第14話「魂の絆」
――― 宮廷での会談
ジョエルとレイシア国からの使者3名がアデリーナ女王のもとにやってきたのは日が暮れてからの事だった。サンクレア国側はアデリーナ女王とブラックス団長、ガリアーノ宰相が出席した。
レイシア国の使者達はとても奇妙な恰好をしていた。服装はサンクレアの正装とほとんど変わらない。しかし目や鼻の一部をすべてすっぽりと覆うような奇妙な眼鏡を着けていた。彼らはジョエルを除く全員が身に着けており、互いに手を交わし、挨拶する時であっても外す様子はなかった。もしかしたらそれはレイシア国側での普段のファッションなのかもしれなかった。だがサンクレア国の面々にとってはひどく奇妙にみえた。
両国の関係者は会談のために用意された部屋に入り、両国の面々は自己紹介を行った。レイシア国の使者は外務、防衛、それに厚生の実務を監督する者ということであった。
アデリーナは最初に謝辞を述べた。
「遠方はるばるからお越しいただきまことにありがとうございます。本来であれば私たちが貴国に伺ってお話させていただくところでしたが、わが国の事情によりジョエル・ホワイト卿にあまえさせていただきました。まことに感謝しております。」
ジョエルは答えていった。「こちらこそ本来であればわが国のヴァレンタン外務大臣やベルトラン防衛大臣、モリス厚生大臣が赴く予定でしたが、あいにく我が国も周辺各国との緊張関係が続いており、このような面々となりました。しかし彼らは実務責任者であるため、より具体的な話を早急にすすめることができると思います。」
アデリーナは重ねて謝辞をのべ、それから現在の状況を説明した。彼らは話を聞きながらメモをとったり、アデリーナの様子を伺ったりして真剣にその対応について検討しているようだった。説明が一通り終わったところでレイシア国の使者が発言した。男は最初にフランソワ・ブランシャールと名乗った。
「貴国の状況は逐一情報を連携させていただき理解しているところです。このジョエル・ホワイトからも報告があがっております。結論として、全面的にサンクレア国からの要望を受け入れることが可能です。」
ブラックスやガリアーノは互いに目を見合わせた。このような話が簡単に通るものではないと踏んでいたからだ。ブランシャールは話を続けた。
「その概要ですが、まずは順次国境付近にて、こちらで受け入れをさせていただきます。わが国に入る際には彼らがデプリヴンではないか確認をし、安全な入国となることを協力いただきます。それに一部を難民地域として準備し、そこから出ないこと。そしてそれらは一時的なものであり、長期的な受け入れは困難であることを説明させていただきます。もちろん職につくことを望むものについてはそのように手配する事も可能です。」
実際に実行するかどうかについてはまだ議論が必要ではあるが、準備は互いに進めるということとなった。彼らはさらに詳細についても情報交換を行い、それから近いうちに次回最終決定を行うことで会談は終了となった。
会談後、アデリーナ達は思い思いに話し合った。
ブラックスは驚きを隠せない様子で言った。
「あれほど簡単に受け入れ態勢を実現段階まで検討いただけるとは。これもホワイト卿の力あってのことかな?」
ジョエルは笑みを浮かべてからアデリーナに向き合っていった。
「わが国にとってもメリットはあるのです。サンクレア国の技術は非常に高い。それらの技術者がわが国にも協力していただければ、周辺国とのいざこざももっと早急に解決するというもの。もちろん、人道的な側面が最初にあるわけですが。それに、今もなお難民や移民が流入しております。それもかなりの数です。現在の状況で彼らをデプリヴンであるかどうか確認することは大変ですからね。そうであるならばいっそサンクレア国と協力して対処すべきであるという考えです。」
「なるほど。」
「しかし、まずは議会の承認を得ることでしょう。そこが進まねば話を進めることができない。」
アデリーナは自信満々に言った。「どうしてもわが国の両院には採択していただきます。明日も臨時招集を行いますからよろしくお願いしますね。」
ブラックスは呆れたように言った。
「これで4回目ですか。毎日演説するおつもりですか?」
「みなに理解してもらうまで何度でも。朝昼晩と一日3回やってもいいのですよ。それに今回の会談の話も共有しなくては。」
多くの者が退席した後、ブラックスは二人きりになったところを見計らってアデリーナに伝えた。
ブラックス「女王様、私はやはりこの方針については賛同していないのです。レイシア国の考えは目に見えている。わが国の技術力、技術者が欲しいのですよ。そしてその後、わが国に戻ることがそれほど計画した通りうまくいくと思えないのです。なし崩し的に併合されてしまうかもしれない。考え直すべきです。国をまもる方法は他にもいくつもあります。」
「しかし、もはやその時間はありません。やるしかないのです。」
アデリーナの決意は固かった。
――― 王立研究所の一室にて
「やっと帰ってきたのね。リリー。」
アデリーナは部屋に入ってきたリリーの元に駆け付け、そしておもむろに肩を寄せて体を預けた。
「結果の方はどうだったの?なにか分かった?」
「明確な糸口になるようなものはなさそう。でもヒントになるものはみつかったかもしれない。」
リリーの銀色で艶のある髪を指にまきつけながらアデリーナは言った。
「本当に?それは良かった。リリーも私にあえなくて心細かったでしょう?だって私もそうだったから…。」
リリーは少し引き気味で体をのけぞっていた。きっとこれもデプリヴン化の進行なのだと思うとすこし複雑だった。
「あ、あの~……。」
誰かの声があがった。トレバーだった。「僕もここにいるのですが・・話してもよいでしょうか?」
アデリーナは動じる様子もなく言った。「もちろんですよ。お願いします。」
「さきほどリリーさんがおっしゃった通りなのですが、ミスティック・オベリスクを確認していて少しヒントになりそうなものがありました。それにしてもあのような禁止区域に入ることができて私は感動しました。歴史的な価値も非常に高い。」
トレバーがそう言いながらテーブルの上に並べたのはいくつかの古い本や神の切れ端だった。それらはひどく長い間その場所に放置されていたことがわかるほど、紙の色は茶色に変色し、埃をかぶっていた。いずれもずいぶん遠くの昔に作られたものであることがその有様から容易に想像できた。
「まだすべてを確認したわけではありません。そもそもミスティック・オベリスクという名前についてですが、本来この施設には別の名だったようです。変更された理由はわかりませんが、国主導で極秘に運用していた研究所であることは確かです。そして、そこには多くの研究者が従事していた。主に特異的な人間を調査、研究していたようですね。
それから500年前、この施設は打ち捨てられました。その理由はよくいまのところ分かりません。もう少し詳しく調べないと…。ただ一つのキーワードが紙切れに残されていました。不老の因子はまだみつからないのか、と。」
リリーとアデリーナは顔を見合わせた。それはあきらかにリリーのことを指しているのは明白だった。長い間とらえられていたことは記憶にある。それは王によって捉えられてきた記憶だ。
(不老の因子…)
リリーが心の中で呟いた時、その言葉をもとに記憶の一部が刺激され、体内にエレクタが走り、一つの映像が脳裏にくっきりとよみがえってきたのだ。
――
「やはり分かりませんね。体の組成は人であるとしか言いようがない。エレクタの動きについてはどうだ?」
「人のそれとは異なっているようです。しかし、そこからなにか紐解くことができるかというと…。」
「そうか。これ以上成果がでないとなるともう国王様はここを閉鎖するだろうな。」
「そんな、なぜ?」
「無駄だと思われることは徹底的に排除するのが現在の王の考えだ。このような研究についての理解がされていない。前の王は理解を示していてくれたのだが。長期的な期間、それに多くの思考を投じてこそわが国の技術は発展してきたというのにそれをむざむざと打ち捨てるなど・・・。やはりレイシアへの移住を考えるか。」
「レイシア国?」
「かれらは技術力不足に喘いでいる。我々を高額な報酬とともに雇ってくれるかもしれない。」
「備えはいつ何時でも必要だ。」
「そうとなれば、いつでもお土産をもっていけるよう整理しなくてはならない。」
――
リリーはアデリーナに小声で耳打ちをした。「私はトレバーにも私の事を共有すべきだと思う。そうしたい。」
アデリーナも小声で言った。
「そうね。私たちだけじゃ解決できない問題かもしれない。あなたのしたいようにしして。」
それから二人は頷き合い、リリーはトレバーに向き直った。
「トレバーさん。これから話すことは私たちの間だけの秘密にしてほしい。もし他の研究者と共有する必要があるのであれば、私に繋がる情報は出さないでほしいの。それほどの秘密をいまから話します。」
トレバーは真剣な顔つきで頷いてみせた。いくぶん緊張した面持ちだった。「もちろんです。お約束しましょう。」
リリーはそれから彼女の記憶、それに彼女自身がどこにいたのか、なぜここにいるのか、これまでの経緯を順追って説明した。トレバーは目を丸くし、それから信じられないといったように驚きながら、それでも神経を集中させて聞き入っていた。話を聞くに従い彼は頭を押さえたり、小さく唸ったりしながらうずくまった。すべて聞き終わる頃には彼の表情は重くやつれ、眼はどんよりと暗く沈んでいた。
「すみません、あまりに多くの事を知りすぎました。そして多くの事を考えすぎました。……少し休んでよろしいでしょうか。」
彼はふらりと立ち上がり、扉のノブに手をかけた。それから思い出したようにゆっくりと振り返り、アデリーナに告げた。
「アデリーナ様、あなたのことについて話しておく必要があります。この間、あなたの申し出により体内のエレクタを調査しましたよね。あなたのエレクタには人とは異なる、そしてデプリヴンとも異なるエレクタの動きがみつかりました。それはとても不思議だ。新しいエレクタの流れをつきとめるきっかけになりそうです。あなたにしか痣がみえないことの解決への糸口に繋がるかもしれません。また、リリーさんについても調査させてください。エレクタ第一人者のデクランさんがいないことが残念ですが…、ええ、私はやってみせますよ…。」
トレバーはそう言ってから、部屋を退出した。
アデリーナはリリーに言った。「大丈夫かしら?」
―― 臨時招集による議会
アデリーナの演説は6度目だった。多くの議員は飽き飽きとしていたが、その根気強さを褒める者まででてきた。そうかもしれないと考えを改める議員もあらわれた。しかし大方の議員は頑として反対であり、ありえないという考えを固辞していた。そしてひそひそとささやき合い、お互いの意志を確認し合う議員もいた。
「女王様は正気なのだろうか。こんなことは絶対認められない。」
「もちろんだ。それに私はバリケード付近に土地を多く持っている。ここがなくなってしまうと価値の低い下層の土地にひっぱられて暴落してしまうだろう。大損害だ。」
「君のところにたくさん投資している私にとってもそれは大変困る話だ。絶対に避けなければならない。」
演説を終え、議会を後にしたアデリーナは執務室に戻り、椅子に埋もれるように座り込んだ。頭を上に向け、天井を見つめながらリリーに声をかけた。
「全く駄目。このままでは埒が明かない。」
「アディ。もうちょっと冷静に、柔軟に考えていかないと駄目かもしれないよ。」
リリーがたしなめるとアデリーナは反発して言った。
「あの人達頭が固いの。何度説明しても理解してくれないのだから。あと何度説明したら理解してくれるのかしら?私の演説を録音して、寝るときも聞いてもらおうかしら。」
その時、執務室を訪ねる者がいた。その者はセバシャン・ローリング。貴族院の一人であった。
「女王様。私は女王様のお考えに賛同するものです。どうか協力させてください。」
「ありがとう。ですがまだまだ賛成をする者がたりないわ。どうしたらよいと思いますか?」
セバシャンは頷きながら提案した。
「賛成を増やす方法は考えてみます。しかしまずは、多少強引かもしれませんがグレート・バリケードを止めるための算段だけは打って置いた方がいいのではないでしょうか。」
セバシャンの提案にアデリーナも頷いた。彼女の案が可決されてから準備するのでは全てが遅延し、後手になってしまう。今のうちにできることは進めておきたいところだった。
「ケイデンさん。あなたのところでグレート・バリケードについての情報は管理されているでしょう。その設計図やそれに関する情報について分かるものは全てもってきてほしいのです。」
ケイデンは驚いて聞き返した。
「あれは重要な機密情報ですよ?」
「もちろんです。」
「そんなものをもってこれるかどうか…。」
アデリーナは眉をひそめて言った。
「なにをいっているのです、あなた総務担当大臣でしょう?あなたができなくて誰ができるのです?」
「重要機密情報へのアクセスは議会の承認が必要ですが…。」
「いいのよ。承認は確実に後でとるから。もってきてください!」
ケイデンは眉を顰め、それから手を広げて首を振った。
「わかりました。ただ時間はくださいよ。探す手間もあるのですから。いつまでにやればいいのですか?」
「今日中でお願いします。」
「今日!?………わかりました。今日中ですね。」
ケイデンは結局は快く了承してくれた。ケイデンが出て行った後、アデリーナはセバシャンに言った。
「ケイデンさんはあれでずいぶん素直なところがあるのよ?頭が柔らかいというか、ああみえて意外と面倒見がいいというか。そういうところは私とても尊敬しているの。」
セバシャンは頷いた。「そうですね。なんといっても、ブレイク・ウィンスロー伯爵のご子息ですから。」
―― 2日後グレート・バリケード東部第三門前広場
ケイデンは翌日になっても情報をもってこなかった。心配になったリリーとセバシャンはケイデンの様子を確認にするために後を追っていた。東部第三門広場にケイデンはいた。そして彼の様子を物陰に隠れながら確認していた。グレート・バリケードの点検作業に来ているはずのケイデンはぼんやりと壁面に設けられた椅子に座っていた。彼はまったく何かをする様子はなかった。
セバシャンはリリーに言った。「何をしているのでしょう。」
リリーは答えた。「もう1時間もあそこにいますね。思い切って話しかけてみましょう。」
それからリリーは立ち上がり、そしてうつむくケイデンの前に立った。
「ケイデンさん。」
ケイデンはふと顔を上げた。そこにリリーとセバシャンが立ちふさがっていることに驚いた顔を見せた。
「……私を責めに来たのでしょう。しかし、私はどうにもこのグレート・バリケ-ドを止めてしまうということに前向きになれないのです。ここだけは…!守る必要があるんです……。」
「なぜですか?あなたにしかできないのですよ!」
リリーは幾分顔を紅潮させて言った。アデリーナとの約束を無下にしたからだろうか、それとも別の理由からだろうか、このように興奮したことはリリー自身にとっても驚きだった。
彼は口を開くこともなく首を振り、ゆっくりと立ち上がり、どこへともなく歩き去った。
セバシャンは彼の後姿に目を向けながら言った。
「彼はなかなかに難しい人ですからね。」
「そうなの?」
「今でこそあのような丸い性格ですが、昔は違いました。もっと棘のある男だった。彼はもともと武官であり、それから彼の家柄のせいもあったでしょう。上から目線で高く留まった男だった。まぁ、貴族の勘違いした息子によくありがちなことです。部下からも厄介に思われ距離をおかれていた。それでいて自分への批判にはすぐに感づくような抜け目のない男でした。そして頑として自分の非を認めない性格でもありました。」
「こまり・・ましたね。」
リリーは肩を落とした。リリーには彼がなぜやらないのかが分からなかった。そしてすぐに考えることをやめた。とにかくやらないことを責めたい気持ちでいっぱいだった。
―― アデリーナの執務室
アデリーナはリリーに確認した「どうだった?」
「グレート・バリケードを壊すことに反対のようですね。グレート・バリケードの情報を持ってくるつもりはなさそうです。」
「やっぱり!」
アデリーナは怒って、テーブルの上面を手のひらで叩いた。バンと勢い良い音が部屋中に響いた。ともに席に座っていたブラックスは我関せずという表情だった。
アデリーナは言った。「どうもやる気がみえないわね。」
リリーはブラックスに尋ねた。
「そういえば、近衛騎士団でもデプリヴンによる被害件数が下がっているという報告がありました。その影響もあるのかな?」
ブラックスは言った。「その件については現在も調査中だ。しかしやはりおかしな動きをしている。複数個所に集まって、なにかを計画しているような素振りがある。」
アデリーナは眉をひそめた。「計画?」
「彼らは何者かによって動きを統制されている。デプリヴンは本来、思考が単純化し、手あたり次第に人を襲うものだが、そうでないものも多数存在するということだ。彼らは身を隠す頭をもっている。リリーが報告してくれた、バーナードもそうだろう。」
リリーは思い出すように言った。
「彼はデプリヴンの中でもとても珍しい存在だったと思う。すべての行動は自省され、そして、自らをコントロールしているようだった。でもそのようなデプリヴンが多数いるとは思えない。特定のデプリヴンが裏で統率しているとしか…。」
アデリーナは頷きながら、ブラックスに尋ねた。「どこに集まっているのかわかるのかしら。」
「被害件数が下がっているのはグレート・バリケードの東部、南部、西部の三か所の主要な門が顕著ね。ここのデプリヴン達が集団で何かを企てようとしているのは明らか。」
「ぼやぼやしている暇はなさそう。でもケイデンが動いてくれなければどうにもならない。どうしたものでしょう。」
セバシャンは言った。
「ブレイク・ウィンスロー伯爵にお願いするというのはいかがでしょうか。」
ブラックスは頷きながら、付け加えて言った。
「彼にお願いして、もし頷いてもらえればおそらくほとんどの、いや全ての貴族たちは頭を縦に振るでしょう。それほどの影響力がある。貴族院を説得するには一筋縄ではいかない。彼らは利害関係者と多く結びついており、正攻法でその牙城を責めるのはほとんど不可能だろう。亡きアイザック・グレンヴィル王もたびたび手を焼いておられた。王よりも貴族院の決定権の方が大きい、という状況は近年ますます加速しているのだ。」
「わかったわ。ウィンスロー伯爵に会いましょう。」
「では早急に使いを寄こします。そして訪問する準備を整えましょう。」
セバシャンはそう言って執務室をでていった。
――― 出発時
ひどく強い雨がふっていた。木々の間から零れ落ちる大粒の水が車を揺らす。空にはとても厚く暗い雲が一面に広がっていた。日中だというのにあたりは暗く沈んでいた。雨足はさらに強まる様子をみせていた。
セバシャンは言った。「ウィンスロー伯爵の屋敷は南部メイデンウィル・ウッド付近の大邸宅です。ここから西回りにいくと早く着くでしょう。ひどい豪雨ですが 時間には十分間に合うはずです。」
その言葉にブラックスはちょっと待てと言って口をはさんだ。
「たしか大きく東周り、西回り二つの道があったはずだ。遠回りにはなるが東周りからいったほうがいいだろう。」
その提案にセバシャンは驚いた顔をした。「しかし、西回りの方が・・。」
「はっは。任せてください。私は近衛騎士団長ですよ。このあたりの地形にはそれなりに詳しい。東で言った方が遠いですが、雨が降るとあそこはぬかるみやすいのです。車で進むのは得策ではないでしょう。おそらく東回りの方が早い。」
「そうですか。」
こうして一行はグレート・バリケードを抜け、東部に伸びる道からウィンスロー伯爵の屋敷に向けて移動をはじめた。
ブラックスはブレイク伯爵についてアデリーナに説明をした。知っておいた方がよいと思ったのだ。
「ブレイク・ウィンスロー伯爵。彼の功績は数多あるのだが、もっとも知れ渡っている功績がある。それは軍の編成方法を変更したことだ。いままでのピラミッド型の指示系統を中規模単位の編成に変更、それぞれが有機的に動けるように、臨機応変に対処できるように組み直した。そしてそのまとまりの分類を10地区制とし現在の形にしたのだ。結果として、国全体の兵力、団結力を維持しながらそこに、機動性や機能性を付け加えたのだ。それは現状のデプリヴン討伐においても有効に現れている。
だがそこ付随するエピソードがある。10地区では人数がふえてきてまとまりが悪くなってきたため、部下達が11地区制に変更しようとしたとき、突如としてウィンスロー氏は反対した。彼は11地区制を否定するばかりか、10地区制さえも否定した。部下達は混乱した。現在の枠組みを作った本人が否定し、そんなことよりもっと別の事を考えろ!といって叱ったのだ。多くの者は驚き恐怖した。陰では頭がぼけてしまったのではないかと揶揄する者もいた。」
ブラックスが話す中、窓の外の光景はひたすら木々が連なる緑の中を進んでいた。雨で深く色褪せ、くすんで見えた。
「つまり、彼は絶大な力を保持しているというのに、議員達からは距離を置かれ、多くの議員たちがやりとりしたがらない難しい人物であるということだ。そして容赦なく切り捨てられる。まるできまぐれであるようだ。部下はその理由も分からないままだ。そんな人物と交渉しにいこうというわけだ。困難を極めるだろう。まだ貴族院の連中を一人ずつ説得して回った方が楽だと私は考えるが…。」
アデリーナは首を振ってこたえた。
「それでは時間がありません。どうしてもブレイク・ウィンスロー氏に認めてもらわなくてはいけません。」
その時、突如として車が大きく跳ねた。それからしばらく進み、車は止まった。車のエンジン部から煙が出ている様子が分かった。運転手が降りてきてその車の様子を調べていた。それからしばらくして窓を開けアデリーナに伝えた。
「すみません。どうやらエンジン部の故障のようです。どうしましょう。連絡をとってきますのでお待ちいただけないでしょうか。」
「どれくらいかかるのです?」
「これから走って、連絡をとって、・・・3時間ほどかかってしまいます。」
「それでは約束の時間に全く間に合わない。歩くとどれくらい?」
「1時間ほどです。」
「そうですか。では走っていけば十分に間に合いますね。いきましょうか。」
セバシャンは驚いて言った。「待っていた方がよいのでは?せっかく・・・。」そして口をつぐんだ。すぐに言い直して言った。「いや、運転手さんがせっかく連絡をとってくれるのですから。それにこの雨ではずぶぬれですよ。」
「でもそれでは約束の時間に遅れてしまう。それはよくないことです。いきますよ。」
ウィンスロー伯爵の屋敷についたのはそれから、およそ1時間後の事だった。一行は全員が雨で濡れ、その服装はひどい有様だった。アデリーナにしても同様だった。靴やスカートはもちろんのこと、上着にまで泥が跳ね、しみとなって汚れていた。
「間に合ったわね。」
みな息が上がる中、アデリーナは時刻を確認した。それから自らの服装を確認し、上着を脱いだ。アデリーナは振り返って言った。「せめて汚れている上着は脱ぎましょう。よいですね?」
しばらくして召使が現れ、一行を屋敷に招き入れた。
屋敷は広大な敷地の中にぽつりとたたずんでいた。それは大きく豪華な佇まいだった。エントランスは大きな間取りで豪華な絨毯と、階段が二回へと続いている。広間には美しいはなの行けられた花瓶がいくつも用意され、それらがつねに手入れをされている様子が見受けられた。
正面の扉がから現れた70台ほどの男がいた。髪の毛は綺麗な白髪で、豊かな髭を蓄え、威厳を感じさせた。彼は杖を突きながら歩いていたがその立派な体格はいまでもなお体を健康に保っている様子がうかがえた。彼はしっかりとした足取りでやってきて、女王一行に対して挨拶を行った。
「これは女王様。足元の悪い中はるばるといらっしゃいました。しかしその姿はどうされたのですかな?」
「これは伯爵。雨の中、車が立ち往生してしまい、そこから歩いてまいりました。お約束の時間に遅れるわけにはいかず。」
「日を改めていただいてもよかったというのに。上着はどうされたのかな?」
「伯爵のご邸宅をよごすわけにはいかず、置いてまいりました。」
「ふむ、それはなんと大きなお心遣いだ。」
「今日でなくてはいけないのです。ですから、このような形で来たことをご容赦ください。」
ブレイク伯爵はその言葉を聞いて眉をすこしあげた。それから召使たちをよび、衣類を持ってこさせた。
「お体にさわってはいけない、丁重に扱うように。暖かい食事を用意しておりますからどうぞおあがりください。」
―――
大きなテーブルにアデリーナとブレイク伯爵は向かい合うように座っていた。ブレイクの隣にはその妻のイザベラが座っていた。アデリーナの隣にはリリー。それにセバシャン、ブラックスが座った。
テーブルの上には様々な料理がすでに準備されていた。パリーダ地方の伝統的な料理が並んでいた。「いずれも、このイザベラが考案し、調理したものです。妻は料理を趣味にしていましてね。」
イザベラは自己紹介を兼ねて料理の説明を行った。「この地方で古くから伝わる料理なのよ。お口に合うかは分からないけれど。ぜひ召し上がってくださいね。」
アデリーナはその料理の数々を見て感激した。どれも彩りがよく、美味しそうに映えていた。
「素晴らしいですわ。」
「さぁ、召し上がってください。」
食事会が始まった。一同は思い思いに料理を食べ、感謝の言葉を口にした。
「どれもおいしいです。私と、となりのリリーは美味しいものが大好きです。」
アデリーナが言うとブレイクは目にしわをよせて微笑んだ。それは多くの人々に恐れられ、避けられてきた男の表情だとは思えなかった。まるでわが子を見守るような暖かい視線のように思えた。
「アデリーナ様はいまおいくつだったかな?」
「18歳です。」
「そうか、おとなりの近衛騎士のお嬢さんは?」
リリーは熱心に食事を口に放り込んでいた手をとめ、そして咄嗟に答えた。「1700・・・」
「18才です。私と同じです。」
アデリーナは急いで訂正してこたえた。ブレイクは何度も頷きながら言った。
「そうですか。しかしその年で女王様付きの近衛騎士に抜擢されるとは、よほど腕が立つとみえる。わしはたいてい顔つきを見ただけで技量がわかるんじゃ。かなりの腕前じゃろう。」
「アデリーナ様をお守りするのが私の役目です。私は・・まだまだ。」
ブレイク伯爵は何も答えず、笑顔で頷いてみせた。それから付け加えるようにいった。
「年を取るとな、何事も色褪せてつまらなくなるもんじゃ。わしのような老体ではこのような料理をたべていてもつまら・・」
そう言いかけてから、鋭い視線を感じ、ブレイク伯爵は言い直した。「しかし、今日の料理は格段にうまい。うん、これはうまいのぅ。」
食事が終わると食器類は片づけられ、美しい花柄の茶器に熱い紅茶が注がれた。それぞれの前に差し出され、中央には赤い薔薇を行けた瓶がおかれていた。
「それで、本日はどのような話だったかな?」
アデリーナは真剣な表情になった。
「わが国民を救うために、グレート・バリケードを停止させる。そのためのお力添えをいただきたいのです。」
ブレイク伯爵はその言葉にしばらく言葉を発さなかった。それからゆっくりと頷いて言った。「詳しく説明してもらえますかな?」
それからアデリーナはこれまでの経緯を説明した。アデリーナが説明する中、ブレイク伯爵は目を閉じ、ただ静かに聞き入っているようだった。それからおそらくは彼の頭の中で様々なことが思考されているようだった。
「なかなかによい考え。女王様には見どころがある。」
ブレイク伯爵はそういった。「しかし少しばかり確認したいことがあるのでな。こちらにいらしてください。」
ブレイク伯爵につれられて、アデリーナ達は大きな広い間取りの部屋に連れてこられた。気が付くとブラックスとセバシャンはどこかに消えていた。
そしてしばらくして、部屋には何名ものブレイク伯爵の兵士がいた。甲冑のこすれる金属音が部屋中に鳴り響き、そしてすぐにぴたりと止んだ。
「リリー殿。腕試しといこうではないか。一つの余興じゃ。」
兵士たちがリリーを取り囲んだ。みな剣を抜き、そしてリリーにその刃を向けていた。
アデリーナは驚いてブレイク伯爵に言った。「どういうこと・・ですか?」
ブレイク伯爵は笑いながら言った。「まだわからんのか?アデリーナ様はもうわしに囚われの身、ということじゃな。」
そういってブレイク伯爵は鋭い短剣を手にもち、アデリーナの喉元に近づけた。
リリーはその様子をみて、うかつだったことに気が付いた。どうしてアデリーナと距離をおいてしまったのかと悔いた。
「こうもすんなりいくとは思わんかったわい。さぁ、リリー殿、手に持った剣を捨てなさい。そして、女王様。あなたには今から一つの選択をしていただこう。」
リリーは言われるままに剣を足元に投げた。鈍い金属音が鳴った。
アデリーナは信じられないというようにブレイク伯爵を睨みつけた。
「卑怯だと思ったかな?しかし実際の戦いに卑怯などは存在しない。勝つか負けるか。実はデプリヴンの病におかされておってな。だからこのような卑怯な真似もできるというものじゃ。それでは、女王様。あなたの考えを認め便宜をはかってもよいが、その場合にこのリリーという部下の命をもらおう。もしくは、それを拒むのであれば便宜をはかりはしない。どうするかのう?」
女王は首を振りながら、尋ねた。「なぜそのようなことを…。」
「さぁなぜでしょうな、わしにもわからん。老いぼれると何事もつまらなくなる。こうして、少しでも面白いことが起こるように祈るのが先の短い老いぼれの楽しみでもあるのじゃ。しかしグレート・バリケードを止めるなどとなかなか面白い事を考えたものだ。よほどのうつけか、よほど見上げた者か。いずれにしてもその考えが少なくとも半分正しいと思ったら、わしはやらせることにしている。そういう意味で約束を守ることは誓おう。さぁどうする?」
アデリーナはリリーをみた。リリーは死ぬことがないと言っていた。
(でも、今度はそうではないかもしれない…。死なないなんてなんの根拠もない…。)
なによりそのようなリリーの姿を見ることは耐えられない。しかし、国民を守るために、かならず首を縦にふっていただき、協力していただかなければいけない。
(私は・・・。)




