは肩を揺らしながら、

楽しそうに笑っている。


 ……遊ばれている。


 完全に。


 だが。


 その空気は不思議と嫌ではなかった。


---


 しばらくして。


 ヒナは当然みたいな顔で露天風呂へ向かった。


 ロイドも反射的について行く。


 ……いや。


 違う。


 正確には。


「ロイも来るよね?」


 その一言で、

逃げ道が消えた。


「…………」


「来るよね?」


 二回目だった。


 しかも笑顔。


 断れる空気ではない。


 結局。


 ロイドは押し切られる形で、

朝の露天風呂へ来ていた。


「なんでこうなるんだ……」


「昨日、

 張り付きたいって顔してたじゃん」


「してない!!」


「してた」


 即答だった。


 朝霧の中。


 岩造りの露天風呂から、

白い湯気がゆっくり立ち昇っている。


 山から流れてくる冷たい風と、

温泉の熱が混ざり合う。


 静かだった。


 鳥の声だけが、

遠くで微かに聞こえている。


 ヒナは慣れた様子で、

湯気の中へ入っていく。


 さらり、と。


 濡れた亜麻色の髪が背中を滑った。


 朝の光を受けて、

そこへ淡い銀色が浮かぶ。


 肩まで湯へ沈めると、

ヒナは気持ち良さそうに息を吐いた。


「んー……」


 まるで猫みたいだった。


 ロイドは逆に、

全く落ち着かなかった。


 距離が近い。


 近過ぎる。


 しかも。


 ヒナ本人に、

羞恥心がほとんど無い。


「ロイ、

 もっとこっち来れば?」


「来れるか!!」


 思わず声が裏返る。


 すると。


 湯気の向こうで、

ヒナが楽しそうに肩を揺らした。


「あははっ」


 完全に遊ばれていた。


 しかも。


 朝の湯気のせいで距離感が狂う。


 視線を逸らそうとしても、

白い湯気の隙間から、

どうしてもヒナの姿が見えてしまう。


 濡れた髪。


 白い肩。


 湯へ沈む細い身体。


 その輪郭が、

朝日にぼやけて滲んでいた。


 妙に綺麗だった。


 ロイドは思わず視線を逸らす。


「ロイ」


「な、なんだ」


「さっきから全然こっち見ないね」


「見れるか!!」


「あははっ」


 ヒナは肩を揺らして笑う。


 そのたび、

湯面が小さく波打った。


「ティーナ村じゃ普通だよ?」


「普通じゃない!!」


「ロイが気にし過ぎなんだって」


 そう言いながら、

ヒナは岩場へ腕を乗せる。


 濡れた髪を後ろへ流し、

細い指で梳いた。


 水滴が朝日を反射して、

きらきら光る。


 そのまま小さく息を吐いた。


「ふぅ……朝のお風呂は落ち着く」


 本当に自然体だった。


 警戒も無い。


 気負いも無い。


 だからこそ逆に、

ロイドの方がどうしていいか分からなくなる。


「お前、

 本当に風呂好きだな……」


「一日三回入るし」


「三回!?」


「朝昼夜」


「入り過ぎだろ……」


「普通普通」


 どこがだ。


 ロイドは思わず額を押さえる。


 だが。


 そんなやり取りをしている間も、

ヒナはどこか嬉しそうだった。


 朝の静かな空気。


 白い湯気。


 遠くで鳴く鳥の声。


 その中で。


 ヒナの笑い声だけが、

やけに心地良く響いていた。


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