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カミサマDNA  作者: 祷幸崇


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3/5

1



 ――――――……


「………………っ……」



 遠くから鳥の鳴き声が耳を触る。

 どれだけ時間が経ったのだろうか。久しく感じなかった眩しき、太陽の光がイドに降り注ぐ。

 身体が、重い。動かしづらい。

 ピクリと指を動かしてみるだけでも、どこか慣れない感覚がした。

 重い身体を何とか引きずって、身体を起こす。

 皮膚に土や草が擦れた。どこか懐かしい感覚である。


「ぅっ……」


 唐突に背中全体に激痛が走る。

 痛み故なのか、太陽の光故なのか、はたまたその両方か、顔を歪めた。


「な……にが……」


 ゆっくり、瞼を開ける。

 肘を土につけながら、くらくらする頭を右手で抑える。

 そして、何とはなしに目を周囲に向けると、言葉を失った。

 思わず、口が半分開く。

 何故ならそこに広がる景色は全く見覚えのない、来たこともない縁遠い場所だったからだ。


「っどこ、ここ?」


 身体を起こし、背後も確認してみる。

 しかし、それでも相変わらず見知らぬ景色が広がるばかり。

 いよいよ訳が分からなくなってきた。

 どうしてこんな場所にいるのか、記憶を辿ろうと再び頭に手を置いて思い返してみるも、まるでもやにでも覆われているかのように全く思い出せない。

 記憶が混濁しているというよりも、記憶になさすぎて混乱している。

 何せ、そもそも――――


「僕は死んだはず」


 そう口に出してから漸く、記憶のもやが晴れていく。

 死んだ。そう、イドは死んだのだ。間違いなく、確実に。

 憶えている。

 死んでゆく時の感覚を。

 少しずつ力が入らなくなって、目を開けることも億劫になって、鼓動が鈍くなっていったあの感覚。


「はっ……死んだ……そう、死んだんだった……」


 俯き、自嘲する。

 その時、ふと左腕を赤黒く筋が伝っている血液がイドの視界に入った。


「何っ……?」


 左手を掲げてみても固まって振り払えないほどこびり付いて取れやしない。どこから流れているのか、視線を辿ってみても見る限り肩より上から流れていた形跡があった。

 これはおそらく首、だろう。

 いつの傷なのか、少なくとも水で流さないとなくなりそうもない血痕。

 暫く赤黒く染まった左腕を見つめ、溜めていた息を一気に吐き出す。


「もう……何が、何だか……」


 手を土につけ、項垂れる。

 この草とこの土。少なくともそれらは何が起こったのかを知っているはずであり、見ていたはずだ。

 もはや、誰であろうと、何であろうと、何が起きているのか知っているのならば教えてほしかった。

 しかし、混乱は更に続く。


「うぇっ?」


 ついさっきまで、そして今も見ている左腕が記憶していたものよりもはるかに長く、大きいことに気づき、咄嗟に身体を仰け反らせて距離を取る。


「…………ぇ? え??」


 ゆっくり。ゆっくり、手のひらを閉じては開く。もう右腕も掲げ、まじまじと観察する。そして、両手でそれぞれ対面にある腕を触ってみる。


「な、な、なな何っ?」


 両頬を触ってみる。

 片方の頬を捻ってみる。

 視線を手から離さずに、胸、腹、足をゆっくり確かめていく。

 身体が固い。まるで、成人男性かのように。

 足が長く大きい。

 覚えのない身体の感触。

 慣れない身体。

 しかし、確かに今、自分が動かしている。


「…………………………まさか……僕の魂がこの身体に入ったってこと?!」


――なんてこと!


 イドは気づくや否や頭を抑えて嘆いた。

 ハッとしてすぐに身体全体を使って辺りを見回す。


「っ、ない! ない、ない、ないないない!」


 この身体の元の持ち主が。この身体で生まれ育った魂が、ない。

 どこにも、ない。


「なんで! なんでいないの!」


 血が流れて凝固していた。

 身体の状態からして、かなりの時間が経ってしまっていたのだろう。

 生への思いが強ければ強いほど、魂はその場に残り続ける。反対に死への思いが強ければ強いほど、魂は消滅する。

 つまり、この身体が死体となってから時間が経った今、ある程度の生への思いがなければ消滅してしまう。しかしそれも『ある程度』あればの話だ。それほど強くもなく、弱くもなければいい。

 特に不満らしい不満もなく、未練もなく死んでいたこともあり、つい希望的観測が基本の考え方で感情をぶつけた。


「…………もぅ……なんでいないのーー……」


 覇気のない声が山の中に虚しく響いた。

 首横に手を当てる。

 彼が死んでいった時、どんな思いだったのか。どんな感覚だったのか。

 身体中の血が流れ出ていく感覚はどれほどのものだっただろう。

 未だ僅かながらに流れる血に指を添え、傷跡があるであろう肩と首の間を撫でる。淡い光が傷を覆い、指を退ければ、首横にあった二つの傷穴が跡形もなく消えていた。

 これくらいの傷ならば、念じればすぐに治る。何となく、そうすれば治ると無自覚に知っていた。生前は意識せずに治せていたのにもかかわらず。


「そういえば、この子の名前って……」


 目を閉じ、記憶に問いかける。

 もしかしたら記憶の中を探ってみたら分かるかもと思いつきでやってみるも、やはり知らない。知らないものは知らないらしい。


「んもう! 記憶は身体に刻み込まれてるものじゃないの?」


 そんなことを独り言ちる。


「はぁ……まあ、それが本当なら、僕の記憶がある方がおかしくなっちゃうか……」


 そしてすぐ、肩を落とした。

 どちらにしろ、どちらかの記憶しか残らないということに変わりはない。

 とはいえ、この身体の元の持ち主の名前が分からなければ困る。もし元の持ち主を知っている人とすれ違ったら、性格もそうだが、名前すら分からないなんてこと通用するはずがない。

 何より、この身体の名前も知らないということは気持ちが悪いし、居心地も悪い。


「むーん……」


 こんな何もない所に何も持たずに来ることは想像できない。この身体の所有物、願わくばこの身体の身分を証明する何かを持ってきていれば御の字。

 立ち上がり、手当り次第に辺りの草を掻き分け、木の影を覗き込む。

 ややあって、座っていた付近に座り直した。


「全く、ない」


 どこを探しても人の物らしきものはなく、ましてや身分を証明するものもない。


「えーー? 何も持たずにここまで来たってこと? そんなことある?」


 何が目的で何も持たずに着の身着のまま山の中に入ることになるのか。

 まさかこんな何もない所に逃げてきた訳ではあるまい。

 暫くその場で胡坐をかき、頭を悩ませる。


「悪いんだけど、僕にも、生きていくつもりはないんだよね。僕は別に自分で死のうとは思ってなかったんだけど、ただそれだけで……もっと生きていたいとも思ってなかったから……」


 そもそも、この身体に何故イドの魂が入ってしまったのか。

 どちらかと言えば死寄りに生きていたというのに、イドの魂が残っていたことも疑問であることに加え、魂は残ったとしてもその多くは死んだ場所か思い出に強く残る場所に残る。余程強い意志がないと死んだ場所を離れることは難しく、そういった場合、魂に意思が宿っているはずである。本来、そのどちらでもないイドの魂がこんな見慣れない場所にいる身体に乗り移ることなどあり得ない。


「………………うん……どうして僕の魂が残って君の身体に入ったのかは分からないけど、こうなったら仕方ない」


 イドはそう言って諦めた。


「君はもしかしたら、復讐や恨みつらみを思っているかもしれないけど、ごめんね、僕にはそれはできない」


 不自然に盛り上げられた土とその上に乗せられた石――簡易的な墓を作り上げたイドは再度深く頷いた。


「君がこの身体を置いて逝くのなら、僕が貰い受けよう」


 この身体で歩んだ先に何が待ち受けていようとも。

 目下の血だまりを見つめ、イドは身を翻した。





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