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いつも読んでいただき、ありがとうございます!
区切る部分が分からず、今回、長くなりました。
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ここ数日でイドは椿からこの花街、ひいては花魁と禿についても教えてもらっていた。
はるか昔にもあった遊郭とは少し異なり、遊女も遊男もおり、それを総じて花魁と呼ぶらしい。かつては明確な階級があったが、今ではそれもなく、皆が花魁であるそう。これは花街を取り仕切る仁織が男も女も階級も区別する意味が分からないと宣ったが故とのこと。
故に妓楼でも階級はないようだが、竜胆楼を含め、花街でも宵狐楼、朧楼の有名な三妓楼なるものがあるそうだ。
三妓楼それぞれに名妓と呼ばれる代表する花魁がおり、竜胆楼は夕霧がその名妓に数えられている。朧楼には高尾花魁、宵狐楼には吉野花魁がそれぞれ数えられているそう。妓楼同士、楼主は関わりがあるものの、花魁同士はあまり関わらないとのこと。ただ、名妓となると関わってくる可能性があるとは椿の言だ。
――正直、まだよく分からない。
ただ一つ、椿が三妓楼、名妓、楼主そのどれの中でもかなり特別視されていることだった。
「ねねね!見ない顔だよね」
椿の稽古が終わった後、一人の禿の声を皮切りにイドの周りに禿が群がった。
そういえば、椿の稽古を他の禿と一緒にやることなど今日が初めてだった。
「ほんとだー、どうして?」
「誰誰?なんて名前?」
キラキラ、興味深そうな目で初対面の遠慮などない。
小さい子どももいれば、イドと同年代もいる。全員禿だ。
「イドだよ」
禿達の勢いの飲まれつつ、イドも返事をする。
「イド!ねねね。イドは椿ねぇ様の継子なの?」
「椿姉様ね、ずっと継子いなかったんだよ!」
「最近、椿姉様の継子ができたって噂なんだよー!ねぇ、それって君なの?」
「え、何何?すごー!」
「あっ、だから禿の部屋にいなかったんだ!見ないと思ったんだよねー」
次々と交わされる応酬に目を回しそうだ。
イドはその中でも辛うじて聞き取れた話題に手をかけてみる。
「禿の部屋?それに継子って何?」
「禿の部屋は禿の部屋だよー」
相変わらず、禿達の返答には間がない。
「花魁は一部屋に割り振られるんだけど、私たち禿は基本的に集団生活してるの。だから、一部屋で四人くらい一緒なんだよ!」
「そうそう!それに禿みんなでねぇ様たちのとこに稽古つけてもらいに行くから知り合いなんだよ!」
「だけど、姉様たちの継子だと姉様たちと生活するし、継子の姉様に全部の稽古をつけてもらうんだよ!」
「それだとなかなか知り合いになれないんだよねー」
「うんうん」
「あのね、でもね、何人も継子を決めてる姉様もいるから、そんなに珍しいことじゃないんだけどね」
そこでイドに向けてウインクされても、今のイドには点で分からなかった。
明るく調子のいい禿は人差し指をイドの面前でふりふり振る。
「で・も!椿ねぇ様は別!」
「椿姉様はずぅっと継子決めてなくて、稽古の時もすっごく事務的なんだよ!」
「――あっ、いや、事務的っていうか、丁寧なんだけど、淡々としてるっていうか……冷たいわけじゃないよ」
椿の悪口かとも思える発言に他の禿が慌てて援護する。
それを知ってか知らずか、ずいずいとイドに身体を近づけてきた。
取り敢えず、花魁の継子なる禿は他の禿とは異なるらしい。話を聞くに羨望や嫉妬があってもいいものだが、この禿達にあるのはただの興味関心。羨望も少しはある様子だが、概ね気後れするような関係ではないらしかった。
「それなのに!椿ねぇ様に継子!イド、すごいね!」
そんなことよりも椿の継子という存在が余程気になるようである。
「偶々だよ、きっと」
本当のことは言えない。
――むしろその偶然もない方がよかったよ……
今世では平穏を追い求めるイドに刺激になり得るものはいらない。
何なら、椿の継子がこんなに目立つと知っていたら一緒にいることは選ばなかった。ほとほと、あの時は選択肢がなかったことを思い知る。
「ううん、そんなことないよ!椿ねぇ様、最近なんだかご機嫌だもん。それってイドに継子を決めたからだよね、多分!」
「ご機嫌?椿、姉様が?」
「うんうん」
そうだっただろうか、と思い返してみるも、残念ながら、イドが来てから椿の機嫌が変化したためにイドの知る範囲には思い当たる節はない。
わいわいイドを囲って話す禿達とは少し離れた場所に一人で黙々と座っていた彼女がぽそりと告げる。
「……継子になったって、期待に応えられなかったらそれまでだよ」
冷たく氷が張った呟きは熱を帯びる禿達を鎮まり返らせた。
イドを取り巻く禿の様子に少し変化を持たせる。
一人の禿が彼女へと一歩踏み出すも、そこまでで、何と言ったらいいか手をもじもじさせた。
「ぁ、桜華……えっと……」
慰めに行きたいのだろう。しかし、件の彼女は何も気にした様子はなく、次の稽古の準備をし始める。
ふと、イドの近くにいた禿がこそこそ、桜華に聞こえないように耳打ちしてきた。
「あのね、桜華のことは……気にしない方がいいよ」
「ぅん……桜華もね、最近、他の妓楼から竜胆楼にやって来たんだけど、そこで継子から外されちゃったって……」
「だから、そこの妓楼を追い出されたって聞いたことある」
「そうそう。それもあって……ちょっと、可哀想な子なんだよね」
他の禿達も同様なようだった。
ぎこちなく目配せさせながらも、桜華への声かけができずにいる。
イドは桜華から目を離さず、桜華が言った言葉を反芻した。
桜華はもう一度捨てられることを怖がっているのだろうか。
しかし、桜華の声色の中には今のままでいられると思うなと忠告するものがあった気がした。
そんな中でも、明るい禿がぱっと手を広げた。
「でも大丈夫!竜胆楼は誰も見捨てないから!」
「うんうん!絶対ないけど、万が一、椿姉様の継子から外されても竜胆楼は追い出したりしないからさ!」
「そうなの?」
「うん!妓楼ごとで方針が違うから他のとこはよく分かんないけど、竜胆楼はそうだよ!」
「だから、桜華のこと、あんまり嫌わないであげてね」
最後の言葉はこっそりと。
ここの禿達はとても優しいいい子達のようだ。
たった一日の数時間だけの付き合いだが、イドはすっかりここを気に入ってしまっていた。
故に、そんな子達の言うことを蔑ろにするわけがない。
「うん、勿論!」
にっこりと、笑って了承するのだった。
実際問題、前世も含めて明るい子どもも、ああいうすんとした子どものことも嫌いではなかった。すんとした子どもが大きな幸福を感じた時見せる笑顔は何にも変えがたい。
可愛がることはあっても、嫌いになることはほとんどの場合ない。
――どうしてやろうか。
むふふ。去っていく桜華の背中を見つめ、イドは目論み始めた。
「ほら、あなたたち!さっさと次の稽古場に行きなさい」
パンパン。
乾いた音が廊下に響く。
「はーい」
「夕霧ねぇ様!」
いつの間にいたのか、夕霧は廊下の先からこちらに向かって歩いていた。
夕霧は椿と違って禿達から慕われているらしい。すれ違いざまに夕霧に話しかけたり、ハイタッチをしたり、大賑わいだ。
「…………」
ふと、夕霧がこちらをじっと見つめていることに気づく。
禿達が去った後もその場にい続け、目を細めた。
「言っておくけど、あたしはまだ疑ってるから」
その言葉にイドは目をぱちくりさせた。
「うん、疑っててよ」
「……ふん」
納得した様子はなかったが、夕霧は何故か微妙な顔をしてすんなり去っていった。
残されたイドは頭を交互に傾げる。
夕霧が警告してくる意図がイドには全く理解できなかったのだ。
――何か、気に入らないことでもしちゃったのかな?
まさかイドが男だからという理由だけで夕霧は嫌っているとは考えもつかないだろう。
それをある程度把握している椿は部屋の中から少しばかり顔を出した。
「――イド、まぁた夕霧かの?」
「ううん、何でもないよ」
椿も夕霧の態度には呆れを通り越して不快だった。
「全く……どれだけ疑い深いんだか……イドはイドなのにのぅ」
「それが分かるの、椿くらいじゃんか」
あやつに分かったところで……、とは言わない。
夕霧のあの性格は今に始まったことではないからだ。それに、椿にはどうでもいいことでもある。イドが気にしていないのであれぱそれでいい。
ただ、イドが夕霧を放置しているのは気にしていないだけではなかった。
「それに……僕も四芭を殺したのが誰か、気になるしね」
きっと、イドを疑っている夕霧は隅々まで探ってくれるだろう。
「ふむ……最近、やけに野良の鬼がここらを彷徨いておるの。それかも知れぬし――」
「四芭の共犯者」
「かのぅ」
椿に稽古をつけてもらいつつ、他の禿達とも随分と打ち解けてきたある日、突然、楼主から呼び出された。
呼びに来てくれた禿が普段通りの軽い口調だったため、何てことはなさそうだな、と思ったのは何とはなく応じた椿を見たためだった。
それがどうして。
明らかに不機嫌な楼主とご対面することになるとは。
「何じゃ、楼主?何か妾らに用かの」
ノックも何も確かめもせず、ドアを開けて第一声がそれだ。それには楼主もまた、慣れている様子で椿達に気づくと頬ずえをつく。
あわあわ椿の背後で慌てているイドがまるで異様なようだ。
「――用は明らかだろーが」
「明らかじゃないのぅ、のう、イド?」
楼主が顔を盛大に歪める。
尋ねられたイドも苦笑を浮かべるしかなかった。
せめてもと椿の背中の隅から体を出し、顔を下げる。
「あっ、楼主様、初めまして、イドです!」
その瞬間、楼主はゆっくりと口を広げ、黙る。
そして、顔を緩めた。
「うんうん、初めましてだな、イドよ」
「さすがイドじゃ!でも、あんな奴に挨拶するものでないぞ?」
「おい」
「だから何じゃ、楼主」
変わらず、椿は楼主に見下したかのような気安い態度だ。
「おまっ――……イドを見習え、イドを!こんな礼儀正しくて可愛らしい子を――と、そうじゃなかった……」
「ふん。イドが愛らしいのは同意するがの。イドは妾のじゃ」
「だから、そういうことじゃねーっつーの!」
まるで対等かのようなやり取りを経て、唐突に楼主は顔を正した。
「城主様がお呼びだ、椿、イド」
空気が変わった。
イドにも分かるほどに。
さっきまで軽口を叩きあっていた楼主と椿から笑みが消えていた。
一瞬のことだったこととイドが椿の後ろ側にいたこともあり、分かりにくかったが、一瞬だけ。
椿の表情から全部消えた。
笑みも。
軽さも。
熱も。
ただ、憎悪だけが残る。
しかしまたすぐ、いつもの飄々とした椿の表情に変える。
「…………」
「原因は分かってんだろ、椿?」
「原因って、何のことじゃ?」
「はぁー……ここで探り合いをしても意味がねーっつーのは分かんだろ」
ふぅ。
椿が息を吐く。
「……夕霧じゃな」
「ちっげーよ!お前がこそこそそいつのことを匿うからだろーが!いいか?!そいつはスパイかもしれねーんだぞ!記憶喪失っつったってな!それをはいそうですかってそう易々と納得できっかよ!」
椿はそのまま部屋の奥へと足を踏み入れていき、窓枠から外の道を眺める。
何も言いたくはないらしい。
正確には、何も言うつもりがない。
「はぁー……お前と夕霧の相性が最悪なのは分かるが、今回は夕霧の方が上手だからな?城主様も夕霧の言葉に納得してる」
今回ばかりはオレもお前の味方ができねーんだよ。
楼主の言葉がそう続いた。
「……分かっておるわい」
「だったらなー……もっと何とかできねーのかよ」
頭をガシガシ、乱暴に掻く。
楼主のそれはまるで中間職の仕草に似ていた。
――大変そうだなぁ。
イドは両者のやり取りを眺めて、そんな他人事の感想を持った。
「オレもそいつが来てから様子を見てたが、そいつはまあ、スパイじゃねーんだろーなぁ」
「だからそう言っておる」
「記憶喪失かどうかはこの際、置いておいてだな、オレはそいつの善性を信じるが、夕霧や他の奴はどうだ?そうもいかねーだろ?」
「そんなことは知らぬ。言う奴は言わせておけばよいのじゃ」
まるで話し合いは平行線だ。
楼主も椿も折れようとしない。いや、楼主はどちらかと言えば、できれば椿に寄り添いたい思いが透けて見えるが、立場上、それができない様子だった。
「それだとそいつも困んだろーが」
ふっとわいた言葉に傍観者を決め込んでいたイドは身体をビクつかせた。
「お前はいいかもしれねーが、そいつはこの先、周りから疑われていくんだぞ?ここだけじゃねー。他の妓楼の奴からもだ」
突然の援護。
椿はどっちかと言えば現在に焦点を当てていることに対し、楼主はこの先の未来のイドを心配しているのだ。
面を食らうとはこのことか。
全く想像もしていなかった他者から、それも初対面の男からの心配にイドは反応できずにいた。
「そん時もオレは味方できねーぞ?」
花街の連帯感、なめんじゃねーぞ。
さすがの椿も楼主の言葉に思い耽る。
「ふむ……」
「少なくとも、オレらにはそいつの身上や目的を知らせといた方がいいんじゃねーの?」
「…………」
イドとしてはこのまま疑われていたとしても問題はない。夕霧のように疑ってくれることで見えるものがあると考えているからだ。
「椿……」
後は椿の選択だった。
イドを味方として思ってくれるのであれば、それはそれで疑われたままよりかは遥かに動きやすい。
それを今までは考えられなかった。
椿は当然、花街を完全にイドの味方にしてしまうことも考えていた。
「イド……しかし、じゃな……」
ちらりと椿はイドを見る。
躊躇っているのはイドの身を案じて、ではなく、イドを独占できなくなる可能性を案じて、だった。
完全に私利私欲のためだ。
それをイドが知ったとしても、椿を軽蔑することはないし、イドの大雑把な性格からして気にしない。
しかし、椿にはより思い留まる理由があった。
仁織のことだ。
どうしても許せない。
この世で最も憎い男。
仁織のことをきっと、イドは椿を許すことと同じで許すだろう。
その場面を。仁織とイドが和解するところを、どうしても椿は見たくなかった。
前世、イドは殺された。
討伐者であり、人類の英雄であった仁織の手によって。
イドが人類の敵だと世界中の人と同じように認識して。
はるか昔、イドに助けられたクセに。
なのに――――
「椿、僕、大丈夫だよ」
イドは一歩、椿の前に出る。
「僕、その城主に会いに行くよ、楼主様」
イドの覚悟はとっくにできていた。
城主という存在がどういう人かは知らないが、椿の傍にいるという仁織に会うよりかは大分マシだ。
仁織には会わない。
椿とは違って、会ってもいいことはないのだから。
「イド……お前はそこの厄介者よりいい子だなぁ!」
「ちょっと、妾のイドに触らないでくれるかの」
楼主に抱きしめられ、僅かに息が苦しくなりつつも、イドはこんな花街を築き上げた城主に興味があった。




