第9話 人命救助だから
ヒナ視点ラストです
ヒナは小さく息を吐き、
観念したように肩を落とす。
月明かりが、
白銀の髪を淡く照らしていた。
ヒナはそっと男へ手を伸ばす。
乱暴にならないよう、
壊れ物でも扱うみたいに静かに。
血で濡れた頭を持ち上げ、
自分の膝へそっと預けた。
さらり、と髪が流れる。
銀糸みたいな髪が、
夜風に揺れて淡く光を散らしていた。
それから、
ヒナは小瓶の蓋を開ける。
ふわりと広がる、
薬草特有の苦い香り。
森の湿った空気の中で、
その匂いだけが妙に鮮明だった。
ヒナは霊薬を口へ含む。
舌へ広がる苦味に、
わずかに眉を寄せた。
「はぁ……
しょうがないなぁ……」
小さな吐息。
ほんの少しだけ、
白い頬が赤く染まっていく。
「これは……
ノーカウントだからね」
誰に聞かせるでもなく。
まるで、
自分自身へ言い聞かせるみたいに呟いた。
それから——
ヒナは静かに身を屈める。
赤い月明かりの下。
ゆっくりと、
ふたりの距離が近づいていく。
触れる瞬間。
ヒナの睫毛が、
かすかに揺れた。
そして——
静かに唇が重なる。
次の瞬間。
口移しで、
霊薬が男へ流し込まれていった。
冷え切っていた喉が震える。
閉ざされていた呼吸が、
わずかに戻る。
静かな森の中で、
小さな命の音だけが確かに響いていた。
「っ……!」
男の身体が、
ビクリと大きく跳ねる。
喉が震える。
肺の奥に詰まっていた空気を吐き出し、
男が苦しそうに息を吸った。
「が……っ!」
閉じられていた瞳が、
ゆっくりと開かれる。
「わぁ……
生き返ったね」
感心したように、
ヒナが小さく呟く。
けれど——
次の瞬間だった。
男の肩口が、
淡く光を帯びる。
「……え?」
ヒナの声が止まった。
失われていたはずの腕。
その断面から、
何かがゆっくりと伸び始めていた。
肉が繋がる。
骨が形を作る。
血管が枝分かれするように走り、
その上を覆うように皮膚が再生していく。
ぐじゅり、と。
生々しい音が、
静かな森へ不気味に響いた。
あり得ない速度だった。
人間の治癒じゃない。
もっと異質で、
生物としての理から外れた再生。
まるで、
最初から欠損など存在していなかったみたいに。
白い指先が形を成す。
ぴくり、と。
再生した腕が、
月明かりの下で微かに震えた。
「……えっ」
ヒナが固まる。
真紅の瞳が、
信じられないものを見るみたいに大きく見開かれていた。
「えっ……
なんで?」
ぽかん、とした声。
理解が追いつかない。
だって、
あり得ない。
普通の人間なら、
絶対にあり得ない。
「どーして……?」
月蝕の赤い光が、
再生した腕を不気味に照らしている。
ヒナは男を見つめたまま、
完全に思考が止まっていた。
男が掠れた声を漏らした。
「……なにを……した……」
(いや……
あたしが知りたいんですけど……)
ヒナの思考は、
完全に混乱していた。
だって、
あり得ない。
目の前では、
失われていた腕が、
何事もなかったみたいに再生している。
骨が出来る。
肉が繋がる。
皮膚が覆う。
その全部が、
ほんの数秒で終わってしまった。
(なんで腕生えてるの……?)
(いや、
ほんとになんで……?)
霊薬は知っている。
命を繋ぐことも。
傷を塞ぐことも。
ある程度の治癒だって出来る。
でも——
欠損した腕を、
丸ごと再生するなんて聞いたことがなかった。
しかも、
あの速度。
異常だった。
生き物としての理を、
まるごと無視しているみたいな再生。
(再生速度おかしくない……?)
(骨出来てるし……
肉戻ってるし……)
月蝕の赤い光が、
再生した腕を不気味に照らしている。
ぴくり、と。
動いた指先を見た瞬間、
ヒナの背筋にぞわりとしたものが走った。
(えっ……
怖……)
けれど、
すぐに首を振る。
(いや、
怖いっていうか……
なにこれ……)
理解が追いつかない。
人間が、
こんな治り方をするはずがない。
混乱したまま、
ヒナは小さく息を吐いた。
(……もう良いじゃん)
(治ったんだし……
腕も生えたんだし……)
(細かい事は、
あとで考えれば良いよね……)
(いや、
ほんと意味わかんないけど……)
(なんでそんな普通みたいな顔してるの……)
(あたしの方が混乱してるんだけど……)
この男、
さっきからずっとあたしの顔見てるんだけど……
——ってあれ?
今この人、
喋ってなかった?
「……喋れるの?」
首を傾げながら聞いてみる。
けれど男は、
まだ黙ったままだった。
ただ、
じっとこっちを見ている。
(いや、
なんでそんな真っ直ぐ見てくるの……?)
さっきまで死にかけてたよね?
普通もっとこう……
痛いとか苦しいとかないの……?
なのに、
なんか顔赤いし……
熱でもあるのかな?
月蝕の赤い光が、
男の横顔をぼんやり照らしている。
その視線が妙に真っ直ぐで、
ヒナはなんだか落ち着かなくなった。
「この人凄い……
死にかけてたくせに……」
思わず、
くすりと笑ってしまう。
すると、
男の顔がさらに赤くなった。
(えっ……
悪化した?)
(やっぱ熱あるんじゃないこれ……)
その時。
サァ——……
夜風が吹き抜ける。
月明かりが、
静かな森へ淡く降り注いだ。
男はそのまま、
再び意識を失う。
「あ、寝た」
ヒナは立ち上がる。
「村まで運んであげるかな……」
そして数秒後。
「あっ」
ぴたりと固まった。
「誕生祭……」
静寂。
ヒナは夜空を見上げ、
困ったように笑う。
「……やっぱり怒られるよねぇ……」
次回からは日を開けて掲載していくつもり
ですが、気が変わるかもしれません笑
気まぐれな哀川なので…
執筆を子供にチラッと見られるのが恥ずかし
い…
最近暑いです…
皆様体調にはお気を付けてお過ごしください
ね
読んで頂きありがとうございました




