第19話 光の兆し
「……これが、
マナ」
胸の奥で、
熱が静かに脈打つ。
まるで。
“何か”が、
目を覚まし始めているみたいに。
縁側へ、
静かな風が吹き抜けた。
木々が揺れる。
葉擦れの音が、
小さく重なる。
ヨネはそんなロイドを見ながら、
細く目を細めた。
「……面白い流れじゃのぅ」
「流れ?」
「普通、
初めてマナを感じた人間はもっと濁る」
「濁る?」
「焦りじゃ。
力を得ようとする人間ほど、
無理やり掴もうとする」
ヨネは湯呑みを揺らしながら続ける。
「じゃが、
おまえさんのマナは妙に自然じゃ」
「俺が?」
「うむ」
ヨネの視線が、
ロイドの胸元へ向く。
「誰かを軸にしとる流れじゃな」
「……?」
意味がわからず、
ロイドは眉を寄せた。
隣でコトハが、
じーっとロイドを見ている。
「……お兄ちゃん、
絶対おねえちゃんのこと考えてる」
「なっ――」
「顔赤い」
「赤くない!」
「赤い」
「赤くない!」
「仲良いのぅ」
ヨネが笑う。
ロイドは深く溜息を吐いた。
だが。
否定しきれない自分もいた。
確かに。
あの熱を感じる時。
頭に浮かぶのは、
いつもヒナだった。
朝日を浴びる姿。
戦う姿。
笑う顔。
あの白銀色の髪。
どくん。
胸の奥が脈打つ。
「……っ」
熱が強くなる。
ロイドは思わず胸元を押さえた。
「お兄ちゃん?」
「……いや、大丈夫だ」
だが。
熱は消えない。
むしろ、
身体の奥で広がっていく。
血管をなぞるように。
呼吸へ混ざるように。
暖かい。
だが同時に。
焼けるようでもあった。
ヨネが静かに口を開く。
「その感覚は、
武器にもなる」
ロイドが顔を上げた。
「武器?」
「マナは流れじゃ。
流せるようになれば、
形にもできる」
「形……」
「試してみるかの」
ヨネは庭先へ顎を向けた。
そこには、
コトハが練習で使っていた大岩がある。
「光でも、
火でも、
風でもよい。
自分の中の流れを意識してみい」
「そんな簡単にできるのか?」
「できる人間は、
初めからできる」
ヨネはにやりと笑う。
「おまえさん、
その類じゃろう」
ロイドは静かに立ち上がった。
庭へ出る。
風が吹く。
空は晴れていた。
暖かな陽光が、
庭を照らしている。
「自然を想え」
ヨネの声が聞こえる。
自然。
風。
光。
木々。
空気。
そう意識しようとして。
だが。
最初に浮かんだのは――
朝日を浴びていたヒナだった。
白銀色の髪。
蒼い瞳。
柔らかな笑顔。
静かな横顔。
世界へ溶け込むような存在感。
どくん。
胸の奥が脈打つ。
熱が一気に流れた。
「……!」
右腕が熱い。
いや。
身体全体が熱を帯びていく。
鼓動が速い。
呼吸が浅くなる。
力を得ることは、
騎士として喜ぶべきことのはずだった。
だが。
この熱は、
どこか危うかった。
まるで。
内側から何かが、
無理やり目を覚まそうとしているみたいに。
「お兄ちゃん!?」
コトハが声を上げる。
ロイドの右手から、
淡い黄金色の光が漏れ始めていた。
ぱちっ。
空気が弾ける。
暖かな光。
だが同時に、
鋭い熱量。
ヨネの目が細くなる。
「ほぅ……」
「これ……は……!」
ロイドは息を呑む。
胸の奥の熱が、
腕へ流れる。
溢れる。
止まらない。
「流れを止めるな」
ヨネの声。
「自然に任せるんじゃ」
自然。
光。
そして――
ヒナ。
次の瞬間。
ぱぁっ――!!
眩い黄金色の光が、
ロイドの掌から放たれた。
一直線。
光は空気を裂きながら飛び。
大岩へ直撃する。
ドォンッ!!
衝撃。
爆音。
岩の表面が砕け、
砂煙が一気に吹き上がった。
庭が揺れる。
風圧が木々を揺らした。
「……え」
ロイドが固まる。
自分の掌を見る。
淡い残光が、
まだ指先に残っていた。
今。
確かに、
自分から放たれた。
ヨネが感心したように頷く。
「こりゃ珍しいのぅ」
「え……?」
「光のマナじゃ」
コトハが目を丸くする。
「えっ!?
わたしより先にちゃんと使えてるし!」
頬を膨らませながら、
ロイドを指差した。
「ズルい!」
「いや、
俺が一番驚いてるんだが!?」
思わず叫ぶ。
だが。
ロイドの心は、
別の意味でざわついていた。
暖かかった。
あの光は。
けれど同時に。
胸の奥を焼くような、
危うさもあった。
どくん。
また脈打つ。
熱が、
消えない。
「……」
ロイドはゆっくりと手を握る。
掌の奥。
身体の深部。
そこに、
何かが確かに存在していた。
静かに。
だが確実に。
目を覚まし始めている。
ヨネが、
そんなロイドをじっと見つめていた。
「ロイド坊」
「……なんだ」
「その光、
あまり無理に使うでないぞ」
ロイドが眉を寄せる。
「どういう意味だ?」
ヨネはすぐには答えなかった。
ただ。
細めた瞳で、
ロイドの胸元を見つめている。
まるで。
その奥にある“何か”を、
見透かしているみたいに。
「……光いうもんはの」
ヨネがぽつりと呟く。
「優しいだけでは、
ないからのぅ」
風が吹いた。
庭の木々が揺れる。
その音を聞きながら。
ロイドは無意識に、
自分の掌を見つめた。
そこにはもう、
光は残っていない。
だが。
熱だけは、
今も確かに残っていた。
「……なんなんだ、
これ」




