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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
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第25話  昼下がりの鍛錬場



昼下がりの陽射しが、

ティーナ村の鍛錬場へ柔らかく降り注いでいた。


乾いた土の匂い。


木剣が打ち合わさる音。


遠くから聞こえる鍛冶場の金属音。


村の空気は今日も穏やかだった。


ティーナ村での生活が始まってから、

気付けば一ヶ月が経とうとしていた。


ロイド・ディドラスは、

その間ほぼ毎日のように鍛錬場へ通っていた。


マナの扱いを学びながら、

鈍らないよう剣を振るう。


最初はまともに扱えなかった身体も、

今では驚くほど自然に動くようになっていた。


「はぁっ!」


踏み込み。


木剣が鋭く風を裂く。


以前より速い。


以前より軽い。


身体が、

確実に変わっている。


「えいっ!」


隣では、

コトハが杖を振り上げていた。


だが次の瞬間。


ぼふんっ!


「きゃーっ!?」


小さな爆発が起き、

コトハが煙に包まれる。


「また失敗しとるのぅ」


鍛錬場の端で、

ヨネが湯飲み片手に笑った。


「うぅ〜……圧縮したのにぃ〜……」


煤だらけになったコトハが、

涙目で頬を膨らませる。


ロイドは思わず苦笑した。


最初は驚いてばかりだった。


だが今では、

こういう光景にも少し慣れてしまっている。


ティーナ村では、

これが普通なのだ。


ヒナは、

しばらくロイドの剣筋を眺めていた。


踏み込み。


重心移動。


振り抜き。


一ヶ月前とは別人みたいだった。


まだ粗さは残っている。


だが、

身体強化へ適応し始めた動きになっている。


「……ほんと、

かなり動けるようになったね」


感心したように呟きながら、

ヒナは柵から軽く飛び降りた。


陽射しを受けた亜麻色の髪が、

柔らかな金色を帯びながら風に揺れる。


月夜には銀色へ輝いて見えるその髪も、

昼間はどこか穏やかだった。


まるで、

夜の神秘性を隠し、

年相応の少女へ戻っているみたいに。


黒のノースリーブと軽装戦闘衣。


左脚のニーソックス。


いつもの機動装束姿だった。


そしてヒナは、

少し楽しそうに首を傾げる。


「相手しようか?」


ロイドは木剣を下ろし、

小さく息を吐いた。


「……まだ本調子には遠い」


「いやいや。

外の人でここまで馴染むの普通じゃないから」


ヒナは楽しそうに笑う。


ロイド自身も分かっていた。


身体能力。


感覚。


反応速度。


夜ほどではないにせよ、

昼間ですら以前より身体が軽い。


だが。


それ以上に気になっている事があった。


ヒナの強さ。


あの異常な速度。


あの感覚。


あれは本当に、

技術だけなのか。


ロイドは少しだけ考え、

静かに口を開いた。


「……頼めるか」


「剣あり?」


「いや。

武器なしで」


ヒナが少し目を丸くした。


「へぇ?」


その口元が、

どこか嬉しそうに緩む。


「いいよ」


ヒナは双剣を、

鍛錬場の脇へ置いた。


白銀と月色が混ざるような美しい双剣。


陽光の下でも、

淡い光沢を放っている。


ヨネがゆっくり立ち上がる。


「ほれ。

始めるぞい」


空気が静まる。


ロイドは腰を落とした。


相手はヒナ。


真正面からでは勝てない。


ならば先手。


踏み込みで崩す。


「始め!」


瞬間。


ロイドは地面を蹴った。


だが。


「――え?」


視界から、

ヒナが消えた。


次の瞬間。


ふわり、

と柔らかな感触が首へ絡み付く。


「なっ――!?」


身体が傾く。


重心が崩される。


気付けばロイドは地面へ倒され、

首へ脚を絡め取られていた。


三角絞め。


しかも、

異常に速い。


「はい、捕まえた」


耳元で、

楽しそうな声がする。


柔らかい太腿が、

容赦なく首を締め上げる。


近い。


近過ぎる。


甘い匂いがする。


ロイドの思考が一瞬止まった。


速い。


いや、

それ以上に動きが自然過ぎる。


まるで、

最初からそこにいたみたいに、

一切の無駄が無かった。


強い。


意味が分からないくらい強い。


だが同時に――


妙に心地良かった。


「…………」


「ロイ?」


「…………いや」


「顔赤いけど?」


「気のせいだ」


「雑念が多過ぎるわい」


ヨネが真顔で言った。


ロイドは無言になった。


「えっ……

これがカップルのじゃれあい……?」


コトハがぽかんと呟く。


「違う!!」


「違うよ!?」


ロイドとヒナの声が綺麗に重なった。


その直後。


ヒナがぱっと離れる。


ロイドは咳き込みながら身体を起こした。


「げほっ……!」


「ごめんごめん、

ちょっと本気入っちゃった」


ヒナは悪びれもなく笑う。


ロイドは息を整えながら、

改めてヒナを見る。


やはり異常だ。


身体能力だけではない。


技術。


反応。


感覚。


その全てが、

王国騎士団の常識を遥かに超えている。


その時。


地面へ置かれていた双剣が、

ふと視界へ入った。


洗練された刀身。


異常なマナ密度。


ただの武器ではない。


ロイドは自然と視線を細める。


「……かなり良い素材だな」


「あ、分かる?」


ヒナが嬉しそうに笑った。


「これ、

ガンテツおじさんに作ってもらったんだ」


「……ガンテツ?」


その名前自体は聞いた事があった。


ティーナ村でも特に顔が広く、

よく村人達の会話へ出てくる人物。


だが。


「鍛冶師だったのか」


「そーだよ?」


ヒナは双剣を拾い上げ、

くるりと軽く回して見せる。


陽光を受けた刃が、

白銀色の光を流すように反射した。


「月蝕結晶使ってるから、

普通の武器よりマナ通り良いんだよね〜」


ロイドの表情が少し変わる。


月蝕結晶。


王国でも、

扱える職人は極僅か。


高濃度の月神系エネルギーを含む危険素材。


下手な鍛冶師では、

加工中に暴走する事すらある。


「……この村には、

それを扱える人間がいるのか」


「いるよ〜」


ヒナはけろっと答える。


そして次の瞬間。


急に楽しそうな顔になる。


「これも!」


胸元の装飾を指差す。


「このベルトも!」


腰のレザーベルトを軽く揺らす。


「この金具も!

ブーツも!」


くるっと一回転。


「全部、

ガンテツおじさんとハナお兄ちゃん作!」


年相応の少女らしい声だった。


ロイドは一瞬、

言葉を失う。


夜の森で見せる、

あの異常な戦闘姿とはまるで違う。


陽射しの下では、

本当に普通の少女みたいだった。


……可愛い。


無意識だった。


「雑念」


ヨネが即座に言った。


「…………」


ロイドは静かに視線を逸らす。


コトハが不思議そうに首を傾げた。


「ロイドさん、

さっきから雑念多くない?」


「気のせいだ」


即答だった。


だがヨネは完全に呆れていた。


ヒナはそんな空気に気付いていないのか、

双剣を肩へ担ぎながら笑う。


「まぁでも、

ガンテツおじさん凄いんだよ?」


「素材さえあれば、

大体何でも作っちゃうし」


その言葉に、

ロイドは少し真面目な顔へ戻った。


「……素材があれば、

俺の剣も作れるのか?」


ヒナがぱっと笑う。


「作れるよ?」


「ただ、

普通の素材じゃ多分耐えられないけど」


「……そうか」


最近の違和感を思い出す。


身体強化。


感覚強化。


そして、

剣へ宿った淡い月色の粒子。


あれがもし、

本当にマナ変質だとするなら――


「ガンテツおじさんのところ、

行ってみる?」


ヒナが気軽に言う。


ロイドは少しだけ考え、

静かに頷いた。


「……頼む」

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