第十七話 釣れない休日
休みの札を出して釣り竿を持ち出すと、ナギが当然のようについてきた。川へ向かう角を曲がったら俺を追い越し、水面の見える所で待っている。
「今日はお前が捕るんじゃないぞ」
竿を見せると先端の糸を嗅いだ。食べる物がついていないことを確かめ、今度は餌の小箱へ鼻を寄せる。そこは閉じたままにして土手を下りた。
町の下流には流れの緩い場所があり、朝から何人かが竿を出している。船の通り道を避けた端へ座ると、上の道から荷車の音が聞こえた。遠くへ来たわけでもないのに、家の椅子とはずいぶん違う気分だった。
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竿を振るのは初めてではないが、旅先で魚が欲しければ網を使う方が早かった。ナギもいるので、食うために釣る必要はほとんどなかったのだ。
今日はそういう手段を使わずに、糸の先を眺めてみるつもりだった。
ところが、待つのは思ったより難しい。浮きが少し傾くたびに手が動き、風なのか水なのかを確かめている間に餌だけなくなる。三度目に空の針が上がってきたところで、隣の男がこちらを見た。
「上げるのが少し早いな」
「何か触ったんだけどな」
「触ったんだろうよ。食う前に引っ張られたんだ」
男は俺の糸へ目をやり、餌をつける位置と浮きの下の長さを少し変えてくれた。水の中には見えない段差があり、今の位置では魚のいる所まで落ちていなかったらしい。
「今度は沈むまで待ってみな」
言われた通りに流すと、浮きはさっきよりゆっくり進んだ。途中で一度止まり、先端が水へ入る。
もう少し沈むまで待つ。
横で男が頷いたところへ合わせて竿を上げると、手元に小さな重みが乗った。
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掌に収まる小さな魚でも、水から出た途端に銀色の腹が光ると顔が緩んだ。糸を伝わる動きはまだ手に残っている。針を外していると、ナギがすぐ横へ来た。
「一匹目だぞ」
鼻を近づけてから俺の顔を見る。大きさの感想は聞かないことにして、魚は水を入れた桶へ移した。
隣の男は、もう少し大きいのも来ると笑っていた。俺も餌をつけ直し、今の流れ方を覚えているうちにもう一度やってみる。
次は石に引っ掛けたが、糸を切らずに外せた。その次は小さな魚が釣れ、四度目には少し待ちすぎた。戻ってきた針を眺めているうち、ナギが俺の膝を鼻で押した。
「分かってるよ、待たせて悪いな」
桶には二匹いる。今までなら手早く食事にしたかもしれないが、今日はもう一度糸を流したくなった。
隣では男が竿を置いて指をほぐしている。上がった糸には魚がついていなかったので、俺も餌の小箱を寄せてやった。
「やっぱり逃げることもあるんだな」
「そりゃあるよ。今日は糸を切られないだけましだ」
箱を受け取った男が笑う。しばらく見ていると、確かに釣るだけでなく待つ方も長い。その間に水を飲み、川向こうを通る荷馬車を眺め、また糸を流している。
俺も竿を握る手の力を少し抜いた。何も掛かっていなくても、ナギと並んで川を見ている時間がなくなるわけではない。相棒は土手へ長く体を伸ばし、尻尾の先だけを草に乗せていた。
隣の男が茶を飲んでいる間も竿を見ていたら、そのまま昼近くになっていた。
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陽が高くなると水面が光り、浮きが見えにくくなってきた。隣の男も片づけ始めたので、俺も最後の一投で終わりにすることにした。
静かになった土手で竿先を見ていると、ナギが川へ前足を下ろしかける。
「今日はそこまでだ」
手を添えて止めると、こちらを見たまま足を戻した。
そんな顔をしなくても分かっている。食う分が欲しいならあいつに頼めばよかったし、自分で捕る方法もいくつかある。だが、竿へ重みが来たあの瞬間を、もう一度味わいたかった。
結局、最後の浮きは沈まなかった。糸を巻いてから桶を持ち上げると、二匹の魚が水を跳ねさせる。
「また来るのか?」
隣の男に聞かれて頷いた。教えてもらった礼を言うと、今度はもっと早く来ればいいと、流れの向こうを指してくれた。
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帰りは魚を売る店へ寄った。
桶を持っている俺を見た店主が、中を覗いてから笑う。
「足りなかったかい」
「ああ、大きいのを二尾くれ」
包みを受け取ると、ナギがそちらへ鼻を向けた。俺の桶からはあっさり顔をそらしてしまう。
「こっちも俺が釣ったんだぞ」
耳は動いたが、こちらを見る気はないらしかった。
家では買った魚を焼き、小さい方は自分の皿へ載せた。骨をよけながら食べると、手間の割に身は少ない。それでも、今日の二匹がどの辺りで釣れたかはよく覚えていた。
使った糸を洗って干し、竿をしまおうとして手を止める。次に持ち出しやすい場所を少し空けておいた。




