表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双月のヒナ 〜禁足地の戦乙女〜  作者: 哀川 とあ
1章  禁足地の少女
18/21

第10話   月に拾われた騎士

ちょっと長くなってしまいました


ロイくん視点なお話…

……重い。


深い水底へ沈められているみたいに、

意識が浮かばない。


身体の感覚は曖昧だった。


熱を持った鉛を、

無理やり四肢へ流し込まれているみたいに重い。


遠くで、

ぱち、と薪の爆ぜる音がした。


薬草の匂い。


乾いた木の香り。


微かに漂う、

温かな湯気。


それらをぼんやり感じながら、

ロイド・ディドラスは、

ゆっくりと瞼を押し上げた。


次の瞬間。


「――ッ!!」


全身を引き裂かれるような激痛が走った。


喉の奥で息が詰まる。


胸が軋む。


腹の奥が焼ける。


肩から背中へ、

鈍い痛みが波みたいに広がっていった。


まるで身体そのものを一度砕かれ、

無理やり繋ぎ直されたみたいだった。


熱い。


なのに寒い。


感覚はぼやけているのに、

痛みだけが異様なほど鮮明だった。


指先へ力を入れただけで、

全身の傷が悲鳴を上げる。


それでも。


生きている。


確かに、

心臓は動いていた。


肺は軋みながら空気を求め、

血はまだ身体の奥を流れている。


だが。


その現実だけが、

妙に現実味を持たなかった。


禁足地で見たものは、

あまりにも絶望的だったからだ。


砕け散る鎧。


飛び散る血。


崩れ落ちる騎士達。


響き続ける断末魔。


そして――


巨大なヘルハウンドの牙が、

自分の右腕へ食い込む瞬間。


肉が裂け、

骨が砕け、

鮮血が宙へ散った感触を、

ロイドは今でも鮮明に覚えていた。


あれで終わったはずだった。


自分も。


第一騎士団も。


誰一人、

生き残れる戦場ではなかった。


なのに。


どうして自分は、

暖かな部屋の中で息をしているのか。


どうして、

失ったはずの腕があるのか。


理解が追いつかない。


だからこそ、

ロイドはまだ夢の中にいるような、

奇妙な感覚から抜け出せずにいた。


ぼやけた視界の先。


そこにあったのは、

古びた木造の天井だった。


王都の石造りではない。


窓から差し込む朝日が、

木の床を淡く照らしている。


静かだった。


あまりにも静かで。


禁足地に満ちていた悲鳴も、

咆哮も、

血の臭いも。


全てが遠い悪夢みたいに思えるほどだった。


「……ここは……」


掠れた声が漏れる。


身体を起こしかけた瞬間。


「ぐっ……!」


鋭い痛みが全身を貫いた。


肺の奥から、

苦鳴にも似た息が漏れる。


視界が揺れた。


砕けそうな身体を支えきれず、

ロイドは浅い呼吸を繰り返す。


その拍子に。


無意識だった視線が、

自分の右側へ落ちた。


そして。


ロイドの動きが、

ぴたりと止まる。


「……なんだ……これは……」


そこには。


あるはずのないものが、

何事もなかったみたいに存在していた。


禁足地で、

確かに喰い千切られた右腕。


血飛沫と共に宙を舞い、

怪物の牙へ消えたはずの腕が。


今は静かに、

自分の身体へ繋がっている。


ロイドは息を忘れたまま、

その腕を見つめた。


恐る恐る、

指先を動かす。


ぴくり、と指が反応する。


握る。


開く。


感覚がある。


皮膚の感触も。


筋肉の軋みも。


指先を流れる血の感覚まで、

確かに存在していた。


夢ではない。


幻覚でもない。


だが。


理解だけが、

どうしても追いつかなかった。


あの戦場で。


自分は確かに、

右腕を失ったのだから。


脳裏へ、

焼き付いた光景が蘇る。


巨大なヘルハウンドだった。


通常個体など比較にもならない、

禁足地の異常変異種。


闇そのものを押し固めたみたいな漆黒の肉体。


咆哮だけで空気を震わせ、

振るわれる爪の一撃だけで、

騎士達が紙みたいに吹き飛んでいった。


飛び散る血。


砕ける鎧。


絶叫。


崩れ落ちる仲間達。


第一騎士団。


王国最強と謳われた騎士達が、

あまりにも一方的に蹂躙されていく。


ロイドは剣を握り続けた。


叫びながら。


血を吐きながら。


それでも前へ出続けた。


団長だったからだ。


誰より先に立ち、

誰より最後まで戦わなければならなかった。


だが。


届かない。


斬れない。


止められない。


守れない。


絶望だけが、

戦場を塗り潰していった。


そして最後に。


視界を染める月光の中で、

白銀の少女が駆け抜けていく。


血煙の中を、

まるで一筋の月光みたいに。


小さな背中だった。


なのに。


怪物よりもなお異質な、

圧倒的存在感を放っていた。


月明かりを纏いながら、

少女は迷いなく怪物へ踏み込んでいく。


――速い。


認識した瞬間には、

既に懐へ入り込んでいた。


銀閃。


空気が裂ける。


次の瞬間、

巨体の肉が遅れて断ち割られた。


その斬撃は、

あまりにも静かだった。


静かで。


美しかった。


なのに、

底知れない“何か”が混じっていた。


ロイドはその背中を、

ただ呆然と見ていることしかできなかった。


「……俺だけ……」


掠れた声が零れる。


生き残ってしまった。


部下達を守れず。


騎士達を死なせ。


団長である自分だけが。


胸の奥へ、

鉛みたいな重さが沈んでいく。


息が苦しい。


だが。


その重苦しい静寂を破るように。


――ガチャ。


静かに扉が開いた。


「――え……」


扉を開けた少女が、

その場で息を止めた。


朝日を背に立ち尽くしたまま、

透き通る蒼い瞳だけが、

信じられないものを見るみたいに大きく揺れる。


腕に抱えていた木盆が、

かた、と小さな音を立てた。


「……起きてる……」


零れた声は、

ほとんど独り言みたいに掠れていた。


呆然としていた。


それも当然だった。


一週間。


目の前の男は、

ずっと死の淵を彷徨っていたのだから。


熱に魘され。


呼吸は弱く。


全身を血に染めながら。


何度呼んでも返事はなく、

時折苦しそうに呻くだけだった。


だからこそ。


こうして目を開け、

自分を見返している姿が、

まだ現実だと信じきれなかった。


少女はしばらく瞬きも忘れたまま、

ロイドを見つめていた。


それから。


はっと我に返ったように、

表情が一気に崩れる。


安堵だった。


張り詰めていたものが、

ようやく解けたみたいに。


「えっ……

うそ、ほんとに!?」


声が少し裏返る。


次の瞬間には、

少女は慌てたように部屋へ駆け寄っていた。


揺れる白銀の髪が、

朝日に透けて淡く光る。


「起きた……

よかった……!」


その声は、

心底安心したように震えていた。


まるで。


ずっと張り詰めていた糸が、

ようやく切れたみたいに。


少女は胸を撫で下ろしながら、

泣きそうな顔で小さく笑う。


「一週間ずっと起きなかったから……

もう駄目かと思った……」


その姿を見ながら。


ロイドはようやく、

自分が本当に、

生き延びてしまったのだと実感し始めていた。


少女はまだどこか信じ切れていないみたいに、

ロイドの顔を覗き込んでいた。


近い。


透き通る蒼い瞳が、

すぐ目の前にある。


ロイドは思わず視線を逸らしかけ――

そこで違和感に気付く。


綺麗だ。


それも、

息を呑むほどに。


雪みたいな白銀の髪。


朝日を映した蒼い瞳。


整いすぎるほど整った顔立ち。


だが。


ロイドの記憶に強く残っているのは、

その美しさではなかった。


禁足地の奥。


血煙の中を駆け抜けていた、

あの姿。


巨大なヘルハウンドを前にしてなお、

揺らぎもしなかった静かな瞳。


目の前の少女は、

今こうして柔らかく笑っている。


なのに時折、

あの時と同じ空気が見え隠れする。


静かなのに、

不思議なくらい存在感が薄れない。


まるで、

月明かりそのものみたいだった。


ロイドは無意識に、

少女を見つめていた。


――この少女は、

一体何者なんだ。

出会い編はもう少し続きますが


お付き合いください笑


読んで頂きありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ