第30話 白銀の剣
轟――――ッ!!!
世界が、
白銀光へ呑み込まれた。
莫大な光が、
ヒナの手元へ収束していく。
白銀の粒子が、
嵐みたいに渦巻いた。
空気が震える。
地面が軋む。
三日月山の木々が、
吹き荒れるマナへ押し下げられていく。
ロイドは思わず息を呑んだ。
圧倒的だった。
ただ魔法が強い、
そんな次元ではない。
世界そのものへ干渉しているみたいな、
異質な力。
白銀光はさらに圧縮される。
凝縮。
収束。
空間が軋む。
耐え切れないみたいに、
周囲の空気が悲鳴を上げていた。
そして。
ヒナの手の中へ、
一本の剣が具現化する。
白銀の刀身。
月光を内包したような輝き。
静かなのに、
直視するだけで肌が粟立つ。
光の剣。
だが、
それはただの光ではない。
破壊。
浄化。
静寂。
生。
相反する何かが、
一本の刃へ共存していた。
《ムーン・ヘルサイズ》が咆哮する。
ギィィィィィィィィッ!!
黒い月光が暴走した。
巨大鎌へ、
異常なまでのマナが収束していく。
空気が裂ける。
山肌が割れる。
三日月山の岩壁へ、
巨大な亀裂が走った。
ロイドは理解した。
来る。
あれは、
生物が放っていい力じゃない。
《ムーン・ヘルサイズ》の巨大鎌へ、
異常なまでの黒月光が渦巻く。
ギチギチギチ――
と外殻が軋み、
周囲の空気が悲鳴を上げていた。
黒い月光が、
夜空を削りながら膨張していく。
地面が崩れる。
木々が裂ける。
ただ溜めているだけで、
周囲が崩壊していた。
あれは、
ただの斬撃じゃない。
“月を断ち切るための一撃”だった。
金色の瞳が、
真っ直ぐヒナを見据える。
次の瞬間。
ギィィィィィィィィィィィッッッ!!!
咆哮。
黒い月光が、
夜空そのものを裂きながら解き放たれた。
視界を埋め尽くす黒。
圧倒的な破壊。
空間そのものが、
断ち切られながら迫ってくる。
地面が抉れる。
山肌が裂ける。
巨大な斬撃痕が、
三日月山へ刻まれていく。
避けられない。
ロイドは本能的に理解した。
あれを真正面から受ければ、
三日月山ごと消し飛ぶ。
だが。
ヒナは動かなかった。
白銀の剣を、
静かに構える。
まるで。
最初から全て分かっていたみたいに。
迫る黒月光。
山を断つ異常斬撃。
その直前。
ヒナが踏み込んだ。
次の瞬間。
月光の中から姿が消える。
轟ッ!!
遅れて、
白い衝撃波だけが地面を爆ぜさせた。
ロイドの瞳が見開かれる。
見えない。
いや。
一瞬だけ、
白い軌跡が見える。
その度に。
山が裂けていた。
「――遅いよ」
白銀の剣が振るわれた。
音は無かった。
ただ。
白い閃光だけが、
夜を裂いた。
次の瞬間。
ロイドは目を見開く。
黒い月光が――
消えていた。
「……なっ……!?」
吸われた。
《ムーン・ヘルサイズ》の斬撃が、
白銀の剣へ呑み込まれている。
黒月光が、
白銀の刃へ吸い込まれていく。
音が消えた。
空間ごと、
呑み込まれている。
黒と白。
相反する力が、
刃の中で渦巻いていた。
ヒナの周囲へ、
白銀と黒月光が混ざる嵐が吹き荒れる。
銀色へ煌めく髪が舞う。
月白色のボレロが翻る。
その姿は、
あまりにも人間離れしていた。
ロイドは息を忘れていた。
恐ろしい。
だが。
目を離せない。
ヒナは静かに息を吐く。
そして。
白銀の剣を、
ゆっくり横へ振るう。
「――返すね」
軽い声。
だが次の瞬間。
世界そのものが揺れた。
轟ッッッッッッ!!!!
白と黒が混ざった閃光が、
夜を切り裂く。
空気が爆ぜた。
衝撃波が森を吹き飛ばす。
三日月山が揺れる。
木々が薙ぎ払われ、
巨大な岩塊が宙へ舞った。
ロイドは光壁の内側で、
思わず腕を庇うように上げる。
凄まじい。
だが。
光壁は微動だにしない。
ヒナが展開した守護魔法が、
完全に衝撃を遮断していた。
白と黒の閃光が、
《ムーン・ヘルサイズ》を呑み込む。
金色の瞳が、
大きく見開かれた。
だが。
もう遅い。
白銀閃光が、
巨大な身体を一瞬で斬り裂いた。
斬断。
圧縮。
浄化。
全てが、
一瞬で終わる。
ギィ……
断末魔は、
最後まで鳴り切らなかった。
《ムーン・ヘルサイズ》の巨体が、
空中で静止する。
次の瞬間。
ズルリ――
と。
巨大な白銀外殻へ、
一本の光線みたいな裂け目が走った。
遅れて。
巨体そのものが崩壊する。
白銀外殻が砕け、
黒い月光が霧散していく。
残ったのは、
静かな月夜だけだった。
白い粒子が、
雪みたいに舞っている。
ロイドは、
しばらく動けなかった。
心臓が激しく脈打っている。
強い。
そんな言葉では足りない。
あれほどの異常存在を、
真正面から圧倒した。
なのに。
ヒナは、
まるで息を乱していなかった。
月光の中へ立つ姿は、
神話の存在みたいだった。
銀色へ煌めく髪。
白い光を残す双眸。
静かな横顔。
恐ろしいほど強いのに、
目を離せないほど綺麗だった。
ヒナはゆっくり息を吐く。
すると。
白銀の剣が、
粒子となって夜風へ溶け始めた。
光が消えていく。
だが。
空気へ残った余韻だけは、
まだ世界を震わせていた。
ヒナは何事も無かったみたいに、
《ムーン・ヘルサイズ》の残骸へ歩み寄る。
砕けた白銀外殻。
黒月光の残滓。
その中心へしゃがみ込み、
静かに手を差し入れた。
「……あ、あった」
取り出したのは、
淡い月光を宿した巨大結晶だった。
脈動するように、
内部で銀光が揺れている。
今まで見たどの月蝕結晶より、
遥かに濃密なマナ。
ヒナはそれを月光へ透かしながら、
嬉しそうに目を細める。
「これなら、
ロイの剣作れると思う」
ロイドは答えられなかった。
ただ。
月明かりの中で笑うヒナから、
目が離せなかった。
白い粒子が、
静かな夜風へ溶けていく。
三日月山には、
再び静寂だけが戻っていた。




