第24話 月下双剣
白閃。
世界が、
一瞬だけ白く染まる。
次の瞬間。
《ルクス・マンティス》の巨大な鎌が、
宙を舞っていた。
「――な……」
ロイドは目を見開く。
斬った。
今の一瞬で。
S級クラスの外殻ごと、
あの巨大な鎌を。
遅れて。
ズン――ッ!!
轟音と共に、
切断された鎌が地面へ突き刺さる。
その前へ。
月白色のボレロが、
静かに揺れていた。
「……ロイ」
白銀の髪。
蒼い瞳。
双剣。
ヒナだった。
両手の双剣を構えたまま、
小さく息を吐く。
「何してんの」
呆れた声。
だがその視線は、
既に《ルクス・マンティス》を捉えている。
蟷螂が咆哮した。
黒い靄を撒き散らしながら、
残った片鎌を振り上げる。
だが。
ヒナは動じない。
ス……と。
静かに腰を落とす。
その瞬間。
空気が変わった。
森の音が遠ざかる。
張り詰める静寂。
呼吸すら、
止まりそうになる。
そして。
ヒナが左耳の《陽輪》へ触れた。
軽く弾く。
キン――……
鈴にも似た澄んだ音が、
静かな森へ響いた。
同時に。
ヒナの瞳が、
僅かに鋭く細められる。
次の瞬間。
ヒナが消えた。
「――っ!?」
ロイドの視界から、
完全に姿が消失する。
見えない。
速すぎる。
遅れて。
白い斬光だけが、
夜の森を走った。
ガガガガガガガガッ――!!
連続する斬撃音。
《ルクス・マンティス》の身体へ、
無数の白線が刻まれていく。
月光の残像。
交差する白閃。
ロイドには、
もはや何が起きているのか分からない。
ただ。
《ルクス・マンティス》だけが、
圧倒されていた。
さっきまで。
自分を追い詰めていたS級異常個体。
その巨大な蟷螂が。
今は、
“遅い”。
そう見えてしまうほど、
ヒナの速度は異常だった。
《ルクス・マンティス》が絶叫する。
黒い光刃を乱射。
森が裂ける。
大樹が吹き飛ぶ。
だが。
当たらない。
ヒナの姿を、
捉えられない。
白い残光だけが、
月光の中を踊っていた。
そして。
ヒナが、
蟷螂の真正面へ現れる。
蒼い瞳が、
静かに細められる。
「悪い子は――」
双剣が、
白く輝く。
「あたしがお仕置きだよ!」
瞬間。
白い花弁のような斬光が、
爆発的に広がった。
超高速連撃。
純白の閃花。
ロイドの視界では、
もはや“斬撃の嵐”にしか見えない。
《ルクス・マンティス》が絶叫する。
黒い靄が吹き飛ぶ。
巨大な外殻が、
次々と裂けていく。
そして最後に。
一閃。
白光。
次の瞬間。
《ルクス・マンティス》の巨体が、
ゆっくりと崩れ落ちた。
轟音。
巨大な蟷螂の身体が、
森の地面へ崩れ落ちる。
巻き上がる土煙。
砕けた外殻。
静かに消えていく黒い靄。
そして。
夜の森へ、
再び静寂が戻った。
「……ふぅ」
ヒナは双剣を軽く振り、
付着した黒い液体を払う。
その仕草すら自然だった。
まるで、
日常の延長のように。
「…………」
ロイドは言葉を失っていた。
強い。
そんな言葉では足りない。
今の戦闘は、
自分が知る騎士達の戦いとは別次元だった。
そもそも。
あの《ルクス・マンティス》は、
王国なら討伐隊案件だ。
それを。
ヒナはたった一人で、
数秒で終わらせた。
しかも。
まだ余裕を残したまま。
「……ロイ?」
ヒナが振り返る。
そこでようやく、
ロイドの傷へ気付いた。
「うわ、結構やられてるじゃん」
「だから無茶しないでって言ったのに」
「……いや」
ロイドは苦笑する。
脇腹を押さえながら、
ゆっくり立ち上がった。
「今回は……少しは戦えた」
その言葉に、
ヒナが僅かに目を瞬かせる。
確かに。
以前のロイドなら、
今頃まともに立ってもいなかった。
そもそも、
《ルクス・マンティス》へ傷を付ける事すら難しい。
だが今は違う。
ロイドは確かに、
あの異常個体と渡り合っていた。
「……まあ」
ヒナは少しだけ視線を逸らす。
「前よりは動けてた」
「ほんのちょっとだけ」
「素直じゃないな」
「うるさい」
ぷい、と顔を背けるヒナ。
だが。
その直後だった。
ヒナの視線が、
ロイドの剣へ止まる。
「……?」
ロイドの握る鉄剣。
ティーナ村の練習用剣。
その刃へ、
一瞬だけ淡い月色が流れた。
まるで。
呼吸するように。
淡く、
静かに。
「……今の」
ヒナが眉を寄せる。
だが、
光はすぐ消えた。
「どうした?」
「……いや」
ヒナは小さく首を振る。
「気のせいかも」
そう言いながらも、
その蒼い瞳は、
どこか警戒するように細められていた。
そして。
その時だった。
ゾワリ――
ロイドの全身へ、
強烈な悪寒が走る。
「っ……!」
反射的に森の奥を見る。
暗闇。
月光の届かない森の深部。
その奥で。
何かが、
こちらを見ていた。
巨大な白い影。
獣。
金色の瞳。
圧倒的な存在感。
息が止まる。
だが次の瞬間。
影は、
霧のように消えた。
「……え」
ロイドが目を見開く。
隣で。
ヒナだけが、
僅かに険しい顔をしていた。
「……今の」
だが。
ヒナはすぐ視線を逸らす。
「帰ろ」
「夜の森、長居すると危ないし」
いつもの軽い調子。
だが。
ロイドには分かった。
ヒナは、
“あれ”を知っている。
夜風が木々を揺らす。
月明かりの下。
二人は静かに、
ティーナ村への帰路を歩き始めた。
その背後で。
森の奥の闇だけが、
静かに蠢いていた。




