第三話 手が足りない
家の前で鉋の刃を確かめていると、杖をついた爺さんが足を止めた。俺の顔を見てから、開けてある戸と、作業台の上を順に眺める。
「マルタの荷車を直したのはお前さんか」
「ああ。何かまずかったか?」
「いや。わしがあれを持ち上げずに済んで助かった」
いつも修理を頼まれている職人だと分かり、椅子を出した。隣町への仕入れから戻り、どんな人間が越してきたのか見に来たらしい。
腰を下ろした爺さんは、俺の手元へ顎を向けた。
「見せてみろ」
渡した鉋を裏返し、台の底へ指を滑らせる。刃の具合を横から見て、端材をひと削りした。
「刃はいい。こっちはそろそろだな」
「やっぱり分かるか」
旅先では、多少使いにくくても間に合わせてきた。台を替えようと思いながら、刃を研いでは使い続けている。
「うちに合う木がある。見に来い」
そう言われて道具をしまうと、爺さんが眉を上げた。
「今からとは言っとらん。わしは飯を食いに行くんだ」
「俺もまだだ。一緒に行っていいか?」
「木の話なら食ってからだぞ」
食べながらでも聞けると思ったのだが、顔に出ていたらしい。鉋は箱へ戻しておいた。
*
翌朝、教わった路地へ入ると、表に車輪を立てかけた仕事場があった。中の壁には工具が並び、棚には形も大きさも違う金具が収まっている。元の家主とも、材料や道具を融通していたのだそうだ。
爺さんが出してくれた木はずしりと重く、よく乾いていた。こちらの山で採れる種類らしい。木目を見て代金を払っていると、棚の端にある小さな鉋が目に入った。
「それは売らんぞ」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔が言っとる」
細い溝をさらうための物だった。端材で使わせてもらうと、丸めた溝の底から、くるりと削り屑が出た。魔道具の線を収める箱を作るとき、これがあったら楽だっただろう。
向きを変え、もう一度引く。力を抜いた方が、刃がきれいに入った。
「……木はもう買ったんだったな」
爺さんが言った。帰れという意味だろうかと顔を上げると、今度は俺の腕を見ている。
「お前さん、力仕事はできるか?」
「それなりには」
「ちょっと手を貸してほしい。持っていてくれれば仕事はできるんだがな」
*
近くの仕立屋で、奥の戸棚を見せてもらった。人の背ほどもある扉が傾き、下の引き出しに当たっている。修理の金具は揃えたが、一人で外すには腰がつらいのだと言う。
女主人が布をよける間に、爺さんは外す順を確かめた。俺は下から戸を支え、金具が緩むのを待つ。
「外れるぞ。重さが来たら言え」
「ああ」
最後のねじが抜けて戸を持ち上げた拍子に、台の上にあったねじが爺さんの袖に触れて転がった。踏む前に拾っておく。
「……おい」
「何だ?」
「片手で持つな。両手で持て」
「落とさないぞ」
「見てるこっちの腰に悪い」
そういうことならと、両手で持って戸を寝かせた。力を使わないようにするより、見て安心できる形を覚えた方が早そうだ。
爺さんは腰を伸ばし、傷んだ所へ指を当てた。
「金具は少し上へずらす。この辺りは中が弱い」
押してみると、確かに表面より奥が柔らかかった。俺が穴を開ける間に爺さんが木片を合わせ、二人で戸を戻す。今度は引き出しに当たらず、軽く押すだけで閉まった。
女主人は何度か開け閉めしてから、仕舞えずにいた布を運んできた。俺も高い棚から箱を下ろすと、爺さんが横で腕を組んだ。
「便利なやつが来たな」
「そっちは両手で持ってるぞ」
「今のは褒めとる」
手伝いの分を受け取り、仕事場へ戻って工具を片づけた。帰り際に小さな鉋をもう一度見ていると、爺さんが布で包んで貸してくれた。
「同じのを作れるか今度考えておく。使い勝手を見とけ」
受け取って礼を言い、端材も一つ分けてもらった。爺さんは俺の肩を戸口へ向ける。
「試すのは自分の家でやれ。今度こそ飯だ」
*
「――それで木を買いに行って、お仕事までしてきたのね」
夜、レオンは俺の前へ杯を置いた。マリーの来ない日なので、家で鉋を試したあと、夕飯を食べに来たのだった。
「元気そうだったな。腰はつらそうだったが」
「あの人、待たせてる仕事があると落ち着かないのよ。助かったんじゃない」
よかったと思い、ひと口飲んだ。家ではちゃんと道具も片づけてきた。明日は鉋の台を作り始められる。
カウンターの向こうで、レオンが俺の横を見た。
「何を借りてきたの?」
「鉋。変わった形でな」
「持ってきたの?」
袋の中には傷つけないよう布を巻いた鉋が入っていた。どうも、出かけるとき一緒に持ってきたらしい。
「……預かり物だから」
「ナギは置いてきたのに?」
あいつは家で夕飯を食べて寝ている。
俺は鉋を取り出しかけた手を止め、袋を椅子の横へ置き直した。
「今日は何がある?」
「お肉を焼くわ。待ってる間に少し見せてちょうだい」
今度こそ包みを開けた。




