↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/15

第十三話 ただいまのあとに

 坂を上りきると自分の家の戸が開いていた。窓から流れる湯気に煮物の匂いが混じり、ナギにつられて俺の足も速くなる。


「ただいま」


 台所からマリーが顔を出す。


「おかえりなさい。早かったですね」


「道がよかったからな」


 荷物を下ろして手を洗う間に、ナギは自分の器で水を飲み始めた。俺も替えの上着を取りに二階へ上がる。宿代を払うことも部屋の場所を聞くこともなく、自分の戸棚を開ければいい。


     *


 飯を食いながら留守中の話を聞いた。爺さんからは注文した鉋が来週にはできそうだと伝言があり、風呂屋の主人も顔を出したという。慌てなくていいが、できたら妻にも使い方を見せてほしいそうだ。


「奥さんも釜を見るんだな」


「ご主人が配達を受けたり薪を運んだりしている間は。私も何度か裏から戻ってくるところを見ました」


 買った部品を机へ並べ、採ってきた石の包みを開く。マリーは赤い層を光に透かしていた。


「これを採りに行ってたんですね」


「ああ。店にも少し持っていく」


 岩のままでは使いにくいので余分な部分を削り、厚みを揃えることから始めた。石を磨く音の合間に洗濯物を運ぶマリーの足音が聞こえ、窓の下ではナギがもう眠っている。


 大きく採れた分は店へ渡すためによけ、小さな一枚を部品に合わせた。暗くなる頃には小箱から鈴までつながり、湯を使った試験でも、熱さに応じて明かりがつくのを確かめられた。


 帰り支度を終えたマリーにも音を聞いてもらうと、戸口から振り返って頷いた。


「このくらいならお客さんがいても聞こえそうですね」


「あとは使う人に見てもらうよ」


 表の札を裏返してから箱の覆いを閉じた。明日の持ち物が一つにまとまると、ようやく旅の荷も全部ほどけた気がした。


     *


 翌日、ギルドの買取台へ毛皮と牙を載せると職員が傷の位置を確かめた。


「牙猿ですか。木の上から飛びかかるので、追うと手間がかかるんですよね。きれいに仕留めてあります」


「向こうから来たからな。北の小川へ入る林にいた。数は一頭だけだ」


 場所を伝えて代金を受け取り、帰りに魔道具屋へ寄った。石の薄片を渡すと主人は端を撫でて光に透かしている。


「ここまでやってあるなら、すぐ使える。助かるよ」


「こっちも部品が揃って助かった」


 店を出ると通りの先に湯気が見え、昨日仕上げた箱を抱えてそのまま風呂屋へ向かった。


     *


 番台へ小箱を置き、裏の目盛り板に熱を拾う部品を取りつけた。元の針も見えるし、操作する手にも当たらない。主人が薪を足す間に妻と二人で表へ戻り、鈴が鳴るのを待った。


 しばらくすると小箱の明かりがつき、澄んだ音が響いた。


「今のがいつもの印の所かい?」


「ああ。火を弱めに行く頃合いだ」


 主人の妻は裏の針を確かめに行き、戻ってくるなり小箱を指した。


「もう少し早く鳴らせる? ここから行く間にちょっと上がるんだよ」


 確かに番台からでは歩く時間もかかるので、その分早めてもう一度試した。今度は彼女が釜へ着く頃に針がいつもの印へ届き、主人も元の目盛り板を覗いて満足そうに頷く。


「これならちょうどいい」


 表へ戻ると客が二人来ていた。妻が銭を受け取って籠の場所を教える間、主人は裏で火を弱め、空いた桶を持って出てくる。今までは客を待たせて釜を確かめたり、妻が主人を呼びに行ったりしていたのだという。


 箱を置いたまま少し見ていると、今度は子供を連れた客が来た。釣り銭を渡したところで鈴が鳴り、妻が主人へ顎を向ける。


「聞こえた?」


「ああ、行ってくる」


 主人が立つと彼女は子供の脱いだ靴を脇へ寄せ、次の客へ声を掛けた。鈴が一つ増えただけなのに、番台で途切れていた話がそのまま続いている。


 戻ってきた主人が小箱へ顔を近づけ、ずいぶん小さい物だなと呟いた。妻は通りの知り合いへ手を振ってから、その背中へ笑いかける。


「これであんたを呼びに走らなくて済むねえ」


「まだ火は見に行くんだぞ」


「そのくらいは歩いてもらうよ」


 二人に置き場所を選んでもらい、箱がずれないよう留めてから道具を片づけた。番台の内側には帳面や小銭の箱が並んでいるが、これならどちらの邪魔にもならない。


「店を閉めたらこっちを切るんだな」


 主人が自分で操作し、妻も隣から確かめる。もう一度入れ直して明かりがつくのを見ると、二人とも次の客の方へ顔を向けた。


 代金を受け取って帰ろうとしたところで、主人が浴場の方を示した。


「入っていくか。もう湯は使えるぞ」


     *


 先客が空けてくれた場所へ入り、肩まで湯に沈んだ。昨日は家で体を拭いただけなので、なおさら温かさが身に染みる。木桶の音を聞いているうちに、あの釜の熱を使えばほかにも何かできそうだと考えかけたが、今日はやめておいた。背中を縁へ預けて手足を伸ばす。


 上がると主人が冷たい水を出してくれた。


「どうだ、湯加減は」


「いい湯だった」


「そりゃよかった。作った人にも入ってもらわんとな」


「湯を作ったのはあんただろ」


 主人が嬉しそうに頷いたところで奥の鈴が鳴り、妻がいつもの足取りで裏へ向かった。今度は俺が立つ番ではないので、腰を落ち着けて水をもうひと口飲んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。