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カミサマゲノム  作者: 祷幸崇
1章

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23/31

19


――どうして?どうしてこうなった?!


 会合が終わり、多くいた楼主達が帰路につかざるを得なくなった今、大会議室に残っているのは三妓楼楼主と黒蝶筆頭ら。そして、今回より城主付きとなったイドだ。

 イドは楼主達がまだ衝撃から立ち直れていない時から竜胆楼楼主に泣きついていた。

 疎らに立ち去っていく楼主達は横目にイドの挙動を見ながらも、何も見ていないかのように目線を逸らしていく。そう、全ては面倒事を竜胆楼楼主に押し付けるために。


「楼主さんーー!僕、僕、椿のとこに戻らなきゃ!ね、ね!僕、戻るのー!」


 対して、押し付けられた当の本人は頭痛がしていた。

 辛うじて吐き出された息に生気は最早ない。

 抱きついてくるイドの腕をどうにかして引き剥がそうと藻掻くも、どこからそんな力が出ているのか、全く離れようとしない。


「城主様の決定だ。こればっかりは覆せない」


 竜胆楼楼主はぴしゃりと言い放つ。

 冷たい物言いになったことは否めないが、残念ながらそれが事実だった。


「いやだ!僕、帰る!帰るのー!」

「イド……オレにも庇えないことはあるって言っただろ、諦めろ」


 尚も頭を左右に振るイドに竜胆楼楼主は頭を抱える。

 椿が連れてきた時から嫌な予感はしていたが、ここまで来ると仕方がない。

 竜胆楼楼主はそんな心情だった。

 ただでさえ、ただの花魁とも言いがたい椿という城主と敵対する厄介者を受け入れているのだ。イドのことなど今更なことだろう。

 しかし、これはどうしたことか。

 竜胆楼楼主であっても、こんな事態になるとは想像もしていなかった。

 天上天下唯我独尊を体現していると言っても過言ではない、あの城主のことだ。てっきり、今回のことも楼主達から何と言われようと、黙殺をするのだと予想していた。それがまさか、会合という表舞台で口を出してくるとは思ってもみなかった。加えて、城主付きまで命じる始末。有り得ない、考えられない、と言ったところだ。


「やだやだやだ!」

「おい」

「椿と夕霧のとこに行くぅー!」


 そんな、とんでもないことをやらかしたイドはそんなこと露とも思ってもみないだろう。幼子のように地団駄を踏んでいる。

 何故ならば、これはこれでイドにとってもとんでもない事態になってしまったためだった。


――ダメダメダメダメダメダメダメダメダメ!仁織と一緒とか!絶対ダメだからぁ!


 もう、イドの内心でも全力拒否の姿勢だ。

 何度も言うが、前世と今世は違う。イドにとって、前世の縁は断ち切ったつもりでいるし、縁のある者ともう一度関わり合うこともないつもりだ。椿のことはどうにもできなかったとは言え、それ以外のことはそう決めている。

 イドはイドなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。


「だからなぁ……城主様付きになるのは栄誉なことなんだぞ?なろうと思ってなれるもんじゃねーし」


 竜胆楼楼主はやれやれ、と言わんばかりだ。

 花街で暮らす彼らにとって、城主付きがどれだけ魅力的なのか。そんなことはイドには関係ない。

 少なくとも、仁織と前世のイドは知り合いだ。何なら、切っても切れないであろう関係があった。

 それが全てだ。

 そして今はヤケクソだ。


「じゃあ楼主さんがなればいいじゃん!僕ならないから!」

「そういう問題じゃねー!」

「楼主さんは僕を見殺しにするつもりなの?!」

「何の話だ!」

「うわーーん!」


 外聞など気にしてはいられない。イドは全力で竜胆楼楼主に泣きついた。

 これで仁織から離れられるのであればそれでいい。

 体裁など食って吐き捨ててやる。

 今のイドには捨てるものなんてない。

 何も持っていないイドは強かった。

 しかし次の瞬間、イドは何もないことが逆に心細くなる。


「イド」


 心臓が嫌な音を立てる。

 仁織だ。

 たった一言。イドと呼ばれただけでイドは身体が固まったような感覚がした。

 竜胆楼楼主は城主にまさか逆らえるはずもなく、すぐさま音もなく一礼して下がっていく。

 縋り付いていた両腕は既に力なく地面にへばりつく。


「行くぞ」

「やだ!」


 すぐさま拒絶したイドに容赦なく、仁織はイドを問答無用で引き摺る。

 それはまるで、荷物かのように。

 首根っこを掴まれ、イドは手足をバタバタさせるしか抵抗らしい抵抗はできなかった。


「やだやだやだ!おーぼーだ!」


 仁織がイドを引き止めてからだろうか、いつの間にか大会議室には仁織とイド、そして黒蝶筆頭の三人しかいなかった。

 その後引き摺られて部屋を出た後も、だ。

 使用人の気配すらない。

 まるで、イドがこれまで閉じ込められていた部屋のよう。

 孤独で実につまらない部屋。

 イドはハッとして更に声を上げた。


「また僕をあんなとこに連れていくの?!鬼!鬼畜!うわぁぁん!」

「変な言い方するな。ただの部屋だっただろーが」


 ただの部屋だった。そして、とても殺風景な部屋だった。


「いーやーだー!」


 木床の凹凸の部分に爪を引っ掛ける。急に止まった勢いで仁織が傾いた瞬間を見計らい、素早く壁に移動する。

 壁には襖の間や部屋の境目に柱が埋め込まれている。そしてそこには少なからず指を引っ掛けるには十分な出っ張りがあった。どれだけ仁織に引っ張られようともイドは壁に縋り付いて離れない。離れてなるものか。


「待たせてる奴がいんだよ、さっさと来い」


 イドの頑固な態度に焦れたのか、仁織は掴んでいた手を離し、言葉で示す。

 隙を見せればまた問答無用で引き摺っていくつもりではあるが。

 納得して無抵抗となれば尚良し。


「誰?!誰それ?!」


 しかし、予想通りというか、案の定というか、イドは半狂乱になって壁に張り付く。


「うわぁぁ!そこで何する気だ?!まさか僕を襲うんじゃないよね?!知らない人のとこ連れてってどうするつもり?!」

「静かにしろ」

「いかがわしいことするんでしょ!どっか連れてって!僕に!うわぁぁぁぁあん!!食べられる!殺される!襲われるぅ!この、変態!ロリコン!鬼畜!ドS!」


 何としてでも。

 何としてでも逃げなければならない。

 心做しか、イドでさえ仁織の表情を見られない。黒蝶筆頭は何を考えているのか、相変わらず無表情だ。


「…………」


 仁織は何を思ったか、イヤイヤするイドに黙って近寄ってくる。

 黒蝶筆頭も仁織の行動に疑問を覚えたらしい。僅かに首を傾げた。

 そして、イドを見下ろす形にまで近づくと、徐に腰を曲げる。


「お前のご期待通り、ヤってやろうか?」


 ぴゃっ。

 効果は覿面。イドは背筋にぞぞぞぞ、と這うものがあり、動きを止める。

 低音のどこか甘いボイス。

 溺愛している妻にでもするかのような、閨での一コマのような、そんな声だった。

 スッと上体を上げ、大人しくなったイドの襟を再び掴み、ずりずりずり、持っていく。


「おい、クロ。てめぇは先行って相手してろ」

「は」


 クロ、と名称を捩った名前で呼びかけられた黒蝶筆頭―いや、クロ―は恭しく頭を下げると廊下の奥へと姿を消した。

 一方、クロにそう命令した割には立ち止まった仁織はイドの正面にまで歩いてきて屈み込む。


「イド。選ばせてやる。俺についてくるか、元の部屋にブチ込まれるか、どっちがいい」


 呆然と仁織の行動を見つめるイドは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 頭の片隅にある冷静な部分が、選ばせてくれるんだ、と呟く。

 パチクリ、イドは暫し放心状態が残っていた。

 ややあってから口を開いたイドを他所に、仁織はうんざりした表情で独り言ちる。


「……へ、へやで……」

「言っておくが、待たせてんのは使役者だ。多分、野良を討伐しに来たんだろーな」

「……しえきしゃ?」


 イドが聞いたことのない名前だ。

 仁織が心の底から辟易した様子であることから、決して望んでいることではないのだろう。

 イドの問いかけに仁織は眉を寄せた。


「…………使役者は政府の犬だ。鬼討伐専属のな」


 渋々。本当に渋々、説明する。

 イドに聞かせたのは仁織なのに、教えた者を恨みがましく思っているよう。


「鬼の、討伐……」


 しかし、イドはそれどころではなかった。

 使役者という名前は聞いたことがないのに、その役割は嫌という程心得ている。

 イドが死んでから五十七年経っていることはイドは知らない。故に、ここ二、三十年で台頭してきた使役者という存在がいることも知らない。

 仁織は嫌々続ける。


「使役者には常にペアとしてドールと呼ばれる改造人間がいる。基本的にドールは元死刑囚。動物とかの遺伝子を組み込まれ、人間以上の身体能力を得ている。ドールを使役し監督するから、使役者。だそうだ」

「……ドール……」


 改造人間。ドール。人間以上の身体能力。使役者。

 その全てがイドには既視感があった。

 当然のことである。ドールの前身は何せ、人類の最終兵器と呼ばれたイド達、総称【ショタ】だった。

 奥底に閉まってあった記憶が蘇る。嫌な記憶だ。

 ショタは当時、人間扱いされてこなかった。ショタになる以前の実験体だった頃からそうだった。ショタを指す言葉はいつも『それ』。『彼ら』ではなかった。

 イドにとってはとっくの昔に過ぎた記憶だったが、同時に大切な存在だった。


「で、お前はどうす――」

「ついてく!」


 食い気味に目を見開いて宣言する。

 何が正しいのかは分からない。

 ドールや使役者と会うことで何かが変わるとは思えない。

 しかし、ここでついて行かなかったら、イドは後悔する気がした。

 仁織の目が細められる。


「…………黙ってんならいい」

「分かった!任せて!」


 何もなかったらね。

 心の中でイドは自分の言葉にそう付け足した。

 ニコニコと態度を急変させたイドに何故だろう、仁織の目は完全に信じていなかった。


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