第四話 鉄いろいろ
マリーが買い物代の残りを数えている間に、俺は鉋の新しい台を削っていた。
古い台から外した刃を合わせ、少しずつ底を整える。薄い屑が長くつながったところで満足していると、机の方から声がした。
「この『鉄いろいろ』というのは何ですか?」
「棒と板。釘も少しあったか」
さっき、買い物の紙を挟んでおいてくれと渡した帳面だった。マリーは同じ頁を見たまま、指で隣の行を示す。
「ではこちらの『いろいろ』は?」
「何か買ったんだな」
「それは分かります」
鉋を置いて隣へ座った。自分で書いた字なのに、ほとんど手掛かりにならない。買ったときには覚えていたはずなのだが。
家の代金にパン代、材料代が旅先の宿代に混ざり、修理代まで同じ頁へ書き足してある。
「お金が減ってないかは分かるんだ」
「何に使ったかは?」
「思い出せる物もある」
爺さんの所で買った木と、今度作ってもらう鉋の値段を言うと、マリーは俺の顔を見た。
「そちらは随分詳しいですね」
「欲しかったからな」
彼女は頷き、茶を俺の方へ寄せた。
「では今日のお買い物もお願いします。明日の食事になるので」
言われると、大事な出費だった。
*
マリーは、家の分と、修理などで受け取った分を分けようと提案した。彼女の買い物と俺の材料が同じ箱から出ていくので、精算する側も分かりにくいのだという。
昔の材料代は、分からないままで置いておく。今から使う物と、買う物を残す。それくらいなら俺にも続けられそうだった。
「記録の方も、見てもらえるか?」
「簡単な物なら。母の手伝いで覚えた程度ですよ」
「その分も仕事に入れてくれ。時間が増えるなら、報酬も相談しよう」
マリーは帳面を手元へ引き寄せ、新しい頁を開いた。俺は空の木箱を二つ持ってきて、金を分ける。
そこへ戸を叩く音がした。外に立っていた男は、折れた引き手を持っていた。爺さんから、俺の所でも見てもらえると聞いたらしい。
「同じ形の物が見つからなくて。引き出しごと替えるのも、もったいないでしょう」
手に取ると、指の触れる所だけ色が濃くなっていた。長く使われている物らしい。折れた所だけでなく、取りつける穴も見たいと伝える。
「明後日なら家にいる。午前中に持ってこられるか?」
男は頷き、それから少し声を落とした。
「できれば、その日のうちにお願いしたいんですが」
「急ぐ物なのか?」
「妻に頼まれてから随分たってまして」
「いつから?」
「……冬になる前には」
戸口の横では、新しい葉が風に揺れていた。
俺もあとで直すつもりの鉋を長く使っていたので、人のことは言えない。現物を見てからにはなるが、できるだけ早く仕上げようと約束した。
男が帰ると、マリーが紙を作業台へ置いた。名前と約束の日、持ってくる物が書いてある。
「ここでよければ置いておきますね」
「ああ。助かる」
紙をよけて鉋を取ろうとしたら、マリーがまだこちらを見ていた。机の上には、開いた帳面と、空いた俺の椅子がある。
俺は鉋から手を離し、椅子へ戻った。
*
約束の日、男は引き出しを抱えて来た。取りつけ穴も少し広がっている。直し方と代金を伝え、夕方まで預かることにした。
穴を埋め、引き手を接ぎ直す。待つ間に、自分の鉋の台も仕上げた。新しい台は手の収まりがよく、削る音まで軽い。
昼前にマリーが来たので、客の名前と取りに来る時間を伝えた。彼女は作業台の上を見て、引き出しの横へ紙を添える。
「こちらはお客さんの物ですね」
「ああ。そっちはまだ触らないでくれ。こっちの鉋は完成した」
「おめでとうございます」
さらっと言われたが、悪い気はしなかった。
夕方、男はまだ明るいうちに引き出しを受け取った。何度か引き手を持ち、傷を確かめてから、ほっとしたように笑う。
「今度は今日中に戻します」
「穴を開け直すんじゃなく、そのまま元へ入れればいいからな」
取りつけ方を説明して見送った。戻ると、マリーが台を拭いている。俺は材料の記録をつけ、受け取った金を修理の箱へ入れた。
「これで分かるか?」
「はい。私にも分かります」
蓋を閉めていると、ナギが足元へ来た。客の品がなくなって空いた場所を見上げる。
「そこは寝床じゃないぞ」
抱えて下ろそうとして、まだ上がっていないことに気づいた。ナギは床から俺を見ている。
マリーが小さく笑い、作業台の下を指した。
「あちらの箱も目印をつけますか?」
端材を放り込んだ箱だった。蓋には、昔の俺の字が残っている。
いろいろ。
「……それは中身を見れば分かる」
「ではそちらは任せます」




