破滅の女神とは【20】
よって、リオは間もなくミナトへと頭を下げてみせた。
「……あの……その……ごめんなさい」
「……? なんかあったのか?」
顔を合わせて謝って来たリオを見て、ミナトは頭上にハテナを浮かべた状態で小首を傾げた。
ミナトからすれば、なんの脈絡もなく、いきなり謝られている様にしか感じられなかったからだ。
けれど、リオの視点からすれば、ごめんなさいで済むとは思えないレベルだった。
「なんてか……さ? 私、パインさんに意地悪な事しちゃったから……お兄ちゃんが怒っているかな……って」
「ああ、そう言う事か……まぁ、なんてのかな? お前がパインの事をあんまり快く思ってない気持ちも少しは分かるんだ。立場が逆だったら、きっと俺も似た様な感情を持つと思うからさ?」
申し訳なさそうな顔になって言うリオに、ミナトは笑みのまま声を返した。
実際問題……これが逆だったのなら、ミナトだって良い気分はしない。
例えば、ミナトが自宅から学園寮に通う側の人間だったとして。
その上で、久しぶりに自宅へと帰って来たら、妹の彼氏がいきなり自宅に住み着いていた。
……と、この様なシチュエーションが発生していたとするのなら? その時のミナトはどんな気持ちになってしまうだろう?
きっと、大なり小なりの悪感情を抱く筈なのだ。
そして、少しだけ妹が遠くの存在になってしまった事に、幾ばくかの寂しさを抱いてしまうに違いないのだ。
もちろん、リオの相手に対して……ミナトだって最初は良い顔が出来ないんじゃないのかなぁ……と、ミナトなりに予測する。
ここらを考慮するのであれば、リオがパインに良い顔をする事が出来ないのは、仕方ない。
むしろ、兄であるミナトを慕っているからこそ、つい高圧的な態度を無意識に見せてしまう。
そう考えるのであれば、リオなりにミナトへと好意を持っているからこそ、思わずやってしまった……と言う、一定の理解を持つ事が可能だった。
尤も……ミナトの場合は飽くまでも『妹として』の観点からではあったのだが。
どちらにせよ、人間が持つ『好き』と言う概念は一つではないのだから……ミナトとしても、リオの気持ちを多少は理解する事が出来るし、一概にリオを責める訳にも行かないよなぁ……と言う感じの、柔軟な思考を持つ程度には寛容な答えを出す事もまた可能であった。
「パインはパインでさ? それなりに苦労しているみたいなんだよな?……ま、全面的に面倒を見てやれとは言わないけど、もう少し……うん、少しだけで良い。パインに優しく接してやってくれないかな?」
ミナトは、緩やかな笑みのままリオへと答えた。
「………うん」
リオは頷く。
地味に頷きの間に若干の沈黙があったのは、リオなりの複雑な心境があったからだ。
結論からして、ミナトはリオに対し、そこまで怒っている様子はない。
ここは、リオからすれば僥倖に値するまでの幸運だ。
同時に、広い心を持つ兄の優しさに感謝したい。
やっぱりお兄ちゃんは、思い遣りのある人! だから大好き!
しかしながら、その反面……パインを思い遣る気持ちもある事が、リオには気に入らなかった。
寛容なミナトだからこそ、パインに対しても優しい気持ちをみせると言うのは、リオにも分かる。
そう言う大らかな人物であるからこそ、リオだってミナトが好きなのだ。
けれど、大らかであるが故に、リオの心も穏やかではいられない。
誰にでも平等に見せる、その大らか過ぎるオープンな優しさが、リオにとって強い焦燥感にすらなり得るのだから……本当に、複雑だった。
しかしながら、今回に関して言うのなら、リオもやり過ぎたと反省している。
これらを総体的に加味するのであれば、素直に頷く事が一番の上策だろう……そう、リオは考えたのだった。
「私、パインさんにも謝るよ。これで直ぐ許して貰えるとは思ってないけど……でも、まずは自分の誠意を見せる事から始めようかな? って、思っているよ」
「うん、それが良いと思う」
リオの言葉に、ミナトは素早く相づちを打った。
同時に、柔和な笑みを満面に浮かべる。
穏やかな程に穏やかな……快晴の空を彷彿させる、心からの笑みだった。
「………」
リオは、ぽーっとなってしまう。
満面の笑みを無邪気に見せる兄の姿に、思わず見惚れてしまう自分がいた。
……ドキドキしてしまう自分がいた。
やっぱり……私は、お兄ちゃんが好きなんだなぁ……。
フルスロットルで激しく脈を打って来る鼓動の荒々しさを実感しつつ、リオは自分の気持ちと言う物を知った。




