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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第29話  断月魔蟷



次の瞬間。


《ムーン・ヘルサイズ》が消えた。


「――来る!」


ロイドが叫ぶ。


直後。


轟音。


巨大鎌が、

二人のいた場所を消し飛ばした。


地面が裂ける。


木々が宙を舞う。


ロイドは咄嗟に飛び退き、

鉄剣で二撃目を受け流す。


ギィンッ!!


凄まじい衝撃。


腕が痺れる。


重い。


まるで岩山そのものを受け止めたみたいだった。


だが。


見える。


鎌の軌道。


空気の流れ。


踏み込み。


巨大な身体が動く瞬間の、

僅かな重心移動。


以前なら、

何が起きたかすら分からなかった。


だが今は違う。


夜の森。


月明かり。


冷えた空気。


その全てが、

妙に鮮明だった。


鎌が空気を裂く音。


地面を砕く衝撃。


木々の揺れ。


それらが、

一瞬だけだが認識できる。


身体が、

夜へ適応している。


「ロイ、左!」


ヒナの声。


ロイドは反射で身体を動かす。


直後。


巨大鎌が頬を掠めた。


髪が数本宙へ舞う。


一瞬遅れていたら、

首が飛んでいた。


ロイドの背筋へ冷汗が流れる。


だが。


身体は止まらない。


「っ――!」


地面を蹴る。


踏み込み。


回転。


騎士団長として積み上げてきた剣技が、

変質した身体能力へ噛み合い始めていた。


巨大鎌を掻い潜り、

ロイドが横薙ぎへ斬り込む。


ギィィン!!


白銀外殻へ火花が散った。


浅い。


だが。


確かに通った。


「……やれる……!」


ロイドが低く呟く。


その瞬間。


金色の瞳が、

ロイドを捉えた。


ゾクリ――

と全身が粟立つ。


まるで。


“獲物”として認識されたみたいだった。


ギチ……


巨大鎌が僅かに動く。


それだけで、

空気が悲鳴を上げた。


《ムーン・ヘルサイズ》の白銀外殻から、

黒い靄が漏れ始める。


空気が歪む。


周囲の木々が、

ミシミシと軋み始めた。


「……なんだ……?」


ロイドが眉を寄せる。


ヒナの表情が、

僅かに険しくなる。


「マズい……」


次の瞬間。


ギィィィィィィィィッ!!


金属を擦るような咆哮。


《ムーン・ヘルサイズ》の身体から、

黒い月光が噴き上がった。


空気が震える。


巨大鎌がさらに肥大化していく。


ギチ……ギチギチ……


外殻が軋む音。


黒い亀裂。


漏れ出す異常マナ。


山肌が、

ミシリと軋んだ。


ロイドの顔色が変わる。


「……なんだ、これは……」


「月蝕化……!」


ヒナが低く呟いた。


黒い靄が、

白銀外殻を侵食していく。


まるで。


身体の中から、

“別の何か”が生まれようとしているみたいだった。


金色の瞳が、

さらに濁る。


殺気が増す。


空気が重い。


肺が押し潰されそうだった。


次の瞬間。


轟音。


《ムーン・ヘルサイズ》が、

地面を砕きながら突進する。


速い。


先程までとは別格だった。


黒い月光を撒き散らしながら、

巨大鎌が振り下ろされる。


ロイドは咄嗟に剣を構える。


だが。


間に合わない。


死――


そう理解した瞬間。


白い閃光が割り込んだ。


「《輝盾陣》」


淡い光が弾ける。


ロイドの周囲へ、

半透明の光壁が展開された。


直後。


轟ッッッ!!!


黒い月光が爆発した。


森が揺れる。


岩が砕ける。


暴風が木々を薙ぎ払う。


だが。


ロイドの身体は、

光壁の内側で完全に守られていた。


「……っ!?」


ロイドが目を見開く。


ヒナは前へ出る。


月光の中。


静かに振り返った。


「飛ばされないようにね」


「……何の話だ?」


ロイドが眉を寄せた瞬間だった。


ヒナの空気が変わる。


静寂。


風が止まる。


森が、

息を呑んだみたいに静まり返った。


虫の音すら消えていた。


月明かりだけが、

白く地面を照らしている。


《ムーン・ヘルサイズ》ですら、

僅かに動きを止めていた。


本能的に、

何かを警戒しているみたいに。


ヒナは左耳の赤い片耳飾りへ触れる。


そして。


軽く弾いた。


「キン――」


澄んだ音が、

夜へ長く残響する。


同時に。


轟――――ッ!!


莫大なマナが吹き荒れた。


白銀の奔流。


月光すら霞むほどの光。


空気が震え、

三日月山そのものが唸る。


ロイドの瞳が見開かれる。


思い出す。


禁足地。


死の淵。


自分を救った、

あの白い閃光。


――あの力だ。


だが。


あの時より、

遥かに濃い。


遥かに恐ろしい。


助けられているはずなのに。


ロイドの本能は、

目の前の少女へ震えていた。


ヒナは静かに目を閉じる。


月明かりが、

ヒナへ吸い寄せられていく。


白銀粒子が、

周囲へ舞い始めた。


まるで。


夜空そのものが、

彼女へ跪いているみたいだった。


銀色へ煌めく髪が、

月夜の風へ揺れる。


蒼と金が混ざる瞳へ、

白銀光が滲んでいく。


人間の目じゃない。


ロイドは本能的にそう理解した。


そして。


ヒナが、

ゆっくり口を開く。


「太陽と月の影……」


声が、

静かな夜へ溶ける。


同時に。


吹き荒れていた白銀マナが、

さらに濃度を増した。


空気が軋む。


地面が震える。


三日月山そのものが、

白銀光へ押し潰されそうに唸っていた。


「我が刃に集まりて……」


白銀粒子が、

ヒナの手元へ収束していく。


凝縮。


圧縮。


空間そのものが、

耐え切れないみたいに歪み始める。


《ムーン・ヘルサイズ》が咆哮した。


焦ったように。


怯えるように。


「無と生を――」


ヒナの声と共に、

世界が白く染まり始める。


「等しく与えんことを!」


瞬間。


轟――――ッ!!!


世界が、

白銀光へ呑み込まれた。

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