プロローグ
久しぶりに小説を書いてみました。
拙い文章かもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。
「なんだって?!」
昼食を済まし、どこの飲食店も落ち着いてきた昼下がり。とある何の変哲もないカフェで一組の客が騒音に紛れて話すのはかの有名な人類の英雄のこと。
がしゃん。音を立てて飲んでいたコップを机に叩きつけるようにして置く。
「そんなことがあるっていうのか?!」
「じゃあなんて説明するの」
「ぅ……ぅうーん……いや、でも……本当にそんなことが……」
到底信じられないことではあるものの、男にはとても目の前の女が嘘を言っているようには思えなかった。
それはこの男女の客の関係性にも寄るものがある。しかし、男は女の問いかけにこたえられないのも事実としてあった。
言い淀む男をそれ見たことかと目線をやる。
「こんなこと、誰でも知ってることでしょ。人類の敵は真祖を倒して、吸血鬼に堕ちてしまった、それは疑いようもない事実なんだから」
真祖。それはかつて存在していた、吸血鬼を生み出した元凶。そして一六〇年前の人類と吸血鬼の戦争――【聖魔大戦】――を引き起こすこととなった原因と言っても過言ではない存在。この世の全ての不幸は真祖から始まったとまで言われるほど、この世の罪悪を尽くしたのである。そしてそれは真祖を倒した後も続いた。真祖を倒した英雄はその影響で身を堕とし、人類は英雄を永遠に失ってしまった。
三七年経った今では誰もが知る悲劇の英雄譚。
だが、男が驚愕したのはそんなことではない。
「――――じゃなくて! その英雄があの花街の城主をやってるって?! だから政府が手を出せないとかぉぐ」
「しっ! 声が大きい」
女が咄嗟に男の口を塞ぎ、周りを見渡す。
幸い、誰も聞いている人はいないようだった。
ややあって、男が努めて冷静になったところを見計らい、徐に口を塞いでいた手を除ける。
「しかも花街は吸血鬼と鬼の温床と化してるって、どこから聞いた話だよ」
先までの周囲が聞き耳を立てるまでもなく聞こえるほどの声量から近くにいないと声さえも聞こえぬほどの声に落として話す。
「だからここだけの話って言ってんじゃん。こんなこと滅多な所では話せないことだよ」
「…………」
「私だって信じられないことだけど、かつての英雄が花街を取り仕切っているなら、政府は滅多なことでは触れようとしないし。政府が触れられないなら吸血鬼や鬼にとっては絶好の狩場でしょ。それに、花街はどういう訳か治外法権って扱いになって独自の自治までしている。そんなの、かつての英雄が取り仕切っているっていう前提がないと説明がつかない」
「そんなことありなのかよ、てか、許されんのかよ。政府が吸血鬼を放っておくのか?」
「実際、政府が放っておいているのは事実でしょ? 今の政府じゃあ手が出せないってわけ」
「かつての英雄も随分と堕ちたものだな」
「その英雄様が実は真祖に乗っ取られちゃったとか? 噂でしかないけどね、そんなこと調べられるの、限られているじゃない?」
そう言って女はチラと男の方を見やった。
女の話を聞き終わる前から、男の瞳はかの花街に狙いを定めていた。
――そんな話をしていたのはいつぐらい前だったか。
四方八方を塞ぐ草木と傾斜に男は手も足も顔にも無数の切り傷をつけて尚、全力で走る。
命尽きるまで、死力を尽くしてでも男は逃げのびなければいけない。
あれも、これも、それも、どれも。
「本当だった、ほんとう……間違ってなかった……!」
真実を知ってしまった男に残されているのは何か。男が考えるまでもなく、眼前には死という現実が迫っていた。
酸素と二酸化炭素の行き来で喉も、肺も痛い。
足も立っていることさえ苦しいと悲鳴を上げている。ましてや、走っているなんて。
限界など疾うに超えていた。
しかし、今立ち止まれば、振り返れば、男は死ぬ。ただそれだけだった。
「たっ……たすけっ……!!」
擦れた声で助けを呼ぶ。この場には男を殺す存在しかいないと言うのに。
恐怖で喉が震えるのか、苦しくて震えるのか、もはや判らない。
手を伸ばした先に男が見たものは果てしなくどこまでも続く暗闇だった。




