謎の森を目指してみる
アイリスの見つけたポイントへ到着への移動だけど、野営せず夜を徹して行う事になった。
そうなった理由なんだけど。
「わたしの予想通りだと、ポイントに近づけば人間族の探知にはかからないはずだねえ」
「なんで?」
「植物系の魔物は、空気中の余剰な精霊分や魔力を吸い込む仕掛けがあるからなんだねえ。つまり」
もしかして。
「俺の魔力も吸われるから、探知されなくなる?」
「正解」
「へえ」
電波を吸っちまうからレーダーに映らないようなもんか。
「植物系のものが集まると、どこでも多かれ少なかれそうなるわけだけど、ましてや仮にも樹精王関係だしねえ。
結界のように働く可能性が高くて、微弱な探知システムを騙すには充分というわけさ」
それは頼もしい。
「でも、どうしてそんな仕組みになってるんだ?」
「なんでだろ。オルガさん」
「うむ、わたしもそっちの専門家ではないから推測なんだが、森を『ゆりかご』にするためと言われているねえ」
「ゆりかご?」
アイリスが首をかしげた。
でも俺は、なんとなくオルガの言いたい事がわかった。
「つまり、ある程度濃厚な精霊分で満たすことで魔物化した生物が過ごしやすくなってるって解釈でいいか?」
「正解。あと、精霊分をもたない生き物を拒否する意味もあるねえ。いわば毒の空気で満たされた森だからね」
「なるほど」
だから、ゆりかごか。
微妙に理解してないらしいアイリスに少し説明してやった。
「アイリス、普通の森で考えてみればいいさ」
「普通の森?」
「森の木々は太陽の光を遮って、日当たりが悪くなるけど涼しかったり、湿気の多い空間を作るわけだろ?
で、落ちた大量の葉っぱは積み重なって腐り、草を育てる栄養になって。
さらにそれを狙う小さな生き物が集まり、結果として森の中にひとつの生態系ができるわけだ」
針葉樹と広葉樹で大きな違いはあるけど。
ただ真竜の森もそうだったけど、このあたりの森は広葉樹が多いようだからね、理解できるだろ。
「あー……そっか。精霊分をわざと濃くする事で、そっちに耐性のある生き物にわざわざ有利にしているってこと?」
「ああ、こういうこった。こっちの植物をよくしらないから、そうする事がどういう利点をもつかまではわからないけどな」
うむと俺はうなずいた。
時間は夕暮れになり、そして暗くなってきた。
「灯りがないから夜は真っ暗だよなぁ」
キャリバン号は古いからヘッドライトの光量も知れてる。あまり無理はできないな。
「夜間は追手側もあまり飛ばせないからね。移動できていればいいさ」
「え、そうなのか?飛んでるのに?」
「ハチ、移動中に現在地を知る方法は何があると思う?」
「現在地?」
「そうだ。君が持っているような仕掛けなしでね」
そりゃあ。
「羅針盤はあるのか?」
「らしんばん?」
「現在位置や方向を知るための指針にする精密機器さ」
「方位磁石はある。でもそれだと現在位置はわからないだろう?現在位置の把握は?」
「そりゃ、レーダーもGPSもないなら目視と地図で見比べるしか……あ!」
オルガの言いたい事がわかった。
「そうか、暗くなったら位置確認が不便になるのか!」
「あと、そろそろ月が丸くなってきたねえ。星読みに使える星も限られるだろう」
あー、確かに。
地球に星座の概念があるのは、夜空の星を見て方角を見たり、暦を作って役立てていたからと聞いたことがある。星はひとつの指針なわけだ。
当然、闇夜でも極端な月夜でも星は読めない、あるいは読みにくくなる。
昼間より不利になるのは当然か。
「なるほど、夜間はこっちが有利というわけか」
「でも油断するなよ。運転者が君しかおらず、しかも空を飛んでるわけじゃない。危険がないわけじゃないんたからな」
「そうだな……まてよ?」
俺は少し考えた。
「なぁオルガ」
「なんだい?」
「もしかして……俺とつながっちまったって事はオルガも運転できるんじゃね?」
「……え?」
「いや、え、じゃなくてさ」
なぜかオルガは、ぽかーんと俺の顔を見ていた。
「そりゃま、運転そのものは練習が必要だろう。でもクルマの運転ってそんな難しいものじゃないしな。
俺がいれば魔力の供給はできるわけで、しかも精霊分的には同一人物扱いなんだろ?
だったら……今度練習してみるか?」
「……」
「オルガ?」
「……それは、想定してなかったねえ」
オルガは心底驚いた顔で俺に言った。
「言っておくが、あくまでわたしは予備要員だぞ。
こういうシステムは元来、持ち主専用にできているものだ。本当にわたしが運用した場合、何が起きるかわからないんだからな」
「そんなに厄介なものなのか?」
「あたりまえだ。
そもそもハチにとってこいつは『道具』なんだろうけど、魔術的にいうと『騎獣』に近い性質のものなんだぞ。しかも本来、完全に持ち主専門であって他者はふるい落としてしまう。そういうものなんだ」
「へぇ」
そいつは初耳だ。
「アイリス嬢、ハチに騎獣問題については教えてなかったのかねえ?」
「あー、ちゃんと教えてないかも。ちょっとくらい触れたかもしれないけど」
「なるほど。今、わたしが話していいかねえ?」
「うん、いいよ。ごめんなさい」
「かまわないさ、わたしだって今は身内なんだからな」
オルガはアイリスに微笑んだ。
「このキャリバン号みたいなのは珍しいが、過去に異世界人が乗り物に乗っていたケースは結構、報告されてるんだ。
ただし、機械の乗り物はまずない。むしろ騎獣、つまり騎乗できる大型動物や魔獣である事が多い」
「魔獣?こっちで飼って慣らしたってこと?」
「いや違う。この世界以外の場所から呼び出す、あるいは自分で創造したりしたらしい。自分の力でね」
「……」
「そう悩むな、詳しいところはよくわかってないんだ。
でも、過去に確認された異世界人の騎乗動物を聞けばハチも納得すると思うぞ?」
「……そんなにとんでもない奴ばかりだったのか?」
「ユニコーン、ペガサス、サーベルタイガー……果てはドラゴンゾンビまでいたようだが」
「ドラゴンゾンビ!?」
「ハチの世界には、こういう生き物が現実に闊歩しているのかい?」
「いねえよ!いてたまるか!」
ドラゴンのしかもゾンビが徘徊するって、それもう地球じゃねえだろ。
「だから言ったろ、どこかから呼び出すか創ったんだろうって。
どこかの異世界に存在するというのなら、呼ぶための魔力と、そこに接続できるだけの意思があれば召喚自体は可能だよ、原理だけならね」
「……」
「ま、細かい話はいいさ。
ここで重要なのは、これら記録にある騎獣たちは呼び出した者の命令しかきかないってことだ。
アイリス嬢はハチの大事な旅のパートナーでアシスタントであるわけだが、アイリス嬢も運転はできないだろう。おそらく拒否されるか、操作しても動いてくれないはずだ。
そうだよな、アイリス嬢?」
「うん。ハンドル触っても動かなかったよー」
ほう、試してみたのか。
「まぁ、そんなわけだ。
もしかしたら今のわたしなら運転できるかもしれないが、それは悪く言えばシステムの裏をかくようなものだ。もしキャリバン号がクルマでなく騎乗動物だったら、振り落とされてもおかしくない状況だと思わないか?」
「……なんとなく理解できた。確かにまずいかも」
「そういうことさ。だから、たとえ運転できたとしてもあくまで非常用と考えてくれ」
「わかった」
話をしているうちに、外はいよいよ真っ暗になってきた。
「追手の動きが止まったみたい」
「距離はどうかねえ?」
「200km以上後ろ」
おお。
「さすがに探知圏外か?」
「二時間前から既に圏外さ。
それより理由だが、おそらく方針変更したんだろう。急いで追う必要がないようにね」
「追う必要がない?」
「出口で待つからさ」
「出口?」
「北コルテア、彼ら的にはシャリアーゼかな。南大陸に渡るにはどうしてもあそこを通るからね。
今日のこっちの動きから南進は確実と見て、そっちに人員をまわせばいいと考えたんだろ」
「ああなるほど」
待ち伏せする気なのか。
「それはそれで大変だが、今はありがたい。そうだろ?」
「だな」
オルガの言葉に、俺も同意した。




