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カミサマゲノム  作者: 祷幸崇
1章

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12/31

8

 楼主の部屋から椿の部屋へと戻る際、椿の部屋の前に人影が立っていた。

 それを見た椿はうんざりしたように肩を揉む。


「早速じゃな」


 夕霧が待ち構えていたのだ。


「当たり前でしょ、名実共に監視ができるんだから」

「全く、何が気に入らんのじゃ」

「気に入る気に入らないとかじゃないのよ。四芭はスパイだったのだから」


 監視しないわけいかないでしょ。

 相変わらず、夕霧の主張は一貫していていっそのこと、清々しい。

 不機嫌さを隠さず、椿は夕霧の前を通り過ぎて部屋へと入る。それを逃すまいと追うのは夕霧の性なのか。任務への情熱なのか。


「今はイドだと言うておろうが」

「イドでも四芭は四芭。記憶喪失がどこまで本当かどうか……」


 夕霧の中で四芭の前科はなくならないらしい。


「四芭って、そんなに、何したの?」


 窓枠にどっかりと座る椿の傍に座りながら、イドはそんなことを尋ねてみる。

 思えば、張本人なのに四芭のしたこととやらをイドは知らない。


「ふぅん……」


 開けっ放しになっていた襖を後ろ手に閉め、夕霧はイドを見つめた。

 目を細め、探るような視線だった。


「そんなこと、言うと思った?あたしを騙そうったってそうはいかないんだから」


 そして、揶揄うように振り払われた。


「僕は!四芭のことが知りたいの!」


 ムッとしてイドも言い返す。

 イドを怪しんでいた夕霧がイドの監視をするということは、イド含め四芭を調査してくれる人がいなくなる可能性が高い。つまり、イドが四芭を知るきっかけができなくなってしまうことを意味している。

 それでは困る。大いに困るのだ。

 四芭が殺され、イドもまた殺されそうになった。敵は四芭がまだ死んでいないと考えているはず。そうなるとイドが延々と命を狙われ続ける可能性が出てくる。

 四芭を知らなければ、全てが後手に回ってしまう。

 正直、イドは花街以外の具体的な可能性を知らない。

 全ての謎を解くにはまず、四芭を知らなければ始まらない。

 イドの眉を上げて、むん、とした顔に夕霧の方が呆れた。


「あんたねぇ…………ま。自分の過去のしたことを改めて確認してもいいかもね。後で何か言われても言い逃れできないように」


 そして、渋々折れた。

 決してイドに感化されて言ってもいいか、と思ったのではないことを内心で言い訳して。


「四芭は自分が誰か分からないと言って、何処ぞの流浪者に売られて来たのよ」


 どか、と座り込み、イドの額を突きながら夕霧は話し始めた。

 夕霧が言うには、四芭は記憶喪失のまま流浪者に体よく花街の隅の妓楼に売られたらしい。そのまま禿として住み、周囲と打ち解けることはあまりなく、ただ花街のことばかりを尋ね、その交流はあったよう。自分の身上ことは話そうとせず、周りも記憶喪失であることと売られてきたことであまり話したくないのだろうと想像し、話を振らなかった。同室の禿達によると、四芭は毎夜こそこそとその日話したことなどをメモしていた様子だった。そしてあの夜、散歩していた四芭は偶々花街の見てはいけないものを見てしまったと言う。


「それで追いかけたんだけど……まさか、あの山に入るとはね」

「あの山?」


 夕霧は苦汁を飲んだ顔をして言った。

 『あの山』というのはイドが目を覚ました場所のことだろう。


「禁制の山。あたし達は入れないのよ」

「なんで?おじいちゃんは来てたよ?」

「……何でも。そういう花街のルールよ」


 よく、分からない。

 目を覚ました場所にあった寂れた祠以外、特別な山のようには感じなかった。どこにでもある山。そんな印象だ。

 イドにとってはそうだが、何か、花魁や花街にとっては何か思い入れのある山なのだろうか。


「あたし達みたいな花魁しか知らない、裏のルールをあいつ、多分、知ってたのよ。だからあそこに一直線だったんだわ」


 夕霧はそう腕を組んで、思い返していた。


「それで、入れないあたし達は山を取り囲んで、四芭が出てくるのを一晩中待ってたわけ。朝に燈樹様が山に入って、出てきたのが記憶喪失だっていう四芭だったの」


 なるほど、そういうわけで山の麓で取り囲まれたということか。

 燈樹が山に来たのは花街から依頼があったわけではなく、あくまでも燈樹の毎朝の習慣だったらしい。それは花街も承知しており、山に入る前、燈樹には昨夜の騒動も含め話してあり、何か異変があったら教えてほしいとだけ依頼していた。それがどういうわけか、燈樹が引き取ることになって出てくるとは思ってもみなかったとは夕霧の独り言だ。加えて、また記憶喪失だと言うし。


「そんな、都合のいい話、信じられると思う?信じられないわよ、全く」


 だよね。

 イドも夕霧の立場だったら、疑うだろう。


「でも、僕は僕だよ」

「はいはい、イドね」


 投げやりにされた。

 最初は反応されてたはずなのに、この数日で無反応にまでなった。

 少し悲しい、寂しい気持ちになりながら、イドは問いかけた。


「でも、そんなに追われるなんて、四芭が知った、その知らなくてもいいことって何だったの?」


 何となく、全てをぼかされている気がするが、それが一番触れられなかった話題だった。


「…………教えると思う?」


 胡乱げな視線を向ける。

 一気に怪しまれた気がする。

 イドが花街に来てから、世間に知られると困ることだと予想できるものはたくさん見てきた。探ろうとか、暴いてやろうとか、下心は一切ない。夕霧には信じてもらえないだろうが。


「うーん…………多分、知られちゃいけないのはまずは鬼と人が生活してることでしょ?他には……」

「なっ。ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「うん?」


 一番世間に知られたら荒れること且つ、最も危険度が小さいことから挙げていこうと思ったが、一番始めから止められてしまった。

 言いかけた途端に遮られたかのようでちょっと、物足りない。

 夕霧は息を大きく吸い、そして――


「やっぱりあなた、記憶あるんじゃない!」

「えぇ?!」


 立ち上がる。

 ビシッとイドを指す姿は正に犯人はお前だ状態。

 逆にイドには夕霧が何をそんなに興奮しているのか全く分からない。


「記憶がなかったら鬼がいることなんて分からないじゃない!」

「なんで?鬼かどうかなんて、見れば分かるでしょ?」

「……見れば?」


 鬼というか、鬼と吸血鬼のことだが。人間的にはどちらも人類の敵であり、討伐対象であり、吸血鬼も鬼という認識からそう一括りにすることも珍しくない。

 そして、イドには彼らのことは見ただけで判別できる。


「――ぁ、吸血してるとこを!」


 遅れて自分が失言したことに気づいて付け加える。


――四芭は判らないんだった……!


 普通の人間には見た目で鬼かどうかなど判別できない。つまり、四芭の身体に入っているイドもまた、判別できないはずなのだ。

 危機一髪だった、と汗を拭う。


「はあ?」


 しかし、夕霧の矛先はイドではない方へと向かうことになったのだった。


「……まさか…………」


 椿をじろりと見る。

 その言葉の続きは「吸血しているところをイドに見せたんじゃないでしょうね……?」だったろう。

 夕霧が続きを言うこともなく、椿は夕霧が言わんとしていることは分かった。

 ふん、と胸を張って答える。


「妾がイドに隠しごとするわけないじゃろう?」

「椿!あなたねー!やっていいことと悪いことがあるでしょ?!」


 椿の胸元を掴み、ゆさゆさ、前後に揺らす。

 実際、夕霧が想像しているような場面を見たことはイドはないのだが、それを言ったら余計に詮索されることは確実。

 内心で椿に合掌しながら、イドは口を噤んだ。


「はぁ……もう、記憶がどうの言ってる場合じゃないわね。それを知ってる以上、ここから逃げられるとは思わないことね」


 思う存分、椿を責められた夕霧は再び座り込んで、頭を抱える。

 イドの記憶喪失を疑ってはいたが、頭の片隅では記憶喪失であることを前提に考えていたらしかった。

 これまでは記憶喪失か否かで考えていたが、もはや、その程度のことではなくなっていたのである。

 夕霧は深々とため息を吐いた。

 その姿は、厄介事が増えたと全身で語っている。


「……記憶があるかないか以前に、もう充分危険なのよ、あなた」

「え、なんで?」

「なんで、じゃないわよ!」


 バン、と畳を叩く。


「鬼の存在を知ってるだけでも問題なのに、それを平然と受け入れてるのがもっと問題なの!普通の人間なら怖がるか、否定するか、混乱するものよ!」

「でも、実際いるし……」

「そういうところよ!」


 再び怒鳴られた。

 受け入れてることは受け入れているが、花街のことは正直、驚いている。


「まあまあ、落ち着くのじゃ、夕霧」

「椿が原因でしょうが!」

「細かいことは気にするでない」

「全然細かくない!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を見ながら、イドはぼんやりと考える。


――……まさか、人と鬼が共存するところが見られるなんて……


 思ってもみなかった。

 鬼にとって人間は食い物。人間にとっては人類の敵。それが両者の関係性だった。どうやら今世もそれが主流のようだが、花街では異なる。

 イドにはそれが嬉しかった。


「とにかく!あなたはしばらく椿の部屋から単独行動禁止!」

「ええ?!」

「却下じゃ」

「却下する権利ないから!」


 びし、と椿を指差す。


「いい?今のあなたは何知ってるか分からないし、何思い出すかも分からないの。放っておくなんて危険すぎるわ」

「妾がおるじゃろ」

「椿が甘すぎるの!」


 即答だった。

 椿はむ、と頬を膨らませる。


「なんじゃその言い方は」

「実際そうでしょうが。こいつに絆されすぎなのよ」

「当然じゃ、イドじゃからの」

「開き直るな!」


 また始まった。

 イドは二人の言い争いを眺めながら、そっと考えることを止めた。

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