第15話「想いの調べ」
アデリーナはブレイク伯爵に向き直った。その瞳には決意が宿っていた。彼女は胸を張って言った。
「どちらも大切です。彼女は私にとって友人であり何物にも代えがたいものです。国民も私が守るべきものです。これは王としての責務です。二つ意味で私はどちらも譲るわけにはいかない。どうしても余興が必要であれば……。」
アデリーナが言いかけたとき、ブレイク伯爵は首元に突き付けていた短剣をゆっくりと離し、それから深く頷きながら言った。彼の表情に張り付いていた冷酷さは消え、すっかり温かみのある表情に変わっていた。
「いいものを見せてもらいました、アデリーナ様。」
ブレイク伯爵はそう言いながら、短剣を手に取って、指先で叩いてみせた。カンカンという軽い音が鳴った。「これは偽物じゃ。」そう言ってから、部下達に命令した。
「おい、お前たちも剣を下ろせ。」
しかし、ブレイク伯爵が命令しても、部下達は剣をリリーに向けていた。そして彼らは突如リリーに斬りかかったのだ。リリーは兵士たちの剣先を寸前のところでかわし、それから高く跳躍した。そしてすぐに気が付いた。兵士たちの甲冑の隙間から角が飛び出ていることに。彼らはデプリヴンであることを何らかの方法で隠していたのだ。リリーはそれからアデリーナの傍にふわりと着地して、彼女に背を向けて立ち上がった。
ブレイク伯爵はあわてていた。「お前たち。どういうことじゃ…!」
その時前面の扉が開きブラックスが剣を片手に現れた。「騒がしいと思ったら、こんなことになっていたのか!」
ブレイク伯爵は目を丸くしてうろたえていた。彼にとっても現在の状況は予想外であるようだった。ブラックスは剣をリリーの元に放り投げた。
「雑魚共を殲滅するぞ!」
それから、国で最も腕が立つとされるブラックス、それに成長著しいリリーの前にデプリヴン達はなすすべがなかった。デプリヴンと化した兵士たちはリリーとブラックスの手によってあっという間に始末されたのだった。
ブレイク伯爵は頭を下げて陳謝した。「申し訳なかった。こんなはずではなかったのだ。まさか、部下がデプリヴンになっているとは。女王様の意志を試すための余興のつもりだったんじゃが…。」
肩を落とすブレイク伯爵にアデリーナは慰めの声をかけた。「しかたがありません。ブレイク伯爵。デプリヴン達のやり口は著しく巧妙化しています。特に注意していただかなければなりません。まさに、この国を知らず知らずのうちに蝕んでいる病です。」
それからブラックスは周囲を見渡して言った。
「しかし、セバシャンはどこにいったのでしょうか?姿が見当たりません。」
「既にデプリヴンの手の者にかかったのか・・それとも・・・。しかしデプリヴン達が用意周到にこの屋敷で待ち構えていたことは気にかかる。それもブレイク伯爵の目を欺いて。」
「ネズミが何匹も入り込んでいる。それに気が付かなかったとは私も老いぼれたものだ。」
「ブレイク伯爵…。」
ブラックスは肩を落としていたが、顔を上げてアデリーナに言った。
「ですがあなたの心意気とその覚悟はよく分かった。部下をどのように思っているのか。そして、部下にどのように思われているのか。周りの人を大切にできる人間は、大切にされる。王が必要なのは友だ。友がいなければいずれ道を外してしまう。わしは女王様を信用することにする。」
その言葉をきいて、アデリーナは明るい声をあげた。「それでは、お力添えいただけるのですね?」
ブラックスは懐疑的な声をあげた。「しかし・・・。」
ブレイク伯爵は各々の顔をじっと見渡しながら言った。
「もちろん、その選択が正しいかどうかの判断はわしにはできん。だいたい、正しいかどうかなんていうのは半々じゃ。やってみて成功もあれば失敗もある。しかし、限りなく成功に近づけることができるかどうか、そういう心意気があるかどうか、それこそがもっとも大事なことじゃからな。」
ブレイク伯爵はそう言いながら封書をアデリーナに手渡した。
「これをもっていきなさい。最近では誰も訪ねてこないもので、さみしいもんでな。王がいらっしゃったころはまだ話し相手がいた。だが王も命を落とされた。そのかわいらしい娘がこうしてきてくれた。わしは最初から否定するつもりなんてなかったんじゃ。」
そう言いながら笑ったブレイク伯爵の表情は子煩悩な親のそれであった。
アデリーナ女王一行が帰る様子を、窓越しに二人は見つめていた。
「みよ、王とはこうでなくてはならない。さすがはアイザックの娘だ。お前も分かるだろう?」
「ええ、しかしそんなことより、あなた。まだ昼の食事会のお皿洗いが終わっていませんよ。」
ブレイク伯爵は眉をひそめて言った。「…わかっとるわい。」
「たまには体を動かさないとね。健康的にいきることができるでしょう?わたしはあなたの事をこうやって思いやっているのよ。」
「やりたくないだけだろうに・・。」とブレイク伯爵はぼそりと呟いた。
「私のことを大切にできる人は、きっと私からも大切にされるわよ?」
「・・・・。」
――― 女王の執務室
それからアデリーナはケイデンにブレイク伯爵からの封書をみせた。そしてケイデンにグレート・バリケードに関する書物をとってくるように命令したのだった。
だが、思惑とは異なりケイデンはその命令を拒否した。
「私は、賛成できません。父が何と言うとグレート・バリケードを停止することはできない。」
アデリーナは眉をひそめた。ケイデンはなにがなんでも協力するつもりがないようだった。アデリーナは直接総務省に赴き、直接職員に目的の資料をもってくるように要請した。
しかしその重要な資料は職員がいくら時間をかけて探してみても見つからなかった。
「見つからないというより、誰かが立ち入って持ち出した形跡があります。どうしましょう。」
「誰が持ち出したのかしら?」
「わかりません。他の者にも確認しましたが、とても巧妙な手口とのことです。内部事情に詳しいもの、警備の事情に詳しい者の犯行と思われます。ただ、この紙切れ1枚は見つけました。この国の水路にかかわる資料のようですが、詳細はよくわかりません。」
アデリーナはため息をついた。これではそもそもの計画を実行できない。こうなればたよることができるのはトレバーだけだった。
「あったのはこの紙1枚だけみたい。なんでも水路についての資料だとか。グレート・バリケードとはあまり関連性がないし、どうかしら…。」
トレバーは腕を組み、しばらくその紙切れを入念に確認していた。それから視線を宙に向けた。じっと目を閉じ、深く考え込んでいるようだった。しばらくしてトレバーはアデリーナに言った。
「どうやら国建設にあたって古くに建築された水路の設計図のようですね。水路とグレート・バリケードに関連性があることは確かです。しかし、どう関連しているかは分かりません。すくなくともエレクタの生成に関連しているかもしれないという可能性が最新の研究で明らかになっています。この資料にある水路の中心部にたどり着くことができればなにか分かるかもしれません。」
――
アデリーナとトレバー、リリー、ブラックスはそれから下層のデアイーブル森林付近にのこされた水路跡を発見した。
それはとても小さな洞窟のようだった。土や岩、木々に囲まれ野生の獣が作り上げた巣のようにも見えた。しかし、中に入ってみると大きな空洞になっており、整然と積み上げられた石畳に、青白い発光石の光が奥まで続いていることを確認できた。中はとても静かで、空気は乾き、足を踏み込むたびにその音がこだまして闇に消えて言った。
トレバーは周囲を子細に確認しながら言った。その表情は喜びにあふれていた。
「良く見つからずにいままでこうして残っていたものだ。この辺は野生の獣も多く生息している地域、近隣の住民も長年近寄ったりしなかったのでしょう。そして、この先にはおそらく、長い通路があり、国の地下奥深く、中心部につながっているはずです。昔はここに水が通っていたのですが今は枯れて完全に空洞になっているはずです。歩いていけば辿り着くでしょう。」
一行が進むにつれて、壁面は湿り、苔が生えわたる場所もでてきた。それから水の下たる音が壁面を反射し、あたりにこだましていた。ずいぶん進んだ先で突如大きく空間が広がった。
「ここは・・。」
トレバーは周囲を見上げながら感嘆の声を上げた。
周囲は巨大な石造りの空間となっており、ところどころに発光石が埋め込まれて空間全体はぼんやりおした青い光が満ちていた。中央部には奇怪な金属製の装置が横たわっており、空間を貫いてずっと奥の方まで続いていることを確認できた。
「ここのどこかに制御端末があればよいのですが・・、手分けして探せないでしょうか。」
トレバーの声に、一行が頷いたとき、どこからか声がした。
「これは女王様とその御一行様。お待ちしておりました。」
その声の持ち主は奥の長く続く通路の奥から歩きやってきた。彼は何かを引きずっていた。
「こんにちは、わたしはバーナードと申します。お見知りおきを。」
彼は丁寧に頭を下げてみせた。口元には不敵な笑みを浮かべ、目を細めていた。
「ガリアーノ!」
ブラックスが叫んだ。彼の服は血にまみれ汚れていた。髪は乱れ、いくぶんの争いに巻き込まれた様子が見受けられた。彼は苦痛に表情をゆがめていたがようやく口を開けて声を絞り出した。
「こんなクソみたいなやつに捕まってしまった、ブラックス。すっかり俺の腕もなまってしまったようだ。」
「本ばかり読んでいるからだ。しかし、一体どうしてこのようなところに。」
「探していたのだ。このグレート・バリケードを停止させるための方法を。」
アデリーナは驚いてガリアーノに尋ねた。
「停止させる?あなたは私の提案に反対していたではないですか。」
ガリアーノは口元に笑みを含ませて、それから打ち明けるように言った。
「女王様の演説を見て私ははっとしたのです。そして、私がやるべきことを思い出しました。そのためにここにいるのです。」
バーナードはガリアーノをつかんでいた手を放した。壁に倒れ込む鈍い音がした。
「この男を監視していて正解でした。わたしもここを今までずっと探していましたから。絶対に壊されるわけにはいかないですからね。」
アデリーナは首を振ってこたえた。
「あなたはグレート・バリケードを守りたいのですか?どういうこと?」
「さぁ?」
バーナードは口元に笑みを浮かべながら言った。彼は面々の顔をゆっくりと一人ずつ確認した。そしてリリーに視線を向けたときに少しの驚きを示した。
「おや、あなたはリリーさんではないですか。とても奇遇ですね。お会いできてうれしいですよ。」
リリーはその返事にはこたえずに言った。
「どうしてこんなことを…」。
「いいでしょう。あなたには正直に答えます。上層にいる貴族たちをサンクレアから一人残らず排除する。そして新しい王国として再建するのです。」
リリーは分からないといったふうに頭を左右に振った。「なぜ・・・。」
「彼らがすべての元凶だからですよ。下層の住民から富を搾り取る。敵が攻めてきても被害があるのは下層だけ。巨大な壁に阻まれていますからね。被害は上層には及ばない。そうして彼らは特権的に利益を得ている。私たちはいつも人間以下の扱いだ。肝心の庶民院はかれらに迎合して何の役にも立たない。」
アデリーナは言った。
「下層だからとか上層民だからとか関係ありません。中にはそういう人もいるでしょう。しかしほとんどの者はそうではありません。私はあなた達のいう通りにはさせない。」
「女王様、可哀そうに、彼らに騙されているのですね。まぁ、あの方に合えば気も変わるでしょう。まずは、そこの人達に黙っていただくとしましょう。私の策は動き始めている。上層は根本から崩れ去るでしょう。その状況を早く見たいものです。」
「策?」
「いけない。リリーさんに会えたことがうれしくてつい話過ぎたようです。」
ブラックスは少し考え、そしてバーナードに言った。
「そうかわかったぞ。セバシャンもそうだろう。デプリヴンによってなにか吹き込まれ、騙されているんだろう。それによって多くの混乱を引き起こしているというわけだ。」
バーナードは鼻で笑った。
ブラックスは彼の態度に怒り、声を荒げた。「人の命をなんだと思っている!」
そう言いながら剣を手に取り、バーナードとの距離を詰め、それから剣を振り上げた。
その瞬間。何かがおこった。
体全体が鋼のように重くなった。ブラックスは立っていることもできず地面にたたきつけられる。周囲を見渡した。皆地面に這いつくばっている。直接的には何もされていないのに、外部からなにか大きな力が作用しているようだった。指一つ動かすことも息をすることさえ精いっぱいに感じるほどの圧力だった。
リリーも同様に床に押し付けられるようにして、かろうじて耐えていた。そして以前に同じ事があったことを思い出した。たしかエリゼ・ハートフィールドの屋敷にいったときだ。この時と同じ感覚。おそらく、あれはバーナードがやったことだったのだ。エレクタを作用させてなんらかの能力を作用させていることは明らかだった。
バーナードはその様子を見下ろしながら言った。彼が持つ温かみは消え、ただ冷酷な表情が顔に現れていた。リリーは顔を持ち上げ地面に膝をついた。そして彼の顔を見上げるのが精いっぱいだった。バーナードは少し悲しそうな顔をしてリリーに尋ねた。
「どうしてあなたは貴族共を庇うのですか。あなたは仲間だと思った。もしかして貴族側の人間だったのですか?私は彼らに協力する者には容赦しませんよ。我々の敵だから。」
「あなたは間違えている…。」
「私はね、いままで一つも間違えたことはないのです。いつも正しかった。」
手から剣が滑り落ちた、その落ちるわずかな動き、様子をみて、リリーは不思議に思った。そしてあることに気が付いたのだった。
(そうかこれは実際に外部から力がかかっているわけじゃない。おそらくなんらかの方法で体内のエレクタに直接作用している。つまり、動けないと思わせているんだ。だから体が動かないんだ…。)
バーナードは間髪入れずに剣を振り上げリリーを突き刺した。空に剣の先が刺さり、血が服を染めていく。リリ―は苦悶の表情を浮かべて、それでも倒れずにいた。
その様子をみてアデリーナが言った。
「やめな・・・・さい。貴族と庶民を分けること自体が間違ってる。そんなものは幻想です。あなたは幻想にとらわれている。多くの者が互いに思いやって生きている。そこに外も中も関係ない・・。」
バーナードは手を止め、それからアデリーナの方を向いた。
「残念です、女王様。しかし、わたしは王の言葉を信じているのです。そしてあの方がいればすべて私の目的は達成できるのです。」
バーナードが剣をリリーから抜き去り、それからアデリーナに近づいた時、ガリアーノが立ちふさがった。剣を振り上げそれからその剣先がバーナードを捕らえる瞬間、バーナードの刃がガリアーノの体を貫いた。体から血があふれ出て、血がぽたりと地面に染みをつくっていく。ガリアーノはそれでも倒れず、ただバーナードを睨みつけた。
「わたしは・・・いつのまにか忘れていたのだ。私のやるべきことを・・・。よいか…、グレート・バリケードの停止は故レジーナ王妃も望まれていたことだ。王族も望んでいたことだ!」
「そんなはずがないだろう。私はそのようなことは信じない。」
アデリーナはガリアーノを凝視して、気遣うようにいった。「ガリアーノ宰相。あなた・・・。」
「私は…一度死んだも同然の男・・・」
遠くを見つめた。ガリアーノはその時の様子をありありと脳裏によみがえらせていた。
― ガリアーノが貧乏な農民の子として生まれた。彼は体も強く、頭も賢かった。だからそれから兵に志願したときのことだった。まじめに役務をこなし、それからいつのまにか国境警備隊の兵士長まで上り詰めていた。彼はまた情に熱い男でもあった。部下達を信頼していた。そして部下達も信頼してくれていると感じていた。
ある日のことだ、部下達は酒によっていたのだろう、街の女にちょっかいをかけ、暴行を働いたのだ。兵士に志願する者達はその性質上、気性の洗い物がすくなからずいる。倫理観が欠けたやつもいる。その女は侍女の親族の者だった。
そのことが王妃様の耳に入りたいそうお怒りになられた。部下はもちろんのこと、私も軍法会議に呼び出された。私はその当時、彼らとは一緒に行動はしていなかったし、結果的に責任はなく不問ということとなった。しかし、私は納得できなかった。
軍法会議のあと、私は王妃様に名乗り出た。誰かのせいにするのではなく自分なのだと、すべては自分がやったことと同義だと言った。王妃様は私に尋ねた。
「しかし、実際にやったのはこの二人ではないですか?」
「私は彼らを統率する兵士長です。」
王妃は頷き私に罰をあたえた。役職のはく奪と1年間の牢獄生活だった。私は築き上げてきた武官としての地位をすべて失ってしまったのだった。しかし、私は若かったんだろうな。それも仕方がないと思った。自分自身の考えを裏切るわけにはいかなかった。私はそういう意味で不器用だった。
そしてそれから1年後、私は上層の武官に登用された。王妃様から寛大な慈悲をいただいたのだ。私は心に誓ったのだ。この恩はかならず返さなくていけない、と。
それから、王妃様はまもなく病で倒れられた。私が近衛騎士団の小隊長に命じられた次の日だった。私は王妃様に直接お会いすることはかなわなかった。私にはあなたをお助けする義務がある。これを放棄することは死んだも同然だ。
そうして、私が王妃様にその恩をお返しする機会は永遠に失われた。
―
「わたしはアデリーナ様がグレート・バリケードを停止させるというお考えを述べられた時、思い出したのだ、王妃様がアデリーナ様と同じことをおっしゃっていたのを。だからここで引くわけにはいかない。この命つきるまえにこの恩だけは返さねばならないのだ!」
バーナードは彼が倒れない様子に目を大きくして戸惑っていた。それからすぐに冷静さを取り戻し、剣を振り払うようにガリアーノに斬りつけた。ガリアーノは足元から崩れ、倒れ込む。
リリーは床に這いつくばりながら自らの体内に動くエレクタに意識を集中させた。体全体にかけめぐるエレクタに語り掛けた。
(私は自分の感覚をエレクタによって制御し、完全にだまさなくてはいけない。できるのだと、思わせなければいけないんだ・・・・・・。)
リリーは音もなく立ち上がった。足は悲鳴を上げ、それから剣を持つ手も震えていた。一瞬の隙を突くしかなかった。
バーナードがガリアーノにとどめをさそうと彼の上に立ち剣を振り上げたとき、ガリアーノは彼の足を蹴りあげた。バーナードが体制を崩したとき、リリーは力を振り絞って動いた。一撃でしとめる覚悟だった。空間を割くような速さで直進し、剣先を彼の心臓部に向け突き出した。そしてそれは鋭く突き刺さった。
バーナードは口から血を吹き出しながらリリーに振り返って言った。そしてリリーの腕を掴んでからかすれた声で言った、しかしその表情はなんの苦痛も感じていないようだった。「ああ、これがあなたのエレクタ。そういうことですか‥・。それならばわたしも本望です…さぁ、あなたの行く先に栄光があらんことを。」
バーナードはそう言って、倒れた。その時ようやくみなの体が解放され動くことができるようになった。
「ガリアーノ!」
ブラックスは叫んだ。しかし彼にはもはや声が聞こえてないようだった。ただ目はうつろに宙をみつめていた。
―
「お体は大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。ほら、この通りです。大げさすぎるのですよ。むしろ、わたしをこうやってなにかよからぬ目的によって閉じ込めようとしているのかもしれません。私がすぐにどこかへと出かけてしまうから。フフフ。」
「あなたにはお願いしたいことがあります。いつか、この国を分断するあの大きな壁を取り除いてほしいと思っています。きっと大きな災いを呼ぶでしょう。人に上も下もありません。全ての国民が協力して国難に立ち向かうとき、こんなものは必要ありません。しかしこれは長い間そこにあり過ぎました、取り除くには多くの困難をともなうことでしょう。並大抵のことではない。でもあなたの正義感とあなた自身の強さが、きっと素晴らしい仲間たちとともに成し遂げてくれると信じています。」
「王がいらっしゃる。」
「あの人はいつも怯えているから。そして孤独ですから。」
「・・・・。」
「それからもう一つ気がかりな事があります。あなたはなぜ30にもなってまだ独身なのですか?お相手はいないのですか?」
「王妃様。わたしは・・・。なんでもありません・・・。」
―
ブラックスはガリアーノの脈を確認し首を左右に振って目を閉じた。もうすでにガリアーノの命はつきていたのだった。そこにいる者がみな目を閉じ、彼の魂を追悼した。
「バーナードが言うように、上層では混乱が引き起こされている。裏にデプリヴンがかかわっていることは確かだろう。」
「急がなくてはいけない。しかしどうすれば。」
アデリーナが言ったとき、ブラックスはガリアーノがいくつかの書類を所持していることに気が付いた。
「これは・・・。やはりガリアーノ宰相が持ち出していたのか。」
「トレバー。今すぐに確認することはできますか?」
トレバーは固く頷いてみせた。「やってみます。」
しばらくしてトレバーはみなに告げた。
「わかったぞ・・。宮廷の中央部から地下に侵入できる。どうやらそこに制御装置があるようだ。」
「しかし、あのような場所に入口などあったか・・・?」
――
宮廷は一層の混乱を引き起こしていた。ブラックスは早急に騎士団を指揮するために女王たちと分かれて対応することとなった。「リリー、女王様のことは頼んだぞ。」
「はい、もちろんです。私にまかせてください。」
「いい返事だ。」
ブラックスはそう言ってリリーを励ました。
一行は宮廷の差し迫った様子に気を取られながらも、目的の場所に急いでいた。アデリーナは張りつめた空気を感じ取りながらみなに言った。「バーナードは一体なにをしたっていうのかしら。デプリヴンたちによる被害が拡大している。もはや一刻の猶予もなりませんね。」
トレバーはこたえるようにいった。「たしかに、これは悠長に議会で承認をとるような場面ではなさそうですね。」
「ブレイク伯爵の後ろ盾もある。やりながら考える!それしかありません」
「私の研究にしたって、計画通りうまくいくことなんて万に一つもありませんから。重要なのはどこまで信念をもってやりきるか、そういうことです。」
一行が地図をたよりにやってきたところ、それは国中央部にかつて国の象徴として聳え立っていたセレスティアル・クレストの真下にあったのだった。
「まさかこんなところに入口があっただなんて。」
「王家以外立ち入り禁止とされていたし、空き部屋だと考えられていたようですね。たしかに、だれもこんなところに地下に伸びる通路の入り口があるなんて思わない。」
トレバーは頷きながら言った。「重要な機械装置類はすべて宮廷の下で管理できるように作り上げたということでしょう。考えてみれば当然のことだったかもしれません。」
「しかしこのようなものが1700年以上も前に完成していた、ということはにわかには信じられない。」
一行はらせん状に繋がる階段を急いで降りていく。やはり内部にも発光石が使われており、周囲は幾分かの明るさが保たれていた。そこが長い間だれも立ち入らなかったとはおもえないほどに美しさを保っていた。階段が終わるとすぐに巨大な機械装置が目の前に現れた。多くのスイッチと巨大な構造物が横たわっていた。
「どのように止めるべきなのかが良く分かりません。調べてみないと…。」
リリーはその装置の様子をみてはたと気が付いた。そのような形の構造物を以前にも見たことがあったのだ。その様子はぼんやりと頭に現れ、次第にくっきりとした輪郭をもちはじめた。
―
それは手のひらサイズの車のおもちゃだった。車輪が四つついており、それは自動で地面の上をゆっくりと進んでいた。その様子を私はじっとみていた。なぜそれが自動で動いているのかは分からなかった。そして私はいろんなところでそれを持ち歩いて遊んでいた。
そして私は胸の内に一つの感情を抱いていたのだ。とても不安な、寂しい感情だった。
わたしはある時、車が進む先に大きな段差があることに気が付いたようだった。止めようとして手を伸ばすも、間に合わずそれは落下してしまった。私は必死に歩いて、それを確認しにいく。それは壊れて、動かなくなっていた。私はとても慌てていた。後悔の念が胸の内に浮かんできた。そして小さな私は思ったのだ。
どうしてそれほど欲しくもなかったのに、欲しかったのか、と。




