異世界のトンネル
いやま、なんというか。
確かに日本でも旧道やら昔のトンネルを見物するのは趣味だったけどさ。
まさか古代の、しかも異世界の、そして、すでに遺跡となってるものを探索する羽目になるとはね。しかも愛車でさ。
人生って不思議だ。
突入前に水と食料の確認をした。
「昨夜の補充が効いているな。これなら数日は平気だろう」
食い物はあるけど水が心配だったわけだが、よし。
なにしろ無補給でシャリアーゼまで行けるよう、水もせっせと積んだからな。床下の倉庫には、俺が例のアレで増やしたポリタンが何個も並んでる。
え?いつのまにやったんだって?
実はラウラが加わったあたりから、ひとが増えるたびにポリタン一個増やしてたのさ。水はなくなると本当やばいからな。
まさか、こうも早くそれが役立つとは思わなかったが。
「じゃあ行こう」
「うむ、了解だ」
キャリバン号で待機しオルガにあけてもらった。
徐行で中にいれると、背後で扉がしまった。
「オルガ」
「ん?」
「中から開くかもテストしてくれ」
「慎重だな」
「念のためだ」
「わかった、ちょっとまて。『開放』……いいぞ行ける」
開くことを確認すると、俺たちは前を向いた。
「明るさに問題はないが、ロービームで点灯して進む」
そういうと灯火をつけて、そして徐行で進み始めた。
「アイリス、危険はないかチェックしててくれ。オルガも何か見つけたら頼む。
あと、車内の燈火類はなんでも使っていい。照らしたいもの、確認したいものがあったらなんでも言ってくれ」
「わかったー」
「うむ、任せるがいい」
そんな話をしていたらラウラも3つの顔をだしてきた。わたしは?わたしは?と言っているようだ。
「こらこら、くすぐったいっつの。わかってる、おまえも見つけたら頼む」
「わんっ!」
見ればササヒメもオルガの肩口で似たようなことをしていた。
あはは。
トンネルは、日本でいえば旧規格の国道トンネルサイズだった。
もう少し具体的にいうと、国道17号で関東と上越を結ぶ、いわゆる三国トンネルを想像してほしい。あるいは昭和後期から残されている国道といえばわかるかな?
現代のバイパス的な広さはないが、それぞれの方向に車線が確保され、車がすれ違うには問題ない広さがあるってことだ。……地球の車道と違い、センターラインはないけどな。
オルガたちによれば、この世界の馬車や魔獣車の幅は日本の小型自動車と大差ないそうだ。
さもありなん。
だいたい、乗り物のサイズは無意味に決まらないものだ。
たとえば馬車なら、せいぜい横二頭建てくらいが最大サイズであり、それ以上は一般的な用途じゃないだろう。無意味に大きくしても馬の力は限られるんだから、おのずと最大サイズは決まってしまうわけだ。
そして幹線道路も当然、その「だいたい平均的な乗り物のサイズ」を基準に作られる。
道路の轍。
橋梁やトンネル、ひいては渡し船のサイズまで。
乗り物のサイズが規格外ということは、その全てで困るということ。
「俺は素人だけど、どこでも道が大差ないっていうのはつまり、そういう事だと思うんだ」
「ふむ、おおむねその理解で間違いないだろうね」
オルガは微笑んだ。
「まぁもっとも、この世界の乗り物は現状、各地に残るこの手の遺跡道路を基準にしている事が多いんだ。だからある意味正しくもあり、間違いでもあるかねえ。
でも、乗り物にあわせて道があり、道を走れない乗り物は一般的じゃないっていうのは賛成だねえ。理屈にあってる」
「ありがとう」
そんな会話をしつつ、俺は異世界の長い廃隧道を走っている。
ちなみに入ったところでトリップメーターをゼロにしたんだが。
「そろそろ入洞から10キロってとこか。変わったものはあったか?」
「ないよー」
「特にないねえ。既存のムラク道のトンネルと基本的に同じらしい」
そうなのか。
「これが他にもあるのか……思いっきり地球のトンネルと同じなんだが」
「そうなのかい?」
「そうだよ。思いっきり」
それも明治隧道みたいな古臭いのでなく、近代的な一体成型風のコンクリ・トンネルにそっくりときた。
ちょっと解説してみよう。
まずトンネルは日本にもよくあるカマボコ型の断面だ。それも古いトンネル群みたいに歪んだ円形じゃなくて、近代広報のトンネルみたいに完全な円になっているように見える。
え?ああもちろん、下の道路は平らだよ?
だけどおそらく、この平らな地面の下にもなんらかの構造物があり、このトンネル自体の断面は真円に近いんじゃないかと思う。
さらに壁面は明るい。平成時代のコンクリ壁みたいな色だ。
ついでにいうと、時々ある埋め込み型の明かりもおかしい。まるでLEDの光だ。
これが遺跡だって?ウソだろ?
しかもだ。
「……メモまでありやがる」
「メモ?」
「あれだよ。いつのか知らんけど管理者のメモだろあれ?」
地面付近や天井、さらに壁面に何か書いた跡がある。
「あれはシャリアーゼの方にもあるし、ムラク道の海底部からも発見されている。よくわかってないんだが」
「どうせ数字とか意味不明の事柄が書いてあって、でも落書きじゃなさそうって感じなんだろ?」
「うむ、そうだ。何か心当たりがあるのかねえ?」
「地球と同じならって前提だけどな」
俺は前置きすると話した。
「地球だとこういう落書きめいたメモって、現場の管理担当者のものである事が多いんだ。作業に必要なデータとかを現場に書き付けてあるのさ。
どうせトンネルの内壁なんて、ひとつひとつ見て回るのはマニアくらいのもんだからな」
「ふむ。そして君はそのマニアと」
「ハハ、俺なんざ、ただのド素人の観光客さ」
俺は基本、マニアのネット記事を見て見物しにいくのが趣味の人間だ。
当然、オリジナルのマニア以上になるわけがない。
そういうと、俺は質問を変えた。
「ところでオルガ、灯火が地球のLEDの明かりに似てるんだが」
「LED?」
「そこの青い手回しランプつけてみろよ。それがLEDの光だ」
「これか?」
ミラーの向こうでオルガは俺のLED式手回しランタンを手にとり、明かりをつけてみた。
「ああなるほど、原理はまるで異なるだろうが発光プロセスは近いかもしれんな……これは電気によるものだろう?」
「そうだよ。下にハンドルが畳まれてるのわかるか?それを回して蓄電するんだ」
「なるほど、理屈は単純だがわかりやすいものだねえ」
もともと防災用に買ったんだけど、古式ゆかしい灯油ランプの姿をしているのはもちろん俺の趣味だったりする。
一切空気を汚さないので、車中泊の夜の明かりにしていた。
「そいつさぁ、実は転移で唯一そのままなんだよね?」
「ふむ?ああ、魔力で動くようになってないという事だな?」
「そそ」
他の燈火類は、みんな魔力で動くように変わっちまってた。ライターやコンロはそのままなんだけど、懐中電灯のたぐいは全部魔力式になってた。
なのに、これだけは灯火なのに変わってないんだ。
そういうとオルガは「ああ、それは簡単だな」といった。
「簡単?」
「異世界人が、特に自前で持ち込んだ燈火類が魔力式に変化しているのはよくある事なんだが。
しかし、このランプについては問題ないとみなしたんだろうさ」
「みなした?誰が?」
「もちろんハチ、きみ自身さ」
???
「おや、わからないのかねえ?」
オルガさんや。
その期待に満ち満ちた顔、まるでピュアな生徒の反応を期待して待ってる小学校の先生だよ。
まぁ、面白いので乗ってやろう。
「うーむ……先生、理由を教えてください」
「そうか……あいわかった」
オルガは笑うと言った。
「燈火類の変化は他でもない、キャリバン号が魔力システムに変わった理由と同じなんだよハチ。
電灯である限り、動力源である電池がないと動かない。
君のその認識こそが、君の愛用品の電灯を魔力灯に変えてしまったわけさ。
な?
キャリバン号と一緒だろう?」
「たしかに」
言われてみればそのとおりだった。
「じゃ、逆にその手回しランタンが変わらなかったのって、もしかして」
「おそらく間違いない。
回せば光るこの電灯については、電池がなくても問題ないとキミは認識していた。
だから変わらなかったというわけだな……違うかねえ?」
「違わないな」
俺は日頃、手回しランタンを電灯と認識してない。ハンドルを回すと光るからだ。
「なるほど、そりゃそうだ。なんかマヌケな質問でごめん」
「いやいや、疑問をもち、それを解決するのはよい事だ。たとえ、それがどんなに小さな、つまらないものだったとしてもね。
知ってるかねえハチ?『この世はくだらない失敗でできている』という言葉を」
「……なにそれ?」
「世界を塗り替えるようなものすごい発見も、最初のきっかけになるのは、実はほんの小さな、でも馬鹿げたイレギュラーがきっかけで起きているってことさ」
「……」
「わからないって顔だねえ?
まぁ、いつかキミが何か大きな発見をするとしたら。
その時にはもしかしたら、わたしの言葉を思い出すのかもしれないねえ?」
そういうと、オルガはクスクス笑った。




