オーバーランド・ハイウェイ
窓の外は砂漠。そして空は晴れている。
キャリバン号は快調で、砂漠のど真ん中を一路、南に向かって走っている状態だ。
とはいえ、注意する事は2つ。
「おっと!」
あぶねえ。
突然の挙動に一瞬、車体が揺れた。
キャリバン号は空を飛んでいるわけじゃない、ちょっと浮いているだけなので地形の影響はもちろん受ける。
ゆっくり走ってる時はいいけど。
「ふう、やっぱり飛ばしてると要注意だな」
最悪、ハンドルとられるかもしれん。
「このあたり、道なんて結界と印だけだからねえ」
「サハラ砂漠かよ、ったく」
さすがにためいきが出た。
このあたりの道というのはつまり、ここで道ですよーってところに魔物除けの結界をはり、印をつけているだけのものらしい。当然だけど舗装も何もない。
まぁ弁護するなら、地球でも大砂漠のど真ん中なんかは似たようなもんらしい。その昔、冒険家・加曾利隆のサハラ越えの本を読んだ記憶によれば。
結界がある分、そんな荒野の『国際大通り』よりはこっちがマシなのかもしれない。
だけど、こっちの世界は地球みたいに車がたくさん走ってるわけじゃないから、轍というものがないし、路面のでこぼこもひどい気がする。
踏みならされてないって事なんだろうけど。
「大穴や大きな凸凹は、いただけないよなぁ」
「だいたい1テロルほど地面より浮いているだけだからな、仕方ないだろう。
真下の地面が基準になっているわけだから、荒れ地などで要注意は基本だな。油断は禁物だ」
「テロル?」
「君にわかりやすくいえば、フィートでいいのかな?」
「ああ、1フィート」
なるほど、確かに浮いてるのはせいぜいそれくらいだが。
「詳しいな?」
「なに、わたしのキックボードも同じ術式を使っているからね」
へえ。
「この術式は単位の名をとってテロル法というんだ。荷役用魔法として昔の定番でね、たとえば荷物を浮かせて動物に引かせるような事にも使ったそうだよ」
昔は、か。
「今は使われないってことか?それとも術式が忘れられた?」
「魔力を食い過ぎるのさ」
あ、そっちか。
「わたしのキックボードのような小さなものならともかく、本格的に荷役になんか使えたものじゃないぞ。それこそ、飛空艇がやっているようにエネルギー変換と貯蔵の仕組みを組み込むしかない。どうしても大型化してしまうのさ。
むしろ、このキャリバン号のように小さくする方が難しい。
かけてもいい。
実際、なんの魔力貯蔵の仕組みもなく、ペナルティもなく湯水のように使えるなんて、現在のこの世界じゃ君くらいのものだろうと思うよ」
「それ……世界一の魔力バカってことだよな?」
「うむ。ちなみに一応は褒めてるんだがね」
「そう聞こえないんだが?」
「そりゃそうさ。
君を捕えて魔石に加工すれば、全世界を支配するほどのエネルギーを得られるかもしれないが……それを知って君は嬉しいかい?」
「迷惑にもほどがあるわ!」
「うむ、わたしもそう思うよ」
クスクスとオルガは笑った。
そういえば、オルガとつるみだしてからアイリスがあまり喋らなくなった。
今もそうだ。まるで機械みたいな顔でタブレットを操作して、せっせと何かを分析している。
「アイリス、何やってるんだ?」
「周囲を調べてたら、ヘンなものがひっかかったの」
「ヘンなもの?」
アイリスが変なものということは、ドラゴン氏的にもヘンなものってことか?
「ドラゴン氏はなんていってるんだ?」
「んー、樹精に関するものじゃないかっていうんだけど、グランドマスターにもよくわからないって」
なんだそれ?
悩んでいたらオルガが突っ込んできた。
「そりゃそうだろう、いくら真竜でも樹精王関係ではね」
「え、そういうもんなの?」
「もちろんだとも」
オルガはそういうと、アイリスの方に顔を出した。
「アイリス嬢、ちょっとわたしにも見せてもらえるかねえ?」
「え?あ、うん」
「すまないね、ちょっと失礼するよ」
横から手を出してタブレットをいじりはじめて、そして「ああ」とうなずいた。
「ああ、ここか。いやしかし、森の真竜殿ならご存じじゃないかと思うのだがな」
「オルガ、何か知ってるのか?」
「たぶんだが、大昔に樹精王のおひとりがいらした森だと思う。確か中央砂漠が焼き払われたおり、一緒に焼かれてしまったと聞いていたんだが」
そういうと、スッと目を細めた。
「何かあるようだな?」
「ちょっと待った」
「む、何かねえ?」
「こんなバラサの近くにあるのに、今まで気づかなかったって事か?なんで?」
「ハチ」
オルガが苦笑した。
「旅のはじまりから、こんなチート級アーティファクトに乗って真竜の眷属をお供に旅していたらピンと来ないかもしれないが、砂漠の旅は過酷なんだ。それに探知範囲だってこんなデタラメな広さじゃない。
ちなみにこの反応、ここからどれだけ距離があると思う?
アイリス嬢、話してやってくれるかねえ?」
「うん。パパ、ここから300km以上向こうにあるんだよ。それも街道近郊からもかなり離れてるし」
「なるほど、そりゃ見つからないか」
「そういう事さ」
なるほど納得した。
「もしかしたらだが、樹精王様のカケラでも残っていて復活を始めているのかもしれないな。
それとも、樹精の残滓を求めて植物系の魔物が森を形成しているのかもしれないが」
「こんな砂漠のど真ん中でか?」
「だからこそ、さ」
フフッとオルガは笑うとアイリスの方を見た。
「さて、そうなるとこれは、わたしの本業でもあるな。
アイリス嬢、たぶんだけど、真竜殿ご本人に確認していただくのはどうせ無理だろう?」
「うん。おまえが見たいなら、おまえがパパに頼んでみなさいって」
「うむ、実に真竜殿らしい」
「?」
どういう事だろう?
「真竜にしろ樹精王にしろ、彼らは途方もなく気が長いんだ。だからこういう時は眷属の好きにやらせる事が多いのさ。
いやむしろ、彼らが直接かかわってくるのはまずい。それは眷属の力じゃどうにもならない異常事態を意味するからねえ」
「なるほど」
そういうものか。
「というわけだ、どうするねハチ?」
「行くに決まってるだろ」
アイリスが気にしてるんだ、他に選択肢なんかあるかよ。
俺は笑った。
「アイリス、周囲の危険を調べてくれ。特に人間族たちの動きをな」
「う、うん。でもなんで?」
「バカ。でないと最悪、後ろから来てる人間族たちも連れていっちまうだろ。先に連中を撒かないと」
「あ、そっか」
納得げにアイリスはうなずいた。
「オルガの知恵も借りてルートを決めてくれ、俺はそれに従う。オルガ、悪いけどアイリスをサポートしておやってくれ」
「う、うん、わかったパパ」
「うむ、任されたねえ」
アイリスの指示が変わった。
それは明らかに、細かい観測と計算に裏打ちされた行動だった。
「アイリス嬢、探査が来たぞ」
「パパ、向きを南西にして全速力」
「わかった」
言われた方向に変えて加速をはじめる。
あ、ちなみに方位計なんてキャリィバンには本来ついてない。ではどうしているかというと。
俺のスマホの方位アプリを起動して、タブレット立てにひっかけておいてあるのだ。ふふふ。
社外品の磁石と傾斜計もつけてあるんだけど、どうも動きが渋くてな。
「ところで探査ってなんだ?」
まさかと思うが。
「彼らの探知システムの波動みたいなものさ。反射の具合を見て対象を確認しているのさ」
あ、まじで探査なんだ。
念のために説明しておくと、地球にもネットワーク用語でピングがあって、似たような使い方をするんだが。
「こっちの波動を受信して、みたいな感じじゃないのか」
「もっと近ければそうするだろうね。
けど今の状態でやっても強いか弱いかしかわからないのさ。だから自分からピングを放つわけだな」
「……まさかと思うけど三角測量でもやってんのか?」
三角測量ってのは、ふたつの場所からの方向を求める事で、交わる1点の目的地を見つける方法だとおもえばいい。
「そんな余裕はないだろう。単に受信するだけでは方向を定めきれなくなってきた可能性が高い」
ふむ。
「だとすると……遠からず喪失の可能性が高いってことか」
「こちらの妨害もあるだろうが、そうだな。
問題はロストした最後の情報で、問題の地点に向かっていると読まれてしまう事だ。これはちょっと避けたいものがあるね」
「たしかに」
だから、さっきから時々方向を変えてるわけだな。
「よし、ここいらでちょっと賭けてみるか。ハチ、しばらくそのまま」
「オーケー」
結局、逃げ切ったろうとアイリスたちが宣言した時には、もう夕刻もいいところだった。




