第18話「愛を絶つモノ」
ジョエルは衛兵たちによって隔離されることになった。彼は何を話すこともなく沈黙し、素直に従っているようにみえた。しかし、隔離部屋に連れていくときに激しく抵抗した。同行していたブラックスは暴れるジョエルを力で押さえこむ。どうやら彼が生み出したデプリヴン達のように、狂人な力があるわけではないようだった。
「僕を一人にするのはやめてくれ!」
ブラックスはジョエルに胸ぐらをつかまれたが手を振り払い、それから腕を抑えうつぶせに抑え込んだ。その時、ブラックスは彼の視線を受けた。それは体全身に強烈な衝撃を与えるものだった。そして突如、ブラックスの脳裏に湧いてきたイメージがあった。
それらはずっと記憶の奥底に押し込めていた過去の記憶だった。思い出すことの無いように自らの意志で強く考えないようにしていたものだった。
―
以前住んでいた家の前に立っていた。青空の下で、花の咲き乱れる庭先で遊んでいる娘と、パラソル付きのテーブルに前に座る妻だった。衛兵になったころに契りを交わした妻とまだ5歳になる娘だった、彼女たちは私に気が付いて微笑んでいた。わが子はとても嬉しそうな顔をしてこちらにかけよってきた。
かけがえのない家族だった。私が、一生をかけて守らなければならないと誓った家族だった。しかし、いつまでたっても私の娘はこちらにやってくることはなかった。私に触れるその直前でいつも灰色の影が覆い隠し、やがて目が覚めてしまう。そこには強迫観念めいた気持ちが渦巻いていた。まるで、私を大きく使命づけている、やるべきことを想起させるような強烈な感情が全体を支配していた。
そして、気が付くのだ。一人しかいない部屋で、何の変哲もない天井と、気がおかしくなってしまいそうな静けさに。
―
ブラックスはすぐに我に返り、それから衛兵たちとともにジョエルを取り押さえた。
「大人しくしてください。あなたを悪いようにするつもりはありません。」
しばらくもがいた後、ようやくジョエルは大人しくなった。ブラックスは衛兵たちに指示をした。「彼の目元をもっと厳重にふさいでおけ。」
ブラックスは自らの体に異変を感じ取っていた。エレクタの流れが急に逆に回転しはじめたかのような違和感だ。
(まさか・・・。そんなはずは・・・。)
ブラックスはそれから執務室に戻った。最新情報の確認をするためだ。住民の避難は終盤を迎えていた。多くの者はすでに国境付近におり、衛兵の多くは彼らを護衛するために駆り出されている。残されたのは一握りの宮廷の職員とその家族だ。
しかし、そこになだれこむように一人の貴族議員が部屋にはいってきた。その顔を見てブラックスは驚いた。「セバシャン!」
セバシャンはいつも通り立派な服を着ていたが、その表情には大きな焦りと恐怖が張り付いていた。「ブラックス、助けてくれ、デプリヴンに襲われているのだ!」
「どこにいたというのだ。あれ以来姿をみせないと思っていたら、急にこのような場所に。既に議員達にも国外に脱出するように情報は流れているはずだ。」
セバシャンは少し戸惑いの表情を浮かべてこたえた。「そ、それは用事があったのでな。私も忙しい。それらをすべて解決してから逃げようと考えていたところだ。そこでデプリヴン達に襲われたというわけだ。たのむ。兵士を出して、追っ払ってほしい。」
ブラックスは首を振ってこたえた。「すまないが余剰人員はいない、セバシャン。それに・・・。」
そういってブラックスは部下に無言で指示を出した。部下達はセバシャンの腕を掴み捕らえる。セバシャンは驚き、それからブラックスを睨みつけながら言った。「おい、どういうことだ、ブラックス!」
ブラックスは眉間にしわを寄せ、険しい表情で口を開いた。
「いままでデプリヴン達の動きを子細に調査してきた。それと同時に私たちは秘密裏に貴族たちの動きも追っていた。すぐに逃げ出す貴族たちと、そうではない者がいることに違和感をうけたからだ。そして彼らはどういうわけかデプリヴンを恐れてはいないようだった。まるで命を捨ててでも守りたいものがあるかのような、国を守るための勇敢な行動にもみえた。しかし、私にとってそれはとても不可解だった。彼らが生に執着しないわけがない。そしてそんな方々が急に我々のもとにやってきた。あなたが3人目だ。」
そういってブラックスは剣を手に取り、凄んで見せた。「いいか。すべて吐いてもらうぞ。俺は容赦しないぞ、セバシャン。」
セバシャンは口を開け、唇を震わせながら彼の顔を凝視していた。すぐに観念しなくてはいけないということを察したらしい。うなだれ、それから地面にへたり込んだ。それから彼は事の経緯を正直に語り始めた。
ブラックスは怒りを抑えることができず声を張り上げた。
「つまり!お前は自分の利益のためにデプリヴン達を操って、そうして他人の利益を盗み取る算段だったというわけか!」
セバシャンは怯えた表情で弁明した。
「ただ私はそういうことをしないかと、他の議員に持ちかけられただけだ。私だってそんなことはどうでもよかった、逃げたかっただけだ。だが断ることができなかったのだ。デプリヴンなら扱い方を心得ている方がいる、と言ってなかば強制的に説得されたのだ。そして、そうすれば利益を私たちで独占することができる、と。」
ばかばかしい!ブラックスは言い捨てて、そして憤りを隠せないようすだった。
「そして、どういうわけかデプリヴン達がお前たちの言うことを突如きかなくなったということか。なぜこのタイミングで?デプリヴン同士の争いが一時期頻繁に確認されていた。それと関係がありそうだな。」
「わからないよ。まるで彼らについては理解ができない。もしかしたら・・・、いや・・。」
「なんだ!」
「最初からそのつもりだったのかもしれない。私たちをはめるつもりだったのかもしれない。」
その時、衛兵が執務室に入ってきてブラックスに向かって報告をした。
「デプリヴン達が上層内で続々とその姿を現しています!おそらく民家に隠れていたものと思われます。」
ブラックスは立ちあがって言った。
「このタイミングで、どういうわけだ。まさか・・・。」
ブラックスはその脳裏に浮かんだことを思い浮かべ、青ざめた。もし思いついたことが本当になったとするならば大変な事態になる。
―― 女王の執務室
ブラックスは事の経緯をアデリーナ女王に説明をした。
隣で座っていたリリーはブラックスに問い直した。「包囲されている?それはどういうことですか?」
「このセバシャンがすべて吐いた。彼はある男の口車に乗せられて、デプリヴン達を意のままに操っていたらしい。ある男、おそらくはセバシャンの説明した男の特徴から考えると、それはバーナードだろう。」
バーナード。リリーは思い起こしていた。彼は同じ下層出身の者をとても大事にする男だった。彼が以前に何を言っていたのかを思い出した。
―私の策は動き始めている。上層は根本から崩れ去るでしょう。その状況を早く見たいものです。
今から起きようとしていることが彼の言う策なのだろうか。彼は異常なほどに上層の人間たちに、とりわけ貴族に執着していた。
「つまり、貴族を使ってデプリヴンによって周囲を支配させる。そうすることによって誰にも気が付かれないようにデプリヴンをかくまうことができる。それに、貴族同士で同士討ちさせることもできるというわけだ。デプリヴン同士の争いが多発したのはそのせいだろう。」
「それでは、今になって彼らが動き出した目的というのは・・・。」
ブラックスは険しい表情のまま説明した。「おそらくこの宮廷全てを包囲して、一網打尽にするつもりだろうな。」
その場にいる者はみながその言葉に口をつぐんだ。
ブラックスは続けて言った。「バーナードはとりわけ貴族に固執していた。そして彼が考えた策とはこういうことだったのだ。気が付いた時点でもはや我々のとることのできる手段がどれほど残されているか。衛兵たちは下層や国境付近に多く配置されていて、すぐに呼び戻すことはできない。もはや我々は孤立していしまっている可能性が高い。」
セバシャンは力なく言った。「まさか、使っているつもりが、使われていたなんて・・・。」
ブラックスは衛兵に確認した。「こちらにはどれくらいの人が残っている。」
「職員の者やその残された家族も含めてざっと500名ほどでしょうか。」
アデリーナは言った。「兵力を集めて一点突破するしかないのでは?」
「いや、内側には護衛以外の兵士は配置していないのです。もう2日いや1日ずれこんでくれればすべてはうまくいっていた。しかし、相手もそこを狙いすましてきているのかもしれない。バーナード。死して厄介な奴だ。」
ブラックスは手を広げ、そしてため息をついた。
「いづれにしてもデプリヴンの群衆はすでに目前に迫っていると思われる。彼らは一気になだれ込んでくるだろう。そのようにバーナードによって命令が下されているのだろう。まずはできることをやるしかない。人々は一点にまとめろ。そして、デプリヴン達が実際にどこまできていて、どれくらい耐えられそうか、すぐに情報収集してくれ。」
ブラックスの命令により兵士たちがすぐに部屋を退出した。
リリーは彼らの話し合いを聞きながら、ずっと考えていた。アデリーナの調子はずいぶん回復基調ではあるけれど、油断はならずあまり離れたくはない。仮に私が彼らに戦いを挑んで一点突破を試みたとして、人々を守り切ることなど、一人では不可能。私が死ななかったという結果しか残らない可能性もある。どうにかして良い策はないのだろうかと頭をひねってみるものの妙案は浮かんでこなかった。
リリーはそれから室内を出て、最後まで研究にあたっているトレバーの元へと向かった。彼は遅ればせながら避難するための支度をはじめているようだった。彼の周囲には多くの本があり、積み重ねられていた。避難というよりは自室を整理しているようにも見受けられた。リリーは困惑して尋ねた。
「そんなに本を持ってどうするのですか?」
「いや、これはもったいないから。デプリヴンが相手じゃどうなるかわからないじゃないですか。彼らに知識を尊ぶ賢さがあればいいのですがあまり期待はできない。そうであれば持っていくしかない。というわけで、どれを持っていくべきか思案していたところです。」
リリーはトレバーに首を振ってこたえた。そして急かすようにして言った。
「宮廷の周囲がデプリヴンに包囲されている。どうにかしてこの状況から脱出しないといけなくなったの。」
トレバーはその言葉を聞いて、視線を宙に向けて数秒考えた。そして口を開いた。
「なるほど。そうですか。では、少し狭いかもしれませんが、グレート・バリケードの制御室から行くしかありませんね。」
「え?」
「あそこは既に完全に停止していますから、装置内の空洞にはエレクタが停止しているはずです。そうすれば空洞内部を移動することが可能です。それから、旧水路にでる出口を探す。すぐに見つかるでしょう。外に出るための整備はおそらくされているはずですから。そして、旧水路を辿っていく。おそらく、下層から少し離れたそう遠くないどこかの出口に繋がっていると思います」
リリーはその話を聞いて目を輝かせた。さすがはトレバーだと思った。
「トレバーさん、早く行きますよ!」
「いえ、あの、どの本を選ぶべきか・・。」
「人の命が優先です!」
「は、はい・・。」
それでもトレバーはいくつかの本を手にしてから、リリーとともに宮廷へ急いだ。
宮廷に戻る道で、リリーは何体ものデプリヴンを目撃した。それらを軽くなぎ倒しながら、ようやく宮廷に戻ったころには多くの者達が宮廷内で身を寄せているようであった。続々と人々が一か所に集い、みな不安な表情で周囲の者と話し合い、語り合っていた。
リリーがトレバーの案を告げると、すぐに実行に移すことになった。グレート・バリケードへの道をみなが一列になって進んでいく。回りの建物からは方々から火が上がっていた。火であぶりだしにして、人を一人も残らず殲滅するという作戦のようだった。
リリーはその様子を見て、不思議でならなかった。
(バーナード…。あれほど人の事を思っていた人が、どうして同じ人に対してこのような作戦を思いつくことができるのだろうか、デプリヴンになったが所以なのだろうか・・・)
アデリーナもリリーの傍でその様子を見守っていた。
「アディは先に行って。体調がよくないのだから。」
リリーがアデリーナを気遣って言うと、アデリーナは固く頷いてから言った。
「大丈夫。私は最後の一人まで守り切る責任がある。この国、全ての人々のために。そのためにここにいるの。リリー。一緒につきあってくれるかしら?」
「もちろんだよ。私がアディを守るから安心してね。」
「ありがとう。」
ほとんどすべての人が避難する頃には周囲に火の手は迫っていた。遅れてやってきた一人の女が兵士に向かってお願いをしていた。取り乱し、そして叫ぶようにして誰かの助けを訴えていた
「取り残された親子がいるんです。どうにか助けてください。」
ブラックスや兵士たちはすでに先導するために先に行っておりもうここにはいない。それからアデリーナとリリーは互いに頷き合い、探しに行くことにした。残された兵士たちは二人を呼び止めたが、大丈夫だといってきかなかった。
しばらく進んだ先で女の子が一人しゃがみ込み泣いていた。周囲には炎の手が赤く燃え盛る建物に囲まれており、親はすでに倒れて亡くなっているようだった。血が幾分流れ出し、一つも動かなかった。そしてその周囲には数匹のデプリヴン達が取り囲んでいた。リリーはその様子を目迎するや否や、地面を強く蹴り彼らとの間合いを一気に詰めると、一つの断毎につぎつぎに彼らを殲滅した。その鋭い速さに彼らが対応できる術はなかった。リリーの行く先にはしかしまだ多くのデプリヴンがいた。リリーは彼らを正面に捕らえ、剣を構え、向かっていく。
アデリーナの前の女の子は誰も信用できないといって涙を流し、怖がっていた。人かデプリヴンか誰も信用できなくなっているようだった。王女は優しく手を差し伸べた。「私はこの国の王。誰一人として見捨てたりはしない。最後の一人まで、かならず助けることを誓うわ。さぁ手を取って。」
アデリーナが女の子に手を差し伸べたとき、ひとりの男が歩み寄ってきたことに気が付いた。顔を上げる。そしてアデリーナは息をのんだ。それは久しぶりにみた、よく知った顔だった。
「フレデリックお兄様…。」
彼はとても質の良い、それでいて軽そうな身なりをしていた。
「バーナードも回りくどいことを考えたものだ。もっとアディに早く会うことができたものを。」
フレデリックはそう言いながら、周りを見渡した。そしてその表情はまるでつまらないものでもみるような表情だった。まったく興味がないようだった。
アデリーナはフレデリックに向かって尋ねた。「一体、いままでどこにいっていたの?どうして今になって…。」
そういうと、フレデリックは頷いてから言った。
「ああ。そうだね。まずはそこから話さなければならないね。しかしそれほど記憶が確かではない。あの日、おかしな男がやってきた。ジョエル・ホワイトという男だ。あの男がアディについておかしなことを言っていたよ。彼女のことを誰よりも理解しているつもりだ、なんて言っていたかな。おかしな奴がいるものだと冷たくあしらった・・。しかし、そこからは記憶が途切れている。それはとても不思議な感覚だ。
それから気が付くと、俺はバーナードという男にとても世話になっていた。どうやら病になっていたところ、治療をほどこしてくれたようだ。彼にはずっと恩があったから従っていたのだけれど、最近それもおかしいと気が付き始めてね。なぜなら私は王子だったから。」
その話を聞きながらアデリーナは一つの疑念をもった。「まさか・・・。」
アデリーナはフレデリックの体の様子を子細に確認した。そうして彼の腕をみたときにその疑念は確信に変わった。兄はあの時からずっとデプリヴンになってしまっていたのだ、と。
フレデリックはアデリーナの愕然とした表情に気が付くことはなく、話を続けていた。「やらなければならないことがたくさんあった。でも一番はアディに会うことだった。他のことは正直どうでもよかった。つまらない些細なことだった。」
一呼吸おいた。まるで彼は妹に会えたことにひどく感激しているようだった。そして、口を開いた。「俺が常々考えていたのは、どうすればアディを救えるのかということだった。」
「私を、救う?」
「そうだよ、君を救うということだ。ようやくその時がきたね。」
そういってフレデリックは腰に下げていた剣を手にした。アデリーナはその様子をみて咄嗟に剣の柄に手を当てた。護身のためにもってきておいた細身の長剣だ。
次のフレデリックの一撃はそれほど難しいものではなかった。距離をゆっくり詰めて、剣を大きく振りあげた剣先は、アデリーナの剣が受け止め、交差する。甲高い金属音が当たりに鳴り響き二人の動きは停止する。その二つの剣には周囲にあがる炎の赤色が反射して映っていた。
リリーはそのことに気が付いていないようだった。どうやら他のデプリヴン達の相手をしていて余裕がないらしい。しかし、アデリーナはリリーの手を借りる必要はないと考えた。これは兄弟間の問題だった。
剣を持つ手に力をこめた。次第に、狂人な力が体中に満ちてくるものを感じた。ほとんどぎりぎりのところで、デプリヴンに意識が奪われる限界のところで、都合よくその力を発揮できているのだと自覚した。腕から角がのび、頭からの角が伸びるのを感じ取っていた。
フレデリックはその様子をみて表情を曇らせた。「アディ。やはり君は既にデプリヴンに感染していたのか。はやく命を絶ち、救わなければならない。」
アデリーナは鼻で笑って言った。「頭良さそうにみえて相変わらずバカ。いつもお父様に甘やかされてきたから肝心の自分が現在どうなっているのか、デプリヴンになった事にすら気が付くこともない。自分が優遇されてきたことにも気が付かない。」
フレデリックの表情が険しくなった。「それはお前だろう、アディ。お前がいつも贔屓されているんだ!」
フレデリックとアデリーナは剣を交えた。互いの剣は互いの剣を叩き続けていた。
フレデリックは言った。「なぜこんなにイライラしていたのか分かってきたよ。お前が何もできないせいで俺にばかりしわ寄せがくるからだ。俺ばかり損する目に合う。」
「お兄様ばかり褒められて、贔屓されていたのに?私はいつも蚊帳の外だった!」
二人は兼を交えながらさらに口論も繰り広げた。
「だから俺はそのために一生懸命頑張るしかなかった。それでも能力が足りてはいなかった。それがいかに大変だったのか。贔屓されてぬくぬくとしているアディにはそんな苦労は分からなかっただろうな。俺はずっと考えてきた。どうすればこの国がよくなるかってね。しかし結局答えはでなかった。人々は他の国に比べて平等で、身分の低い者も取り立てられて上にあがる仕組みもある。しかし様々な問題があることもわかっている。上の人間がなぜ何もできないのか。改革が停滞しているのか。私は今もその理由を必死に考えているところだ。お前はどうだ!」
フレデリックの攻撃を受けて、後方に投げ飛ばされるアデリーナ。しかし体を一回転させてかろうじて着地する。息を整え剣先をフレデリックに向けた。そして彼の発言に驚いていた。兄はずっとそのような事を考え続けてきたらしかった。アデリーナはそれから首を振って、語り始めた。
「頭の中で考えているだけだから分からないんだよ、お兄様。彼らは素晴らしい技術をもっている。素晴らしい人々がいる。上にいく仕組みがあるといっていたよね?でもそれは機能していなければ意味はない。そのような人々が能力に合わせ、平等に評価される国にしなくてはならない。」
アデリーナは話しながら下層でであった多くの人々の顔を思い出していた。料理店のエド、そして研究者のデクラン。彼はとても優秀な人達だった。しかし彼らは当な評価がされていただろうか。
「今の当たり前を壊して新しい国を想像することが必要だった。デプリヴンがこの国を襲ったことがきっかけだった。多くの者に協力してもらい、結果的にグレート・バリケードを停止させた。これはこの国にとって、国民にとって新しい時代の始まりなのよ。」
アデリーナは言いながら、フレデリックとの間合いを詰めて、剣を鋭く前に突き出した。フレデリックはかろうじて件で受け止めたが、体制を崩し、大きく地面に倒れ込んだ。小さな土埃が周囲に舞い上がった。
フレデリックは片膝をついて、それからゆっくりと立ち上がりながら言った。
「わが国の誇りであったグレート・バリケードの停止が新しい時代を作る、か・・そのような話を聞いたことがある・・。そうだ。母から亡くなる前に聞かされたんだ。その時は何を言っているのか理解ができなかった。しかしなぜ今それを思い出したのだろう。」
フレデリックは小さく笑って言った。
「君こそ、父の跡継ぎにふさわしいのかもしれない。私が一人で思考にふけっていた間に、アディはいろんなことを経験したのだな。俺は君の言う通り、デプリヴンとなった。しかし、そのことを認めてはいない。俺だけは奴らとは違う。そう思っていたのに、デプリヴンと同じ思考に閉じてしまっていたのだな…。」
アデリーナはこたえるようにして言った。
「わたしは甘やかされてきたために、世間知らずで何もできなかった。だから困難に直面したとき、何もできず、とても苦労したんだ。でもそんな時に助けてくれた友がいる。友がいればそう簡単に道を間違えることはないんだと教えてくれた。」
(リリー、あなたがいたからこそ、私はここまでやってきた。私の曇った視線をもっと遠くに向けてくれた。)
「そうか、じゃあ最初から俺たちは協力するべきだったな。もっとも身近な友になれたはずだった。片意地張らずにね。そしてもっと話し合うべきだったかもしれない。どうしてこんなわだかまりができたのだろう。喧嘩すると大抵俺のせいになったから?まぁ半部以上はたしかに俺のせいだったか。」
「お兄様・・・。」
その時ようやくリリーが私を呼びにやってきた。彼女は警戒しながら二人の様子をみつめていた。
「そうか、君が妹の親友か。これからもアディのことをよろしく頼むよ。」
フレデリックはそう言って、剣を鞘に納めた。そして周囲を見渡した。赤い炎がいつのまにかさらに強さを増し、周囲を燃やしていた。次から次へと火の手は上がり、燃え広がっているようだった。
「じゃあ俺は行くよ。やらなくてはならないことがある。このデプリヴンの感染を克服すること。本当は一緒にいきたいところだが、自我を保てなくなる時がある。思考も一部おかしくなっている。人間とは一緒にはいられない。しかしいつか克服してみせる。お前が自分の道を探し当てたように、俺は自分の道をみつける。俺はまだなにも歩き始めてはなかった。妹に先を越されてしまったのだから。」
「お兄様・・・。」
「さぁ、いけ。もうくるぞ、何百というデプリヴンが押し寄せるぞ。時間ぐらい稼いでやる。お前はまだデプリヴンにはなりきっていない。絶対に負けるなよ。」
リリーは茫然とするアデリーナの手を引いた。そして走り出した。「さぁいかないと!」
アデリーナとフレデリックの二人は思い出していた。喧嘩をしながらもすぐに仲直りをしていたあの日のことを。名前を呼び合い、楽しく遊んでいた日々の事を。




