第21話 白き兆候
ユヅキは石柱の上で、
頬杖をついたままロイドを見下ろしていた。
夜風が、
長い髪を静かに揺らす。
「……で?」
「どこまで気付いてる?」
「何の話だ」
ロイドが警戒を崩さず返す。
ユヅキは小さく肩を竦めた。
「身体のこと」
「最近、
妙に調子良くない?」
ロイドの眉が僅かに動く。
「耳が良い」
「夜の方が身体軽い」
「傷の治りも早い」
「熱っぽいし、
呼吸すると何か流れ込んでくる感じもする」
淡々と。
まるで見ていたかのように、
言い当てられる。
ロイドの視線が鋭くなる。
「……何故分かる」
「分かるよ」
ユヅキはくすりと笑った。
「その反応、
もう完全に適応始まってるし」
「適応?」
「うん」
石柱から軽やかに飛び降りる。
着地音はほとんどしない。
まるで重さがない。
「ティーナ村って、
ちょっと特殊なんだよね」
ユヅキは遺跡の紋章を指先でなぞる。
「ここ数年、
この辺のモンスターおかしいでしょ?」
「……知っているのか」
「まぁね」
軽い返事。
だがその瞳だけは、
妙に静かだった。
「本来なら、
村の近くに来ないようなのまで降りてきてる」
「しかも年々強くなってる」
「普通の村なら、
とっくに壊滅しててもおかしくないかな」
ロイドは黙って聞いていた。
それは実際、
禁足地遠征で見てきた感覚と近かった。
異常な個体。
異常な密度。
まるで、
何かに引き寄せられるように集まっていた。
ユヅキはそんなロイドを見ながら、
ふっと笑う。
「でも、
ティーナ村はまだ残ってる」
「何故だと思う?」
「……村人が強いからか」
「正解」
あっさり肯定する。
「この土地の人間、
ちょっと普通じゃないんだよね」
「マナ耐性も高いし、
身体能力もおかしいし」
「ヒナなんて特に」
そこで一瞬、
ユヅキの目が細くなる。
だが、
すぐいつもの軽い笑みに戻った。
「で、
君もそっち側へ寄り始めてる」
ロイドは眉を寄せる。
「意味が分からん」
「まぁ、
普通なら分かんないか」
ユヅキはそう言って、
遺跡の端に置かれた古びた箱を持ち上げた。
「じゃ、おみくじ引く?」
「……は?」
唐突だった。
ロイドが眉を顰める。
だがユヅキは気にしない。
「こういうの、
流れを見るには結構大事なんだよ?」
「断る」
「まぁまぁ」
半ば押し付けるように箱を差し出される。
ロイドは呆れながら、
一本引き抜いた。
紙を開く。
そこに刻まれていたのは、
今使われている文字ではなかった。
古代文字。
曲線と円環で構成された、
遺跡の石柱と同じ文字列。
「……読めん」
「だよねー」
ユヅキは笑いながら、
紙を覗き込む。
その瞬間。
ほんの僅かに。
ユヅキの笑みが止まった。
「……へぇ」
静かな声。
ロイドが目を細める。
「何が書いてある」
ユヅキは少しだけ目を伏せる。
そして。
「――『白き獣、
月に吠える時、
運命は大きく動く』」
夜風が吹く。
「『力に呑まれるな』」
その言葉と同時だった。
ドクン――
ロイドの身体が脈打つ。
胸の奥が熱い。
呼吸と同時に、
何かが身体へ流れ込んでくる。
ロイドが思わず掌を見る。
淡い月色。
呼吸に合わせるように、
小さな粒子が揺れている。
見覚えはあった。
以前、
ヨネから“マナ”の話を聞いた時。
自分が放った、
あの淡い光。
確か、
あれに近い。
だが。
今、
それが自分の身体から漏れている。
「……何だ、これは」
ユヅキは、
そんなロイドの反応を見ながら小さく笑った。
「やっぱりね」
「随分馴染むの早いなぁ」
「……何を知っている」
ロイドの声が低くなる。
だがユヅキは気にした様子もない。
石柱へ背を預けながら、
夜空を見上げる。
「この辺、
昔からちょっと特殊なんだよね」
「外とは流れてるものが違う」
「流れてるもの?」
「マナ」
ロイドの眉が僅かに動く。
その単語は知っている。
ヨネから聞いたばかりだった。
だが。
今、
自分の身体で起きている現象と結び付くと、
急に現実味が増していく。
ユヅキは続ける。
「ティーナ村の人間って、
そのマナへの耐性が異常に高いんだ」
「だから普通じゃないくらい強い」
「ヒナ達なんて特にね」
ロイドは黙って掌を見る。
淡い月色。
まるで、
呼吸しているように揺れていた。
「でも外の人間は違う」
ユヅキの声が少し静かになる。
「普通は馴染む前に壊れる」
ロイドが顔を上げる。
「……壊れる?」
「濃すぎるんだよ。
この土地のマナ」
ユヅキはそう言って、
遺跡の巨大紋章へ視線を向けた。
「だから君みたいに適応始める方が珍しい」
「まぁ、
禁足地で半分死にかけた影響もありそうだけど」
軽い口調。
だが、
内容は笑えない。
ロイドは眉を寄せる。
禁足地。
あの地獄のような遠征。
異常なモンスター。
異常な気配。
そして。
自分はそこで、
確かに死にかけた。
その時だった。
ズゥン――……
遠くの森から、
低い振動が響く。
空気が揺れた。
ロイドの表情が変わる。
先程より濃い。
嫌な気配が、
森の奥から流れてくる。
ユヅキは小さく空を見上げた。
「……あーあ」
呆れたような声。
「今日はヒナ、
たぶん大変だね」
ロイドの目が細まる。
「何が出た」
「さぁ?」
ユヅキは肩を竦める。
「でも、
あれは結構大きいかも」
その瞬間。
遠くの森で、
木々が大きく揺れた。
そして。
夜空の奥で、
白い閃光が走る。
ロイドが目を見開く。
月明かりとは違う。
あれは。
ヒナの力だった。
6月からの投稿は火曜日、金曜日の週2回の
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