第8話 戦な乙女の優しさ
ロイくんにヒナに…
両方書くのって思っていたより大変です笑
ケルベロスの巨体が、
轟音と共に地面へ沈む。
衝撃で土が爆ぜ、
周囲の木々が大きく揺れた。
そのままヒナは、
ゆっくりと歩み寄る。
そして——
ドン。
容赦なく、
ケルベロスの頭部を踏みつけた。
細い脚からは想像もつかないほど重い一撃に、
地面そのものが浅く陥没する。
ケルベロスが苦しげに唸った。
けれどヒナは、
まるで興味がないみたいに視線を逸らす。
「……そろそろ片付けないと、
あの男死んじゃう」
ぽつりと零した声は、
驚くほど淡々としていた。
ヒナは左耳へ手を伸ばす。
指先が、
小さなピアスへ触れた。
——キン……
鈴を鳴らしたみたいな澄んだ音が、
静まり返った森へ静かに響く。
その瞬間だった。
ヒナの空気が変わる。
真紅の瞳が鋭く細まり、
夜気がぴん、と張り詰めた。
月明かりが、
白銀の髪を幻想的に照らし出している。
静かに息を吸い込み、
ヒナは詠唱を紡いだ。
「——太陽と月の影……
我が刃に集まりて、
無と生を等しく与えんことを!」
言葉が紡がれた瞬間——
眩い光が、
空間そのものから溢れ出した。
白い粒子が渦を巻く。
まるで夜空へ散った星々が、
ヒナの手元へ引き寄せられていくみたいだった。
やがて光は収束し、
一本の剣を形作る。
純白の刀身。
透き通るほど美しい光。
それは武器というより、
神話の中から切り出された聖光そのものだった。
赤く染まった月蝕の夜の中で、
その輝きだけが異様なほど神々しい。
ヒナは静かに笑う。
「——終わりだよ?」
次の瞬間——
ヒナの身体が、
ふわりと夜空へ舞い上がった。
地面を蹴った衝撃で、
足元の土が弾け飛ぶ。
白銀の髪が、
赤い月光を受けながら大きく翻る。
その姿はまるで、
月蝕の夜に舞う白い幻みたいだった。
そして——
振り下ろされる。
《光の剣》が描いた白い軌跡が、
夜そのものを真っ二つに裂いた。
閃光。
瞬間、
世界から色が消える。
視界を埋め尽くすほどの白。
音すら遅れて消し飛ぶような、
圧倒的な一撃だった。
光が走り抜けた直後。
ケルベロスの巨体が、
ぴたり、と動きを止める。
断末魔すらない。
咆哮すら許されないまま、
黒く変異した肉体へ無数の亀裂が走っていく。
——パキ、パキッ……
ひび割れる音。
次の瞬間。
巨体は灰となって崩れ落ちた。
赤黒い瘴気ごと、
夜風へ散っていく。
サァ……と、
静かな風が森を吹き抜けた。
舞い上がる灰が、
赤い月光の中で淡く揺れている。
燃え尽きた残骸だけが、
静まり返った地面へ静かに降り積もっていった。
その光景を見届けながら、
ヒナの手に握られていた《光の剣》も、
淡い粒子へ姿を変えていく。
指先から零れるように、
白い輝きが夜空へ溶けていった。
まるで最初から、
存在していなかったみたいに。
あとに残ったのは——
月蝕の赤い光と、
静寂だけだった。
「……さてと」
静まり返った森の中で、
ヒナは小さく息を吐いた。
月蝕の赤い光が、
焼け焦げた地面を不気味に照らしている。
さっきまで暴れていたケルベロスの気配は、
もうどこにも残っていなかった。
あるのは、
夜風に舞う灰と、
戦いの名残だけ。
ヒナはゆっくり振り返る。
少し離れた場所。
血塗れの男が、
力なく倒れ込んでいた。
呼吸は浅い。
胸が、
かすかに上下しているだけ。
今にも途切れそうな命だった。
ヒナは男のそばへ歩み寄り、
その場へしゃがみ込む。
月明かりに照らされた傷は、
思わず眉を顰めたくなるほど酷かった。
失われた腕。
裂けた肉。
砕けた骨。
流れ続ける血。
「うわぁ……」
思わず、
そんな声が漏れる。
「これ……
普通ならもう死んでるよね……」
困ったように頬を掻きながら、
ヒナは小さくため息を吐いた。
「ここまでやったんだし、
助けなかったら祟られそうだよね……」
呑気な口調だった。
けれど、
見捨てるつもりは最初からない。
ヒナは腰へ手を伸ばす。
小袋の中から、
大事そうに霊薬を取り出した。
月明かりを受けた小瓶が、
淡く光を反射している。
「身体は戻らないだろうけど……
命くらいなら、
なんとかなるかなぁ……」
そう呟きながら、
ヒナは男へ視線を落とした。
「あ……」
ヒナの動きが、
ぴたりと止まった。
男の顔を覗き込んだまま、
真紅の瞳が小さく瞬く。
砕けていた。
顎の骨が、
無惨に歪んでいる。
これじゃ、
まともに口も開けられない。
霊薬を飲ませようにも、
喉へ流し込むことすら難しかった。
「うわぁ……」
困ったように眉を下げ、
ヒナは小さく頬を掻く。
静かな森の中へ、
微かな吐息が溶けていった。
「どーしよ……」
月明かりが、
血塗れの横顔を淡く照らしている。
このまま放っておけば、
多分もう長くない。
けれど、
無理に飲ませれば窒息するかもしれない。
ヒナはその場へしゃがみ込んだまま、
んー……と小さく唸った。
夜風が白銀の髪を揺らす。
少し考えて——
やがて、
観念したみたいに肩を落とした。
「……アレしかないかな」
ぽつり、と零れた呟きは、
静かな森へそのまま溶けていった。
ヒナ視点も次回で完了…
時間が許す限りは書き進めていきたいと
思っております…
読んで頂きありがとうございました




