第6話 真紅の瞳の狩る者
ヒナ視点の中盤です
ロイくんとヒナの心境を表現できれば…
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ヒナは、
ティーナ村から離れた森の奥へ足を踏み入れていた。
頭上では、
枝葉の隙間から月光が零れ落ちている。
夜風が木々を揺らすたび、
淡い銀光が地面を滑るように流れていった。
昼間追いかけていた、
珍しい生き物の痕跡を探していたはずなのに、
気付けばかなり深い場所まで来てしまっている。
村の賑やかさは、
もう聞こえない。
あるのは、
森が息づく静かな音だけだった。
ため息が、
静かな森へ白く溶けていく。
追いかけていた気配は、
もう完全に途切れていた。
木々の隙間を見上げても、
あの珍しい生き物の影はどこにもない。
「……帰ろっかなぁ」
気の抜けた声を漏らし、
ヒナは軽く肩を回した。
——ぴたり。
その瞬間、
森の音が消えた。
葉擦れが止む。
虫の羽音が消える。
さっきまで頬を撫でていた夜風さえ、
不自然なほど唐突に途絶えていた。
静かだった。
あまりにも静かすぎた。
森そのものが、
息を潜めているみたいだった。
空気が重い。
肌へまとわりつくような圧が、
ゆっくりと周囲を満たしていく。
ヒナの足が止まる。
気怠げだった表情が、
すっと消えた。
真紅の瞳が細められる。
その視線の先。
暗い森の奥から、
赤黒い気配が滲み出していた。
「……この先で、
何か暴れてる」
風が流れる。
冷たい夜気が、
森の奥から静かに流れ込んできた。
その中に混じっていた。
鉄みたいに生臭い、
濃い血の臭い。
焼け焦げた肉の臭い。
獣特有の、
湿った獰猛な臭気。
そして——
それら全部を覆い隠すほど濃密な、
赤黒いマナ。
月蝕に侵された異質な力が、
まるで瘴気みたいに森へ滲み出していた。
息を吸うだけで、
肺の奥まで重く淀む。
空気そのものが腐っているみたいだった。
木々がざわめく。
地面が、
微かに脈打つ。
生き物としての本能が、
「あれに近づくな」と警鐘を鳴らしていた。
けれど——
ヒナの真紅の瞳だけは、
逆に愉しげに細められていく。
「……ケルベロス」
小さく呟いた声が、
静かな森へ溶けていった。
鼻をひくつかせた瞬間、
眉がわずかに動いた。
「月蝕に飲まれたかな……」
変異種なら、
これまで何度も倒してきた。
けれど、
今漂っている気配は明らかに異質だった。
濃い。
あまりにも濃すぎる。
まるで、
森そのものが腐り始めているみたいに、
赤黒いマナが空気へ滲み出している。
普通なら、
本能的に逃げ出したくなるような気配。
だが——
ヒナの口元は、
逆に楽しそうに吊り上がっていた。
「……面白そう」
その瞬間だった。
誕生日のことも。
ユッキーちゃんのおみくじも。
昼間から追いかけ回していた、
あの珍しい生き物のことさえ。
全部、
綺麗に頭の中から消えていた。
今、
ヒナの意識を埋め尽くしているのは——
森の奥で暴れる、
異様なマナの気配だけだった。
胸の奥が、
ぞくぞくと騒いでいる。
恐怖じゃない。
もっと原始的で、
抗いようのない高揚感。
強い敵を前にした時だけ、
身体の奥底で静かに燃え始める熱だった。
「……行かなきゃ」
誰に言うでもなく、
小さく呟く。
次の瞬間。
ヒナの身体が、
夜の森を裂いた。
地面を蹴った衝撃で、
周囲の草木が大きく揺れる。
踏み込んだ場所が浅く陥没し、
遅れて土が弾け飛んだ。
速い。
風より先に、
白銀の髪が闇を駆け抜けていく。
木々の隙間を縫うように、
細い身体が滑る。
枝が弾ける。
夜風が裂ける。
流れていく森の景色の中で、
月明かりだけが、
鋭くヒナの姿を照らしていた。
その姿はまるで——
夜を切り裂いて走る、
銀色の獣みたいだった。
読んで頂きありがとうございました
お話の更新の時間と、日程…
あまり考えてなかったんですが…
当面は20時30分に固定していきたいと思っております
掲載スピードは哀川の身体と相談で…
ある程度書き溜められたら、また考えてみま
す…




