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イドの言う、夕方にはまだ少し早い。次の事件現場はすぐ近くの大通りだということで早速、一行は珀人を先頭にして向かう。
「次は目撃証言があった場所と事件現場が近いので一応、両方行きましょう」
「目撃証言?」
先頭から珀人、娜月、イド、仁織の順で歩いていたところ、速足でイドは娜月の隣に並ぶと珀人を後ろから覗き込む。娜月がその際、明らさまに顔を顰めたのは無視だ。
「はい。第二の事件は何と言いますか……二つの事件が起こったんです」
珀人が続ける。
きっかけだったのが、目撃証言の方。目撃したのは、またしても客。ただ、目撃したと言うよりも襲われかけたと言った方が正しい。標的にされたのは彼女の方だったのだ。しかし、第一の事件と異なり、大通りの近くだったため、最初に目をつけられた彼女は人混みに紛れ、逃げ遂せることができた。そして、その人混みの中にいた花魁が不幸にも次に目をつけられ、路地裏で大通りにいながら誰にも知られることなく死に絶えてしまった。彼は手足を切られ、逃げられない状況に陥った後、首筋を噛まれて吸血されたと見られている。翌朝、近くの妓楼の禿が彼の死体を発見して卒倒するほど凄惨なものだったそう。にもかかわらず、第一の事件と同じく、血痕は何一つ残されていなかった。
「言うなれば、実質、第二の事件の被害者は客で、第三の被害者が花魁ということですね」
珀人はそう端的に説明する。
イドはそれらの情報に納得したのか、後ろに下がって顎に手を当てる。
「……はー……まぁ、でも、目撃者がまたいるなら――」
「残念ですが、第四の被害者が第二の被害者なんですよ」
「えっ」
既に殺されています。
無情にも珀人は告げた。
これにはイドも口を尖らせて、ままならないと表に出す。
「またぁ?」
「はい」
珀人の返答はイドの内心を慮らないものだった。
平坦で、ただただ事実を述べているだけの声色である。
「始めは第三の被害者が二番目の死体だったので、第二の被害者のことは知られていませんでした。ですが、三番目の死体の彼女が第三の事件と同日、襲われたと訴えていたことが分かったのです」
第二やら二番目の死体やら、複雑になってきて、イドは説明の途中で目を瞑って天を仰いだ。
――……つまり、被害の順番と死体の順番が前後したってことだよね?
珀人がごくごく自然と第二の被害者のことを『彼女』だとか呼ぶため、これまた一瞬、誰のことかと考えざるを得なくなっている。これまでの事件の詳細を照らし合わせると、第一の被害者と目撃者は男。第二の被害者と第四の被害者は女で同一人物。第三の被害者は男、となる。
どうやら、犯人は別に性別に拘ってはいないらしい。
「今回の場合は詳しい話を聞く前に殺されてしまい、結局、第二の事件のことはほとんど分からず終いです」
両手を肩まで上げ、大袈裟に頭を左右に振る。
貴重な目撃者がこうも立て続けに情報を得る前に亡くなってしまい、珀人としても降参するしかないのだろう。
「襲われた場所は分かってるんだよね?」
「それは……大まかに、ですが」
おずおずと珀人は決まりが悪く答える。
「……仁織も知らないの?」
目だけで振り返り、尋ねる。
あまりにも流れるように、ずっとそうしてきたかのようにイドが仁織へ聞くものだから、珀人も娜月も反応が遅れる。両者の心底は揃って、マジかこいつ、だった。
イドは至って普通な様子で仁織の反応を待つ。
「…………」
果たして仁織は何を思っているのか、珀人達はどく、どく、と心臓の音がやけに大きく鳴る。
沈黙の時間が長く、数十分にすら感じる。実際にはほんの数秒だとしても。
たったそれだけでも途轍もなく長い。
珀人達を見守る形で最後尾を歩く仁織の表情は珀人達には見られない。
仁織に問いかけたはずのイドよりも遥かに、珀人達の方が仁織の声を注視し、耳をそばだでて待っていた。
そうして、ゆっくりと。
「……ああ」
仁織の落ち着いた声が届く。
知らず止めていた息を一思いに吐き出し、珀人は足を止めた。
「――丁度、あそこです。彼女を見かけた人がいる最後の所から、大通りに向かう途中の、人通りが少ない傾向にある道ですね」
眼前にある人が疎らな空間とその奥の少しずつ賑わいを取り戻す大通り。確かに、その境ははっきりとしていると言ってもいい。とは言え、大通りのすぐ傍だからなのか、第一の事件現場よりかは十分人通りはある。
イドも前に出て前後を交互に見る。
「大通りからもすぐ近くなので、女性でも鬼から逃げられると思います」
珀人が補足した。
イドからしても、その距離は短い。すぐに逃げ出さなくとも、異変を察知し、何となく走り出したとしても余裕で人の往来がある場所に逃げ込める。
ふむふむ、とイドが頭の中で思い描いている隣で、珀人はそわそわと視線を泳がせていた。
その意識の先にいるのは仁織だった。
暫く落ち着いがなかった珀人は何か、心に決めたように、意を決して仁織へと歩み寄る。
「あのっ、彼女が訴えたのは花魁に、です。分からなくてもいいので、花魁サイドのことを詳しく教えて頂けませんかっ?」
「……」
珀人が熱心なのに対し、仁織の目はかなり冷めていた。
ごくり。珀人は喉を鳴らす。
見つめ合うこと数拍。
はぁ。
仁織が息を吐いた。
「道中、鬼に襲われた、怖かった。そればかりで話をする状態ではなかった。対応した花魁は大事を取って落ち着くまで花街には来ないよう言った」
淡々と、仁織は報告を受けた通りに発言した。
そこには何の感情もない。共感も、同情も、呆れも、憐憫も。
第三者から聞いたことであっても、そこに何らかの感情を含んでいてもおかしくはない。珀人は改めて仁織の空恐ろしさを感じた。
「……じゃあ、その子は帰り道で殺されたってこと?」
仁織の話を聞いていたイドもそこに加わる。
珀人の目にはイドがまるで緩衝材に見えた。ここに来て初めて、イドがいることのありがたみを実感する。
「いいえ。彼女の死体は花街の外で発見されました」
ただ、イドの推察は間違っていた。
「そちらは既にこちらで調査しましたが、概ね、第一の事件と同じですね……目撃者はいませんでしたが……」
「そうなんだ……」
第四の事件はこれまでの事件と異なり、花街の外で起きたため、ここに来る前、既に現場で珀人達が確かめていた。
花街の外と言っても、花街と隣接する町でのことだ。ここは花街でも調査していることだろう。
ただ、本当に彼女に関しては情報が少ない。確実な痕跡などなく、中級以上の吸血鬼だろうということは分かるが、彼女の死が今回の事件と同一なのか、偶然、他の事件に巻き込まれたのか判断がつかない。
第三の事件と関わりがあるため、取り敢えず、今回の事件に加えているだけなのだ。証拠などない。
「それで、第三の被害者が発見された場所は――あっちですね」
珀人が指したのは第二の事件現場の道から曲がった先。大通りとなる道だ。
示されるまま、イド達一行は大通りへと移動する。
「歓楽街からは少し離れていますが、この通り、人が増え始める道でもあるようで……丁度、襲いやすかったんでしょうね」
「……ホントだ」
夕方になりつつある時間帯なこともあり、急激に人が増える。見る限り、店も妓楼もここから立ち並んでいた。
その道の入口からすぐ近く。
光が入り込まない、完全な裏方。まだ日があるというのに、奥が見えないほど薄暗い。
「ここ、ですね。通りを偶然歩いていた花魁がこの路地裏に引き摺り込まれたと考えられています」
「……ふぅん?」
誰にも気付かれずに身を隠し、犯行を行うにはうってつけの場所だ。まだ陽の光がある時には禿などの裏方仕事をしている者達が時折、店から出てくるものの、何も見えなくなる夜間は誰も来ないらしい。
ただそれも、路地裏だけならば、の話だ。
徐々に多くなっていく大通りの人達に目を向けていたイドはややあって、首を傾げる。
「誰も見てないの?」
「目撃者は今のところいませんね」
イドの詰問はそれだけで終わらなかった。
「引き摺り込まれたのに?周りは気づかなかったの?」
「それは……気になるところですが。鬼でも人に紛れ込むことは容易ですし、人一人を引き摺るなんて鬼には瞬きの間にできることです。誰も気づかなくとも不自然ではありません」
「自然?」
「そ、そうですね」
「ふーん……そっか……そんなもんか……」
イドはじっと珀人の目を見つめていたが、途端にふい、と顔を背け、辺りをゆったり歩き回る。
一旦は納得しておくことにした。珀人が言うことも一理ある。しかし、頭の片隅ではどうにも怪しんでしまう。例えば、目の前に人が歩いていたとして、珀人の言う通り、瞬きの間に消えていなくなっていたとしたら。自然かどうかは置いておいて、疑問に思わないものだろうか。
――あまり、印象に残らなかった?思い出すほどでもなかった?…………ふむ。
地面と周り、そして空を眺める。
そして、不意に立ち止まり、目を瞑った。
イドの意識は思考の底に落ち、周りの音が雑音となって消える。
「そろそろ、日も暮れてきたことですし、検証に入りますか?」
イドの耳に珀人の声が届いた。
故に、イドは気づかなかった。人混みの中、こちらを見つめ、立ち尽くしている人物に。
イドが案じていた男。
同じく、彼もまたイドを探し回り、焦燥に駆られていた。
イドを見つけた時、訳も分からず安堵した。しかし、イドが一緒にいる者達を見て、彼はどこか心にぽっかりと穴が空いたかのような感覚に陥った。
裏切られた。
そう落胆するには彼の心はあまりにも幼すぎる。名前をつけることのできない感情は彼を暗闇に堕とした。
「……テメェもかよ」
彼の声は小さく地面に落ちる。
翌日、新たに女花魁の死体が発見された。また、彼女が野良の吸血鬼を匿っていたと黒蝶から連絡が入った。その野良の名前は――ニィ。




