第十六話 ナギの指定席
朝、道具を取りに行くと作業台の下からナギの尻尾がはみ出していた。庭側の敷物は空いたままで、表の窓下へ潜り込んだ相棒は近づいても耳を動かすだけだ。
「そこは木屑が落ちるぞ」
箱を下ろすために手を伸ばすと尻尾が引っ込み、今度は頭が反対側へ出てきた。邪魔をする気はないらしいが、俺の行く方へ体をよけるたびに狭い所へ入り込んでいく。
庭の敷物へ戻してやってから仕事を始めたのに、ひと削りしたところでまた足元に黒い背中があった。
*
修理の終わった小棚を受け取りに来た客も、窓の下を見て笑った。
「今日はそっちにいるんだね」
「最近はこっちがいいらしい」
棚を包む間、ナギは通りへ顔を向けていた。子供の足音が近づくと耳を立て、荷車が通れば顎を少し上げる。立ち上がって追うことはないが、眠っているようで案外忙しい。
客を見送って同じ場所へしゃがむと、向かいの戸口と坂を下りる道がよく見えた。庭側の窓より風も通るし、人が来ればすぐ分かる。
「見張ってくれてるのか?」
背中を撫でるとナギは目を細めた。ついでに顎の下へ手を入れてみたが、そちらは通りを見たいらしく顔をそらす。
昔、宿の部屋でも入口の見える場所を選ぶことがあった。俺が寝床を作る間に隅へ座り、荷物を動かすとまた少しずつ位置を変える。落ち着いたからには、あいつにも家の中で好きな場所があるのだろう。
庭から敷物を運んで窓の下へ置くと、ナギは立ち上がりもしないで片足だけ載せた。
「全部入れよ」
言ってもそのままだったので、先に下の箱をどけることにした。
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昼前にマリーが来たとき、俺は窓際で板の長さを測っていた。
「何を作るんですか?」
「こいつの場所だよ。床だと俺の足とぶつかるんだ」
新しい台は高くしなくていい。窓の下に広くて低い寝床があれば、通りを見ながら体も伸ばせる。客を待たせる椅子は反対側へ寄せ、よく使う箱だけ手元に残すことにした。
マリーは買い物籠を台所へ置くと、窓のそばから外を眺めた。
「ここから母が坂を上ってくるのも見えますね」
「パンの袋を持ってるかどうかまでな」
「ナギなら匂いの方が早そうですけど」
鼻先へ指を出すと相棒がそっと触れた。食う物を持っていないと分かって、また通りへ顔を戻す。その横でマリーは床に置いた板をよけ、いつも通り台所へ向かった。
残っていた丈夫な板を組み、角を丸めて脚をつける。寝返りを打っても落ちない幅にしたら、思っていたより場所を取った。台所から出てきたマリーが俺と台を見比べる。
「二人で座れそうですね」
「こいつの方が長いからな」
ナギは削り屑のない場所で待っていたが、ときどき近づいて板を嗅ぐので、そのたびにまだだと追い返すことになる。
途中でいつもの荷車が通ると、相棒は窓の方へ戻って鼻を動かした。マルタが取っ手を押しながら声を掛けてくる。
「今日は何を作ってるんだい?」
「こいつの寝床。どうも表の方がいいらしくて」
「ああ、昨日も見てたよ。うちの荷車が止まるとすぐ顔を上げるんだ」
荷車そのものより、そこから降ろすパンを覚えたのかもしれない。そう言うとマルタは笑い、今日は粉しかないよとナギへ教えてから坂を下りていった。
相棒は車輪の音が遠ざかるまで見送り、また俺のそばへ戻ってくる。敷物だけでなく、ここを通る人や音まで、あいつなりに覚え始めているらしかった。
待っている客がいる仕事より、少し急かされる気がした。
*
出来上がった台へ敷物を載せると、ナギは縁に前足を掛けてから上がった。爪を立てられそうな所を確かめ、一周して横になる。床から少し上がっただけなのに、あいつの顔と窓枠の高さがちょうど合っていた。
「どうだ?」
返事の代わりに長く伸びをして、後ろ足まで台へ収めた。これで俺も箱を取りやすいし、通りが見えなくなるたびに動かずに済む。
少し離れて眺めていると、マリーが茶を持ってきてくれた。客用の椅子に腰を下ろせば、ナギの台もちょうど横にある。
「シュウジさんもそちらがいいんですね」
「ここで飲めば冷める前に休めるからな」
道を歩く知り合いへ軽く手を上げる。家の前を通った子供が窓を覗き、ナギの新しい寝床へ目を丸くした。
「猫の椅子だ」
「椅子というか寝床だな」
「おじさんのより大きいね」
隣を見るとナギが顎を敷物へ載せている。確かに俺の椅子よりずっと立派だった。
こいつの分を作ったおかげで、俺も道具箱を気にせず隣へ座れるようになった。茶を飲んでいるうちにナギの顎も下がり、二人で通りを眺めた。




