↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/18

第十七話 釣れない休日

 休みの札を出して釣り竿を持ち出すと、ナギが当然のようについてきた。川へ向かう角を曲がったら俺を追い越し、水面の見える所で待っている。


「今日はお前が捕るんじゃないぞ」


 竿を見せると先端の糸を嗅いだ。食べる物がついていないことを確かめ、今度は餌の小箱へ鼻を寄せる。そこは閉じたままにして土手を下りた。


 町の下流には流れの緩い場所があり、朝から何人かが竿を出している。船の通り道を避けた端へ座ると、上の道から荷車の音が聞こえた。遠くへ来たわけでもないのに、家の椅子とはずいぶん違う気分だった。


     *


 竿を振るのは初めてではないが、旅先で魚が欲しければ網を使う方が早かった。ナギもいるので、食うために釣る必要はほとんどなかったのだ。


 今日はそういう手段を使わずに、糸の先を眺めてみるつもりだった。


 ところが、待つのは思ったより難しい。浮きが少し傾くたびに手が動き、風なのか水なのかを確かめている間に餌だけなくなる。三度目に空の針が上がってきたところで、隣の男がこちらを見た。


「上げるのが少し早いな」


「何か触ったんだけどな」


「触ったんだろうよ。食う前に引っ張られたんだ」


 男は俺の糸へ目をやり、餌をつける位置と浮きの下の長さを少し変えてくれた。水の中には見えない段差があり、今の位置では魚のいる所まで落ちていなかったらしい。


「今度は沈むまで待ってみな」


 言われた通りに流すと、浮きはさっきよりゆっくり進んだ。途中で一度止まり、先端が水へ入る。


 もう少し沈むまで待つ。


 横で男が頷いたところへ合わせて竿を上げると、手元に小さな重みが乗った。


     *


 掌に収まる小さな魚でも、水から出た途端に銀色の腹が光ると顔が緩んだ。糸を伝わる動きはまだ手に残っている。針を外していると、ナギがすぐ横へ来た。


「一匹目だぞ」


 鼻を近づけてから俺の顔を見る。大きさの感想は聞かないことにして、魚は水を入れた桶へ移した。


 隣の男は、もう少し大きいのも来ると笑っていた。俺も餌をつけ直し、今の流れ方を覚えているうちにもう一度やってみる。


 次は石に引っ掛けたが、糸を切らずに外せた。その次は小さな魚が釣れ、四度目には少し待ちすぎた。戻ってきた針を眺めているうち、ナギが俺の膝を鼻で押した。


「分かってるよ、待たせて悪いな」


 桶には二匹いる。今までなら手早く食事にしたかもしれないが、今日はもう一度糸を流したくなった。


 隣では男が竿を置いて指をほぐしている。上がった糸には魚がついていなかったので、俺も餌の小箱を寄せてやった。


「やっぱり逃げることもあるんだな」


「そりゃあるよ。今日は糸を切られないだけましだ」


 箱を受け取った男が笑う。しばらく見ていると、確かに釣るだけでなく待つ方も長い。その間に水を飲み、川向こうを通る荷馬車を眺め、また糸を流している。


 俺も竿を握る手の力を少し抜いた。何も掛かっていなくても、ナギと並んで川を見ている時間がなくなるわけではない。相棒は土手へ長く体を伸ばし、尻尾の先だけを草に乗せていた。


 隣の男が茶を飲んでいる間も竿を見ていたら、そのまま昼近くになっていた。


     *


 陽が高くなると水面が光り、浮きが見えにくくなってきた。隣の男も片づけ始めたので、俺も最後の一投で終わりにすることにした。


 静かになった土手で竿先を見ていると、ナギが川へ前足を下ろしかける。


「今日はそこまでだ」


 手を添えて止めると、こちらを見たまま足を戻した。


 そんな顔をしなくても分かっている。食う分が欲しいならあいつに頼めばよかったし、自分で捕る方法もいくつかある。だが、竿へ重みが来たあの瞬間を、もう一度味わいたかった。


 結局、最後の浮きは沈まなかった。糸を巻いてから桶を持ち上げると、二匹の魚が水を跳ねさせる。


「また来るのか?」


 隣の男に聞かれて頷いた。教えてもらった礼を言うと、今度はもっと早く来ればいいと、流れの向こうを指してくれた。


     *


 帰りは魚を売る店へ寄った。


 桶を持っている俺を見た店主が、中を覗いてから笑う。


「足りなかったかい」


「ああ、大きいのを二尾くれ」


 包みを受け取ると、ナギがそちらへ鼻を向けた。俺の桶からはあっさり顔をそらしてしまう。


「こっちも俺が釣ったんだぞ」


 耳は動いたが、こちらを見る気はないらしかった。


 家では買った魚を焼き、小さい方は自分の皿へ載せた。骨をよけながら食べると、手間の割に身は少ない。それでも、今日の二匹がどの辺りで釣れたかはよく覚えていた。


 使った糸を洗って干し、竿をしまおうとして手を止める。次に持ち出しやすい場所を少し空けておいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。