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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第27話 月蝕結晶



空気が少し静まった。


ヒナも、

笑みを消して視線を向ける。


「普通のフレアマナじゃねぇ。

月寄りだな」


ロイドの目が僅かに細くなる。


月寄り。


その言葉には、

妙な引っ掛かりがあった。


脳裏に浮かぶのは、

あの夜。


《ルクス・マンティス》との戦闘。


剣へ宿った、

淡い月色の粒子。


そして。


月遺跡で溢れ出した、

自分の中の光。


「まぁ、

ティーナ村で一ヶ月も暮らしとりゃ、

多少は染まるが……」


ガンテツはそこで言葉を切る。


「お前さんの場合、

ちと馴染み過ぎだ」


その言葉に、

ロイドは静かに息を呑んだ。


「……馴染み過ぎ?」


ロイドが低く返す。


ガンテツは腕を組み、

ロイドを真っ直ぐ見据えた。


「普通、

外の人間はここまで変わらん」


「多少身体が強くなる事はある」


「夜目が効くようになる奴もおる」


「だが――」


ガンテツの目が細くなる。


「お前さんみたいに、

身体の芯まで適応し始めるのは異常だ」


鍛冶場の熱気が、

じわりと空気を揺らしていた。


ロイドは無意識に、

自分の掌を見る。


確かに変わった。


それはもう、

嫌でも分かる。


以前より身体が軽い。


感覚が鋭い。


夜ほど顕著になる。


そして何より――


戦う時、

身体が“馴染む”。


まるで、

昔からそうだったみたいに。


それが少しだけ恐ろしかった。


王国で積み重ねてきた常識が、

静かに崩れていく。


自分は本当に、

まだ“人間側”なのか。


そんな考えが、

一瞬だけ脳裏を過る。


だが。


「まぁ、

悪い事ばっかじゃねぇがな」


ガンテツは鼻を鳴らした。


「今のお前さん、

鍛えりゃかなり伸びる」


「ロイ、

最近かなり動き良いもんね」


ヒナが笑いながら言う。


「最初、

ほんとボロボロだったのに」


「……否定は出来ん」


ロイドは苦く笑った。


禁足地から運ばれて来た時など、

まともに立つ事すら出来なかった。


だが今は違う。


剣を振れる。


踏み込める。


戦える。


それが少しだけ、

ロイドの胸を熱くしていた。


ガンテツはそんなロイドを見ながら、

静かに口を開く。


「武器ってのはな、

使い手のマナを映す」


低い声だった。


炉の火が、

赤く揺れる。


「弱いマナなら、

弱い刃になる」


「逆に、

強過ぎるマナは武器を壊す」


ガンテツは鉄剣を指で軽く弾く。


キィン――


乾いた音。


「今のお前さんは後者だ」


「出力に、

剣が追い付いとらん」


ロイドは黙って鉄剣を見る。


最近感じていた違和感。


踏み込みに対して、

剣が遅れる感覚。


斬撃の重さに、

刃が耐え切れていない感触。


あれは気のせいではなかった。


「で、

問題は武器だ」


ガンテツが話を戻す。


「今のお前さんのマナに耐えるなら、

最低でも月蝕結晶級」


「しかも、

そこらの雑魚素材じゃ無理だ」


「やっぱりSS級?」


ヒナが軽い調子で聞く。


「あぁ」


ガンテツは頷く。


「出来れば特異個体だな」


ロイドの眉が僅かに動く。


特異個体。


つまり、

通常個体より更に危険な変異種。


するとヒナが、

肩へ担いでいた双剣を軽く揺らした。


「ちなみにこれも、

特殊個体素材だよ?」


陽光を受け、

白銀色の刃が淡く輝く。


ロイドは改めて双剣を見る。


洗練された刀身。


異常なまでに高いマナ密度。


見た目は細い。


だが、

内側へ圧縮された力が分かる。


王国の名剣とも違う。


もっと生物的で、

危険な武器だった。


「あれに使っとるのは、

《飛竜王プレストドレイク》の特殊個体から採れた月蝕結晶だ」


ガンテツが腕を組みながら言った。


「普通の素材じゃ、

ヒナの出力には耐え切れん」


「プレストドレイク……」


ロイドも名前くらいは知っていた。


飛竜種の中でも、

最高位へ位置する危険種。


しかも特殊個体となれば、

王国でも討伐隊規模だ。


「あれ空飛ぶの速かったんだよね〜」


ヒナが気軽に言う。


「あとずっと空からブレス撃ってきて面倒だった」


「お前さん、

あれ単独で落としたじゃろ」


ヨネが呆れたように言った。


「まぁね〜」


軽い。


あまりにも軽い。


ロイドは思わず額を押さえた。


やはり、

ティーナ村の基準はおかしい。


「……そんな物を、

個人装備へ使っているのか」


「ティーナ村だしね〜」


ヒナは悪びれもなく笑う。


ガンテツは楽しそうに口元を歪めた。


「お前さんの剣も、

同じ領域の素材が必要って事だ」


「今のマナだと、

そこらの武器じゃ耐え切れねぇ」


ロイドは静かに息を吐いた。


すると。


ガンテツがふと口を開く。


「今のお前さんなら、

マンティス系が合うな」


その瞬間。


ロイドの脳裏に、

白い影が蘇る。


夜の森。


巨大な鎌。


金色の瞳。


空気そのものが凍るような殺気。


「あっ」


ヒナが声を上げた。


「多分、

あの時ロイを睨んでたやつじゃない?」


ロイドも思い出していた。


森の奥。


木々の隙間から、

こちらを見下ろしていた巨大な白い影。


ただ視線を向けられただけで、

本能が警鐘を鳴らした。


あれは、

明確に“格上”だった。


「かなり大きかったよね〜」


ヒナは軽く言う。


「……お前、

あれを見てその感想なのか」


「え?

強かったよ?」


基準がおかしい。


ロイドは改めてそう思った。


ガンテツは楽しそうに笑う。


「ちょうどいいじゃねぇか」


「倒しゃ素材になる」


さらっと言う。


だが、

相手はSS級特異個体。


普通なら、

王国討伐隊案件だ。


鍛冶場の炉が、

ごうっと火を噴き上げる。


熱気の向こうで、

ヒナが楽しそうに笑った。


双剣をくるりと回しながら。


「じゃあ決まりだね」


その青金の瞳が、

真っ直ぐロイドを見る。


「剣素材のために、

虫取りだよ、ロイ?」

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