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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
24/51

第16話   ティーナ村の異常な日常

【第10話】


朝食を食べ終えた頃には、

窓から差し込む陽光が部屋を暖かく照らしていた。


ロイドは湯飲みを机へ戻し、

小さく息を吐く。


あれから更に一週間。


気付けば、

この家で朝食を囲む事にも少し慣れていた。


最初こそ落ち着かなかったが、

今では朝になると自然に席へ座っている自分がいる。


向かいでは、

ゲンが山盛りの肉を豪快に頬張っていた。


ヒナの父だ。


大柄で無骨。


笑い声まで大きい。


見た目だけなら、

その辺の傭兵より余程怖い。


だが面倒見は良く、

ロイドが動けるようになってからは何かと世話を焼いてきた。


「おう、ちゃんと食えよ!」


朝から響く豪快な声に、

ロイドは軽く苦笑する。


その隣では、

ミツキが呆れたように笑っていた。


ヒナの母。


穏やかで柔らかい空気を纏っているが、

この家を実質的にまとめているのは彼女だ。


ふわっとして見えるのに、

何故か誰も逆らえない。


不思議な女性だった。


そして。


その更に隣。


「…………」


眠そうにこくこく揺れている少女が一人。


コトハ。


ヒナの妹だ。


まだ幼さの残る少女で、

朝に弱いらしい。


舟を漕ぎながらスープを飲もうとして、

ミツキに止められていた。


「こらこら、寝ながら食べない」


「んぅ……」


気の抜けた返事。


ロイドは思わず小さく笑ってしまう。


騒がしくて。


穏やかで。


妙に居心地の良い朝だった。


……慣れていい立場なのかは別として。


「ごちそうさま」


「はいよー」


ミツキは気楽に笑いながら皿を重ねていく。


その横で、

ヒナは静かに席を立った。


白銀の髪が、

朝日を受けて淡く揺れる。


「じゃ、行ってくる」


「今日は少し早いね」


「ん」


淡々と返しながら、

ヒナはロイドを見る。


蒼い瞳が、

静かに細められた。


「ねぇ、ロイ」


「……?」


「そろそろ外出てみたら?」


「外?」


「ずっと家の中も暇でしょ」


少しだけ肩を竦める。


「わたし、いつものやつあるし」


「いつものやつ?」


「巡回とか、狩りとか」


さらりと言う。


まるで散歩みたいな口調だった。


「……狩り?」


「モンちゃん達の様子見るだけ」


説明になっていない。


ロイドが聞き返す前に、

ヒナはそのまま玄関へ向かう。


「じゃ」


扉が開く。


朝の風が流れ込み、

次の瞬間にはもう姿が消えていた。


「……相変わらず速いねぇ」


ミツキが苦笑する。


ロイドはしばらく閉まった扉を見つめ、

なんとも言えない顔になった。


居候。


改めて考えると、

中々に気まずい立場である。


王国第一騎士団長だった男が、

少女の家で飯を食わせてもらっているのだから。


「気にしなくていいのにねぇ」


ミツキは笑う。


「ヒナ、あんたの事かなり気に入ってるし」


「……そう見えないが」


「見えにくいだけ」


くすくす笑われ、

ロイドは返答に困った。


結局。


軽く身支度だけ整え、

村を歩いてみる事にした。


外へ出ると、

朝の空気が心地良い。


煙突から立ち上る煙。


畑へ向かう村人達。


遠くでは子供達の笑い声も聞こえる。


穏やかだ。


どこにでもありそうな、

静かな村。


――そう見える。


「おーい!」


不意に、

元気な声が飛んだ。


視線を向けると、

数人の子供達が木の上で騒いでいる。


……木の上?


ロイドが眉を寄せた瞬間。


子供の一人が、

枝から枝へ飛び移った。


軽々と。


しかもかなり高い。


「危な――」


言いかけた直後。


今度はそのまま地面へ飛び降りる。


三メートル近く。


だが。


「やったー!」


無傷だった。


ロイドは絶句する。


「……いや待て」


すると子供達は不思議そうに首を傾げた。


「?」


「どうしたの?」


「……いや、お前達、その高さを普通に飛ぶのか?」


「普通だよ?」


きょとん。


まるで意味が分からない、

という顔だった。


ロイドの額へ妙な汗が浮かぶ。


どうやら。


ティーナ村では、

子供が木から飛び降りる程度は普通らしい。


ロイドは小さく息を吐き、

村の道へ視線を向けた。


改めて見れば、

村自体はそこまで広くない。


家々も密集している訳ではなく、

歩けばすぐ端まで見えてしまう程度の小さな村だ。


(……一周して戻るくらいなら丁度いいか)


そう考え、

ロイドはそのまま道を進んでいく。


すると、

少し先に広がる畑が目に入った。


その瞬間。


ロイドの足が止まる。


畑一面に植えられた野菜が、

ふわり、と宙へ浮かび上がっていた。


「……?」


思わず目を疑う。


土の中から綺麗に抜けた野菜達が、

まるで見えない手で運ばれているみたいに、

次々と籠の中へ収まっていく。


淡い月色の粒子が、

野菜の周囲で静かに揺れていた。


その中心にいたのは、

ミツキだった。


「あ、ロイくん」


ミツキはいつも通り、

穏やかに笑う。


「村どう?」


「あぁ……静かで良い村だとは思う」


ロイドは答えながらも、

視線は畑へ釘付けだった。


野菜が、

まるで意思を持つみたいに宙を滑っている。


しかも。


とてつもなく自然だ。


詠唱も無い。


魔法陣も無い。


ただ、

呼吸するみたいに使っている。


「少しは慣れた?」


「……どうだろうな」


苦笑するロイド。


その間にも、

ミツキは指先を軽く動かす。


すると今度は、

離れた場所にあった大きな籠がふわりと浮き、

収穫した野菜の前まで滑ってきた。


ロイドは数秒黙った後、

小さく呟く。


「……王都の魔導士が見たら泣くぞ、これ」


「ふふ、そんな大袈裟な」


ミツキは困ったように笑う。


どうやら本人に自覚は無いらしい。


ロイドは小さく息を吐き、

再び村の中を歩き始めた。


小さな村だ。


だが歩く度に、

妙な違和感ばかり増えていく。


畑では老人が巨大な鍬を軽々振り回し。


井戸端では女性達が、

浮かせた水桶を並べながら談笑している。


しかも誰一人、

特別な事をしている自覚が無い。


生活の一部。


呼吸の延長。


そんな自然さだった。


その時だった。


「ぬ?」


不意に、

しゃがれた声が飛ぶ。


視線を向けると、

小柄な老婆がこちらを見ていた。


白髪を後ろで束ね、

腰は曲がっている。


だが。


細められた目だけが、

妙に鋭かった。


「おまえさんかい?」


「……?」


「孫が持って帰ってきた男ってのは?」


孫。


一瞬遅れて、

ヒナの事だと理解する。


「あぁ……そう、だが」


老婆は返事も待たず、

ロイドを上から下まで見始めた。


まるで何かを測るみたいに。


「…………」


「…………?」


何だ。


何を見られている。


妙な沈黙の後。


老婆はふむ、と頷いた。


「ほぅ……」


「こりゃ良いマナ使いになりそうじゃな」


「……は?」


予想外の言葉だった。


「マナ使い?」


老婆は少し笑う。


「なんじゃ。外の者はマナを知らんのか?」


「……いや」


ロイドは小さく眉を寄せる。


「似た研究なら存在している」


「研究?」


「ルナを使った魔法体系だ」


老婆は「ほぅ?」と目を細めた。


「だが、“マナ”という呼び方は聞いた事がない」


「なるほどのぅ」


老婆は納得したように頷く。


「まぁええ。詳しくは孫にでも聞くとえぇ」


そう言って、

杖を突きながらゆっくり歩き去っていく。


ロイドは困惑したまま、

その背中を見送った。


マナ。


それは一体、

何なのか。


ルナとは違うのか?


それとも、

同じものを別の呼び方で扱っているだけなのか。


考えれば考えるほど、

分からなくなる。


ロイドは小さく息を吐き、

再び村の中を歩き始めた。


「……ヒナだけが特別な訳じゃないのか」


むしろ。


この村だからこそ、

ヒナみたいな少女が育った。


そう考える方が、

自然に思え始めていた。


その時だった。


ドゴォン!!


遠くで爆発音が響いた。


土煙が高く舞い上がる。


ロイドは反射的に身構えた。


だが。


近くの村人達は誰も慌てていなかった。


むしろ、

「あー、またか」

くらいの反応である。


「……?」


ロイドが眉を寄せ、

音のした方へ視線を向ける。


そこには、

小柄な少女がいた。


茶色の髪を揺らしながら、

何やら慌てた様子で煙の中を走り回っている。


「あれは……」


近くで作業していたミツキが、

苦笑しながら振り返る。


「コトハね」


「今たぶん日課のマナ練習中」


「マナ練習……?」


ロイドは思わず聞き返した。


どう見ても爆発だった。


しかもかなり大きい。


だがよく見ると、

炎が広がっている訳ではない。


圧縮されたマナが弾け、

衝撃と土煙だけが大きく巻き上がっているようだった。


淡い月色の粒子が、

煙の中でぱちぱちと弾けている。


「だから圧縮しすぎじゃと言っとるじゃろうが!」


聞き覚えのあるしゃがれた声が飛ぶ。


振り返ると、

先ほどの老婆が呆れた顔でコトハへ近付いていた。


コトハは「あう……」と肩を縮める。


「だ、だって今日はちょっと上手くいきそうだったし……」


「村ごと吹き飛ばす気かおぬしは」


「そこまではならないよ!?」


「前も同じ事言っとったじゃろ!」


ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人。


だが。


周囲の村人達は慣れた様子で、

普通に作業を続けていた。


ロイドだけが、

取り残されたような顔をしている。


(……本当に何なんだ、この村は)

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