90.エピローグ
フランチェスカが嫁いでから、一週間が過ぎた。オルテンシアが嫁いだ時以上に、イル・ソーレ宮殿は静まり返っているような気がした。当然だ。一度に二人も王女がいなくなったのだから。
国王も王妃も寂しがっている。第二王子のジェレミアはいまだに時々泣いてるし、さしもの王太子アウグストも時折、さみしそうな表情になる。
そして、フランチェスカが早期に嫁ぐように手をまわした第二王女ルクレツィアは……。
セレーニ伯爵フェデーレと、庭園を散歩中であった。
宮殿の薔薇園はまだ開花時期には早かったが、早咲きの薔薇ならすでにつぼみをつけている。薔薇のつぼみを見ようなどという奇特な人間はそうそういないので、薔薇園は事実上、ルクレツィアとフェデーレの貸きり状態だった。
「……それで、南方はどんな感じ?」
「俺に聞かなくても知っているだろう。あまりよくないな。いつ反乱が起こってもおかしくない」
反乱というか、クーデターというか……。何でも、王弟が王位を狙っているらしい。
そこに、娘を王太子の妻にしたい貴族の思惑や、『夜明けの騎士団』、ひいては15代目アルバ・ローザクローチェに思うところのある貴族たちの思いが絡まり、何やら複雑なことになっている様子。
集められた金はここぞとばかりに使われており、武器や魔法道具が次々に売れているという話だ。彼らは馬鹿なのだろうか。やるならばれないようにやればいいのに。
「お前やアウグスト殿下にはむかおうなんて、なんて命知らずな……」
フェデーレが本気でそう思っている口調で言った。ルクレツィアは眉をピクリと動かす。
「ちょっと思うところはあるけど、否定はできないわね」
ルクレツィアは強力な魔法を行使する魔女であるし、アウグストは優秀だ。この二人が組めば、どんな恐ろしいことになるか。
「ま、ジル姐さんも領地に帰ったし。何かあっても彼女が押さえてくれるわね」
「妊婦に頼るのはどうかと思う」
ジリオーラ・デ・シーカ女伯は、妊娠による体調不良を理由に領地に帰っている。もちろん、夫であるヴィルフレードも一緒だ。そのため、現在、ルクレツィアが『夜明けの騎士団』の全権を預かっている。
ジリオーラの帰領の理由は体調不良であるが、本当の狙いは別の所にある。シーカ伯爵領は、王都と南方、現在、王弟が治めている港のある領地の境目にあるのだ。海から攻め込まれた時も、シーカ伯爵領が前線基地の役割を果たすらしい。
つまり、ジリオーラは反乱が起こっても、そこで食い止めるために自分の領地に戻ったのだ。まあ、実際に動くのはヴィルフレードだと思うが。
「とにかく、さくっと暴き出してさくっと片づけてしまいましょう」
「お前が言うと、できそうなのが本当に怖いな」
フェデーレが苦笑気味に言った。ルクレツィアもつられて笑みを浮かべる。
二人の間を、春の風が通り抜けた。
ふと真顔になったフェデーレは、青い瞳をルクレツィアの方に向けた。
「ルーチェ」
「何?」
迷路のようになっている薔薇園を歩こうとしていたルクレツィアはフェデーレを見上げる。真剣な表情をした彼は、覚悟を決めたように口を開いた。
「俺は――――――!」
「姫様!」
だが、その前にかけてきたルクレツィアの侍女に遮られてしまった。ルクレツィアは急ぎの様子の侍女の方を優先した。
「どうしたの?」
「南方で、動きがありました! おそらく、反乱だろうと、シーカ女伯が」
「ジル姐さんが? それなら、たぶん間違いなく反乱ね」
反乱が起こったというのなら、ルクレツィアは早速、現場に向かわなければならない。
「そう言えば、フェデーレ。何を言いかけたの?」
数歩行きかけたところで、ルクレツィアは振り返った。フェデーレは唇の端をひきつらせている。
「何でもない……反乱を終結させたら、言う」
「ああ、それ、言う前に死んじゃうパターンのやつね」
「……」
とんでもない言葉に、フェデーレが顔をこわばらせた。ほら、よく言うだろう。戦争が終わったら結婚するんだ、などと言うと、その人は死んでしまうというお約束。今回のはそれに近い気がした。
「……なら、先に言う」
「うん」
フェデーレは一度深呼吸すると、まっすぐにルクレツィアの目を見た。
「ルーチェ。俺は、お前のこと―――――」
ルクレツィアは、フェデーレがつむいだ言葉を聞き、美しい笑みを浮かべた。
その後、領地に戻っていたシーカ女伯の活躍もあり、反乱は初期段階で終息する。詐欺などで得た金はすべて戦争資金に回されていたようだが、目的がバラバラで、とにかく王都に攻め入ろうという考えの元集まった集団であったため、連携が取れておらず、得た金の割には装備も粗雑だった。
王弟は捕らえられ、次に何かをたくらめば殺す、という魔法契約を結び、ひとまず領地に謹慎させられる。しばらく、領地の近いシーカ伯爵が彼を見張ることとなった。
この反乱終結の裏に、十五代目アルバ・ローザクローチェの活躍があることは、デアンジェリス国内では公然の秘密であった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
とりあえず、これで『夜明けを告げる魔法使い』は完結です。おつきあいくださったみなさん、ありがとうございました!
これからはしばらく改稿作業ですかね……どうでしょう?
なんとなく、ルクレツィアとフェデーレは関係がこじれたまま三年くらい経過しそうな勢いですね。フェデーレは最後になんと言ったんでしょうえん。かっこよく決めたのか、最後の最後でへたれたのか……。どっちにしても、面白そう。
とにかく、ここまでお付き合いくださった皆さん、本当にありがとうございました!




