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双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
23/50

第15話  禁足地に咲く月

出会い編はここまでです



母さんは、

そんなヒナの反応を見て、

にやにやと口元を緩める。


「へぇ〜?」


「……何」


「いやぁ?

ヒナがそこまで誰かの看病するなんて珍しいな〜って」


「……別に普通」


「普通の子は、

一週間ほとんど寝ないで付き添わないのよ?」


「母さん」


今度は少し低い声だった。


だが。


母さんはまるで効いていない。


むしろ楽しそうだった。


ロイドはそのやり取りを、

どこか呆然と見つめていた。


騎士団では考えられない空気だった。


団長と部下。


貴族と平民。


王都では、

常に立場が先に存在する。


誰もが肩書きを意識し、

言葉を選ぶ。


だが。


目の前の二人には、

そういう堅苦しさがまるでない。


自然だった。


長い時間を共に過ごしてきた温度が、

空気そのものへ溶け込んでいるみたいに。


すると母さんは、

ふとロイドへ視線を向ける。


その表情が、

少しだけ柔らかくなった。


「でもほんと、

目ぇ覚ましてくれてよかったわ」


穏やかな声だった。


「ヒナ、

ずっと心配してたから」


「母さん……」


ヒナが少しだけ気まずそうに眉を寄せる。


だが母さんは気にせず、

ふっと笑った。


「熱出る度に飛び起きるし、

寝言聞こえるとすぐ傍行くし」


「……」


「ずーっと、

落ち着かない顔してたのよ?」


ロイドは無意識に、

ヒナを見る。


ヒナは完全に視線を逸らしていた。


白銀の髪の隙間から見える耳が、

また少し赤い。


その姿を見て。


ロイドの胸の奥が、

僅かに熱を持つ。


どうしてそこまでしてくれるのか。


まだ、

理解は出来ない。


けれど。


その優しさが、

偽物ではないことだけは分かった。


ヒナは居心地が悪そうに、

小さく視線を逸らしたまま、

木匙を器へ戻す。


白い湯気が、

ふわりと揺れた。


「……別に」


ぽつりと、

小さな声が落ちる。


「放っといたら、

死にそうだったし」


ぶっきらぼうな言い方だった。


けれど。


その声音は、

どこか誤魔化すみたいに柔らかい。


母さんはそんなヒナを見ながら、

また少しだけ笑う。


「はいはい」


完全に分かっている顔だった。


ヒナは小さく眉を寄せる。


「だから、

違うって……」


「うんうん」


「聞いてない……」


むぅ、と不満そうに呟きながら、

ヒナは頬を少し膨らませた。


その姿を見て。


ロイドは僅かに目を瞬かせる。


禁足地で見た少女とは、

まるで別人みたいだった。


血煙の中を駆け抜けていた時は、

まるで月光そのものみたいに静かで、

冷たく、

触れれば消えてしまいそうな存在に見えた。


なのに今は。


年相応の少女みたいに、

母親へ拗ねた顔を見せている。


そのギャップが、

妙に現実味を伴って胸へ落ちてきた。


――あぁ。


こんな顔もするんだな。


そんな当たり前のことを。


ロイドは今さらみたいに思っていた。


すると。


母さんがふと、

思い出したように手を叩いた。


「あ、そうだ」


「……?」


「自己紹介ちゃんとしてなかったわね」


そう言って、

母さんはにこりと笑う。


「あたしはミツキ。

ヒナの母親よ」


柔らかな声だった。


けれど。


その笑顔には、

どこか太陽みたいな明るさがある。


ヒナの静かな月明かりみたいな雰囲気とは、

また違う温かさだった。


「……ロイド・ディドラスだ」


ロイドが低く名乗ると、

ミツキは少しだけ目を丸くする。


「ディドラス?」


どこかで聞いたことがあるような、

そんな顔だった。


だがミツキは、

すぐにいつもの柔らかな笑みへ戻る。


「へぇ〜……

なんか立派そうな名前ね」


「母さん」


「だってほんとに立派そうなんだもん」


ヒナが小さく溜息を吐く。


そのやり取りを見ながら、

ロイドはどこか不思議な感覚を覚えていた。


王都なら。


“ディドラス”という名へ、

必ず何かしらの反応が返ってくる。


第一騎士団長。


王国では、

その名を知らない者はいない。


貴族達ですら、

軽く扱うことはない名だった。


だが。


外界から隔離されたこの村では、

そんな空気がまるで存在しない。


肩書きも。


地位も。


何も知らないまま。


ただ、

“ロイド”として接している。


そのことに。


ロイドは妙な居心地の悪さと同時に、

少しだけ安堵も感じていた。


ロイドは静かに目を伏せる。


薬草の淡い香り。


木の温もり。


穏やかな声。


柔らかな笑い声。


王都では、

決して触れることのなかった空気だった。


第一騎士団長。


王国最強。


ディドラスの名。


そんなものばかりを背負い続けてきた自分へ。


この村の人間達は、

何一つ求めてこない。


ただ。


傷付いた一人の人間として、

ロイドを見ている。


それが、

不思議だった。


そして。


どうしようもなく、

温かかった。


ロイドはゆっくり視線を上げる。


そこには。


少し不満そうに頬を膨らませながら、

母親へ抗議しているヒナの姿があった。


禁足地で見た時のような、

冷たい月光みたいな雰囲気はもう薄い。


今そこにいるのは。


ちゃんと笑って。


照れて。


拗ねて。


誰かを心配して。


誰かのために眠れなくなる。


そんな、

年相応の少女だった。


ヒナはふと、

ロイドの視線に気付いたのか、

小さく首を傾げる。


「……どうしたの?」


その声は、

やっぱり静かだった。


けれど。


もう、

禁足地で感じた“遠さ”はない。


ロイドはしばらく黙ったまま、

その蒼い瞳を見つめる。


月明かりみたいな瞳だった。


静かなのに、

不思議と冷たくない。


それどころか。


凍え切っていた胸の奥へ、

少しずつ熱を灯してくる。


ロイドは小さく息を吐く。


そして。


掠れた声で、

ぽつりと呟いた。


「……いや」


それ以上の言葉は出なかった。


けれど。


それで十分だった。


禁足地で倒れ、

全てを失ったはずだった男は。


この日。


月明かりみたいに静かな少女と出会った。


それが。


ロイド・ディドラスという男の運命を、

大きく変えていくことになる。

次回はやっと、おうちから出れる笑


同じ場面で、お話を作るのは大変ですね


刻々と過ぎる時間の表現が苦手な哀川です


読んで頂きありがとうございました

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