17
城主邸の大会議室でその会合は行われている。
花街中の楼主達が集まり、現状や今後の対応が話し合われる場で今回の話題は皆さん一様に同じだった。
「今回の件、一体どうされるのですか?!」
「我々に説明はあるのでしょうね?」
「城主様に無礼であるぞ!身の程を弁えんかい!」
「黒蝶が取り逃がしたという話もあるようですが?!」
「いやいや、取り逃がしたどころか、黒蝶も野良側に関与していると伺いましたな」
最近、花街を騒がしている吸血鬼事件についてだ。
それに合わせて、情報が錯綜としている現在、吸血鬼事件を中心として話題が広がっていく。
「それは本当ですか?!黒蝶に裏切り者がいると?」
「憶測でものを言うのではない!黒蝶は花街を統制、守護する者達。そんな者達が裏切りなど、真実であればとんでもない事態になりかねない。貴殿はその覚悟がおありなのですか?」
「…………あれこれ……言う、のでは……ない」
「しかし!」
「このままでは政府がいつ動き出してもおかしくはない。それだけは警戒せねばなるまい」
「疑心こそ城主様に不敬だろう?」
「政府だけでなく、教会も警戒すべきだ。今や、教会も国家レベルの権力を持つ。私たちが弾圧されかねない」
「ふん。小心者どもめ。花街はどこにも与せず、独立していると言っても過言ではない。有象無象が騒ぎ立てたとて、わしらには関係のないこと」
「関係なくとも、何人もの花街の人が犠牲になった。それはどう落とし前をつけるつもりか?」
「……三妓楼の楼主殿はどうお考えなのですかな?」
一人の楼主がふと、問いかけると、その場にいる楼主全員が口を噤み、上座にいる三人の楼主を見つめた。
三妓楼は花街において特別なもの。故に、その三楼主は必然と花街の楼主全員を統率していると言っても過言ではない。
ここで三楼主の意向が示されれば、他の楼主達は従う他ない。
一方、疑心に満ちた今、その問いかけはいつもとは異なる意味を持つこととなる。
問いかけは詰問に。
従う心は試しの心に。
「…………」
白を基調として、被り物をする一見祭司のような少年はぼーっと宙を見る。
光の加減では金髪に見えなくもない茶髪の少年は楼主達の中でも最も幼い見た目ではあるが、正真正銘、朧楼の楼主。
「ワタシらの敵ならば、排除するまででありんす」
青を基調とした狐面の男は言う。
その言葉に続いて、「そうだ」と賛同する声が続々と上がる。
「俺の花魁も虚しく死んでいった」
「宵狐様、これらはどう考えても我らの敵に間違いありません」
「許しがたし!」
発端となった宵狐楼楼主は扇子を口元に置き、一点を見つめる。
にこやかな口元を浮かべる宵狐楼楼主はのらりくらりと印象を変える。何を考えているのか、誰も窺い知ることはできない。まっこと、狐の如し。
そして、その瞳の先には三妓楼楼主でありながら、未だ口を開いていない竜胆楼楼主。
「…………」
腕を組み、静かに目を瞑る。
何も言うことはない。
竜胆楼楼主はそれを体現していた。
その態度に疑念を持ったのは一人の楼主だけではなかった。
「黒蝶筆頭はどうお考えか」
三楼主の返答をもって、一人の楼主が投げかける。
いつも、城主がいる空間と楼主達が話し合う空間を隔てる灰色の帳の傍らに付き従う黒蝶筆頭に。
「……」
黒蝶筆頭は漆黒の双眼で楼主達を射抜く。
竜胆楼楼主と同じく、語ることはないとでも言いたげだ。
黒い長髪に真っ黒な着物。まるで血色のない、雪のような肌とのコントラストがこの世のものとは思えない存在。
楼主達とも一線を画す黒蝶筆頭に指摘できる者は少ない。
「――そう言えば、竜胆楼の黒蝶と先日の騒ぎの犯人が一緒におりんしたなぁ?」
その少ないうちの一人、宵狐楼楼主が口を開いた。
イドと夕霧が外に出た唯一の場面を見たのか聞いたのか、どちらにせよ、知っているらしい。そのことについて言っているのだ。
突如として風向きが変わり、竜胆楼楼主と黒蝶筆頭へと疑いの目が向けられる。
「何だとっ?!」
「それは本当なのか、竜胆様、黒蝶筆頭!」
「どういうことですかな?」
常であれば、口を効くこともできない有象無象がここぞとばかりに責め立てた。
そのことにぴくりとも顔色を変化させない黒蝶筆頭は静かに言葉を紡ぐ。
「…………確かに、竜胆楼は騒ぎの犯人の監視を城主様より任されていた。ただ、それだけです」
それはもう淡々と。
冷酷なまでに感情が込められていない。
その姿は人形のようで。
数人が黒蝶筆頭の警告に気づき、喉を鳴らす。
反面、その異変にさえ気づかない楼主達が好き勝手にものを言う。
「ただそれだけですと?!」
「監視できていなかったのではありませんか?!」
「まさか、あの犯人と野良が手を組んでいたのやも……」
「そんなことが!」
「たかが野良の吸血鬼ごときに荒らされるとは何事だ!」
「竜胆楼と黒蝶の責任では?」
あちこちから声が上がる中で、冷や汗を流す者達の反応は様々であった。
息を潜める者。
騒ぐ者達を冷ややかな目で眺める者。
そして、宥める者。
「否。まだその犯人と野良が協力関係であることは不確定。断言するのは時期尚早」
「わたくしもそう思いますわ。ここは一旦、確実な証拠のみで判断致しましょう?」
「それでは余計、後手になってしまうのではないか?!」
「これ以上、後手に回ることは避けたい……」
「そうだそうだ!我らは事態の収束を早急に取り掛からねばなるまい!」
「政府が手を回し始めたらどうするんですか!」
「あの使役者共が動き出しかねませんぞ!」
「政府の犬共に花街を好きにさせるつもりか!」
口論が白熱してきたその時。
トンッ――
指で肘掛けを叩く音が小さくも、重々しく鳴った。
その後、徐に。
「使役者は既に放たれた」
垂れ幕の向こうから声が響く。途端、口々に言っていた楼主達は口を閉ざした。
仁織は続けて目を流す。
「黒蝶筆頭」
「――は」
黒蝶筆頭はすぐさま、仁織に向かって胸に手を当て頭を下げた。
そして、再度、楼主達に振り返って告げる。
「野良の吸血鬼は未だ詳細は不明。ペースと活動範囲より高確率で一体のみ。先日の逃亡事件の犯人は捕獲した後、記憶喪失を訴え、竜胆楼黒蝶によって監視。そして件の野良と思わしき中級に遭遇。その後、逃亡事件の犯人は再確保、しております」
淀みなく答えたのはこれまで楼主達にさえ情報開示していなかったこと。
それはわざわざ知らせる必要性を感じなかったこともあるし、会議の寸前に報告されたこと、真相が未だ不透明であること、花街にスパイがいることを考慮されたためでもある。
黒蝶筆頭もまた、三妓楼ならばともかく、それ以外の楼主に開示する意義を見出せないでいる。
加えて、三妓楼楼主は黒蝶筆頭から話がなくとも既に自らの力で知り得ているだろう。そうでなくとも、昔からいる一定の楼主達は身の程を弁え、自らが知るべきこととそうでないことの差ぐらい察していた。
言うなれば、今回のことは関係がなければ知らなくても良いということ。
中には早く会議を終わらせたくて堪らない者もいた。
しかし、それを分からない者、察せない者は少なからずおり、案の定、自ら名乗り出る。
「ならばその犯人から話を――」
その途中、遮って黒蝶筆頭が隅で控えている部下に命じた。
「犯人、四芭……ここに」
その言葉を待っていたとばかりに、襖が開き、その隙間から四芭であるイドが押し出される。
イドの背後には黒ずくめの黒蝶が続く。
いかにイドが黒蝶内で警戒されているのかが分かる。
「わわっ」
緊張の糸が解けない大会議室に異質なイドの声が一つ響いた。
そもそも、なぜイドがいるのか。それは数時間前に遡る。
ニィと出かけていたイドは人攫いらしき者達によって離れ離れになった。が、実は、その人攫いらしき者達は黒蝶だと悟られないためカモフラージュされた者だった。
攫われてから、イドは誰にも見られないように隠れて城主邸に連れてこられ、どこかの一室に閉じ込められていた。軟禁だ。それからここに呼ばれるまで実につまらない時を過ごした。何もない部屋で、誰もいない空間で、どこにも行けない環境。五分もしないうちに寝そべって疲弊しているのが感じられた。
そんなこともあり、自由はないが、外に出られただけでイドは心踊っていた。
更にたくさんの人に一斉に見つめられ、違う意味でドキッとする。
「…………四芭とやら、ここに呼ばれた理由は分かるかね」
慎重に。
それはもう、周りと目配せをしながら、恐る恐る一人の楼主が問いかける。
それを黒蝶筆頭も仁織も黙認した。
「?分かんない、けど?」
それが何か。
四芭じゃないし。
ぷぅ、とイドは内心で拗ねる。
「ふん。口の利き方がなっていないな」
「まあ、仕方ないんじゃない?外の人間だもの」
どうやらもうお咎めはないらしい、と思った楼主達はふんぞり返ってイドを見下した。
それもそのはず。花街で過ごす者達の中には外の世界で人間不信になったり、捨てられたりと散々な目に遭ってきた者が多い。始めから外の者に対して不信感が拭えないのだ。
少ないが、禿の中にはそのために客を取れず、花魁になれない者もいる。
花街ではある程度知られている一般論で、この楼主達の態度は今更と言うべきだ。
「四芭?アナタは野良の吸血鬼と共謀していると疑われているのでありんす」
宵狐楼楼主が親切にイドに教えてやる。
その内心は不明。
「野良の吸血鬼?」
イドは首を傾げた。
花街には数多くの鬼が潜んでいる。
彼らは言うなれば、味方。花街の方針を理解し、従っている。人間を殺さず、人間と共存する鬼。それが花街の鬼だ。
一方、外の鬼は自らの欲望を全てとし、殺したい時に殺し、食べたい時に食べる。
花街ではそんな外の鬼達を『野良』と呼び、自分達の仲間である鬼と区別しているのだ。
当たり前だが、それがイドにはまだ分からない。
イドにとっては外の鬼も花街の鬼も等しく鬼であり、人間と同じく、一人一人と向き合い、受け入れる。悪い意味でも良い意味でも、イドは相変わらずイドだった。
「アナタ、中級と関わったのではないのでありんすか?」
「ちゅうきゅう…………ニィのこと?」
ようやっと、思いつく。
「ニィ?」
聞き間違いを疑ったのは宵狐楼楼主だけではないだろう。
オウム返しをすると、イドはぱあぁぁっと表情を明るくキラキラさせた。
「うん!ニィなら知ってるよ!」
食い気味に頷く。
身を乗り出し、はいはい、と挙手をした。
「ニィは優しくてね、悲しい子なんだよ!僕、ニィのことすっごく好きなんだよねぇ」
頬を緩め、赤く染め、恋する乙女の如く、キャッキャッと身体を揺する。




