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カミサマDNA  作者: 祷幸崇


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1/5

ゼロ



――許さない。


 決して消えない怨念が身を焦がす。

 血の繋がらない老人に拾われたとある幼子の人生は、不幸に満ちていた。


――殺してやる。


 度重なる戦闘によって荒れ地となった地面にその幼子は足を踏み入れる。

 成長を止めた身体は六十五年経った今も幼いまま変わることはない。

 脳裏に未だ焼き付く声が彼の思いを強くする。


『逃げろ!お前は……お前だけでも……!!』


 そう言って彼の身体を押した『それ』は火で炙られた。

 いつも、彼は守られる側だった。


『いつか私たちも普通の人みたいに暮らせるかな……』


 そう零した『それ』は串刺しにされた。


『……夢があるんだ。内緒だぞ?』


 照れ笑いをしながらそう語った『それ』は首を落とされた。

 死ぬべきなのは彼なのに。


『君は弱いからな!ボクが守ってあげよう!』


 そう胸を張って宣った『それ』は手も足も失い、野犬によって食い散らかされた。

 全ての友を失った時、彼は気付いた。

 この世界は地獄なのだ、と。

 そして、『それ』らに誓ったのだ。



――この手で、必ず。



 漸く辿り着いた。

 やっと見つけた。


――全ての元凶。


 死体に埋め尽くされた荒れ地の中心にその男は立っていた。

 日の光を浴びたことのないと見紛うほどの白い肌。この世の全てを覆う漆黒の髪。そして、幼子に向けられる鮮血の如き紅眼。

 これらが示すは吸血鬼の証。

 吸血鬼の始まり―始祖(しそ)を生み出し真祖(しんそ)


「あ、っああああああああああああああああああああああ!!!!」


 激情を声に変え、喉に痛みが走る。

 それでも尚、幼子は止まらなかった。

 忌み嫌う『それ』としての力も、あれほど嫌った他者の命を奪う才能も、今ここでは使うことに躊躇いはなかった。

 肉体を最大限強化し、傷口から漏れ出した血液を幾つもの刃に変える。

 一直線に男の首を狙う刃と殺気を男は一切熱の入らない、冷たき双眸で見据えた。


「……その小さな手で何ができると言うのだ」


 男の手が一線、薙ぎ払うだけで幼子の刃は弾かれる。

 吸血鬼には厳格な、決して超えることができない階級が存在する。下級、中級、上級、そして世界に六人しかいない、吸血鬼の始まりの祖、始祖。

 それらバケモノの頂点に君臨する真祖の力は伊達ではない。


「お前の……お前のせいで!世界が狂ったんだ!お前がいるから奪われた!お前がいるから僕は失った!許さない……ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ許さないッッ!!」


 幼子には消えぬ誓いがある。

 何を賭しても遂げなければならない、命の盟約。

 全てを失ったあの時から、幼子は狂っていた。

 人類の敵である吸血鬼の殲滅という、脳に埋め込まれた命令を打ち消すほどに強く。

 これは人類のためではないし、況してや人類滅亡の危機を救った英雄になるためでもない。

 そんな綺麗なものに飾り付けたところで覆い隠すことができないほど黒く醜い感情。復讐心だけが彼の中にはあった。

 ヒトを殺したくないと思っていた心がなくなったのはいつの頃だったか。二十年前、最初に『それ』の内、一人が殺された時のことだったか。二人目の時だったか。それとも、保身のために存在しないものとして『それ』が世界から抹消された時か。

 自ら狂気の中に投じ、刃を振るう幼子に男は眉を顰めた。

 瞳に多くの感情を乗せるこの幼子は正気を失っているのか、いないのか、男には判別し難い。冷静に、且つ的確に男の急所を狙い続け、身軽な身のこなしによって男から飛んでくる刃をいなし続ける幼子は異常と言ってもいい。

 この小さき人間は何を感じ、何を思っているのか。男は初めて人間の過去を知りたいと思った。

 サラサラと幼子の白髪が風に乗って揺れる。

 珍しいから。

 今まで男と直面し、拮抗する者はいなかったから。

 いや、そうではない。そうではなく、ただ単純に、この眼前の一人の人間のことが気になったのだ。

 男自ら生み出したその人間が。

 聖魔大戦時、『それ』らは活躍していた。

 人類の最終兵器として。

 とは言え、活躍していたのはかつてのこと。男が知る限り、『それ』らのようなものはもう存在しない。


――いなくなった、はずだった。


 人類の最終兵器に関するものは全て処分された。

 憎悪に染まった幼子の瞳は男を映し、そして世界を映している。

 何がこの人間をそうまでさせたのか、男には分からない。さぞ、男が想像したことのない世界を経験し、その世界で生きざるを得なかったのだろう。

 身体を幾十にも鎖で縛り、少し手を伸ばせば、少し目線を変えれば救われるだろうに、自ら囚われに行く幼子の姿はあまりにも不憫だった。

 殺意は確かにあるのに、幼子の『それ』特有のアンバーの瞳には恨みと同時に大きな虚無を抱えている。

 男を殺したい。殺して、その先が分からない。

 幼子には未来がなかった。

 殺される覚悟で男と対峙しているということはなく、文字通り、幼子は未来を考えていない。

 消えては灯る灯火のように、今、この瞬間に全てを懸け、他の全てを捨てていた。

 その幼子は不憫だった。

 可哀想なほどに不憫だった。


「俺が、憎いか」

「っ、あたり、まえだ!」

「俺を殺したいか」

「そのために、ここまで、きた……!」


 変化のなかった男の顔が俄にほんの僅かであるものの、緩む。


「ならば殺してみろ、幼き抵抗者よ」



 幼子と男が刃を交えてからどれほど時間が経ったのか、朝日が昇り始めた頃、地に膝をつけていたのは幼子であった。

 動きを止めた幼子の表情に浮かぶ絶望が全てを物語る。


「……残念だったな」



 最期、男から覚えず出た言葉は幼子に対する憐れみの言葉だった。

 「どうして……!」と嘆く幼子の掠れた声をなかったものとして――――――



 これは真祖に仇なす者達が真祖を巡るお話。




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