第十話 何ができるの?
戸を叩く音で、削っていた板から顔を上げた。
外には小さな男の子が立っていた。昨日、向かいの家の前で遊んでいた子だ。手には、車輪の外れた木の馬車を持っている。
「おじさん、これも直せる?」
しゃがんで見せてもらうと、軸の先が欠けていた。車輪は割れていない。新しい軸を削れば、すぐに直りそうだった。
「できるよ。車輪、もう一つは?」
「ここ」
握っていた手が開いた。なくさずに持ってきたらしい。
通りの向こうから母親が駆けてきた。
「すみません、勝手に。あんた、いきなり頼んじゃ駄目でしょう」
「爺ちゃんがここでも直してくれるって」
あの爺さんは客の年齢も選ばないらしい。
「大丈夫ですよ。これなら端材で足ります」
代金を相談し、馬車を預かった。母親が店へ寄って戻る間に直しておくと伝えると、男の子は作業台を見た。
「ここは何屋?」
「俺の家だよ」
「でも直すんでしょう?」
「ああ」
男の子は少し考えたあと、今度は壁の棚を指した。
「何ができるの?」
「修理とか道具を作ったりとか。できることならなんでもやるよ」
「じゃあなんでも屋だ」
母親が笑い、俺もつられて笑った。二人が通りへ戻ってから、馬車を作業台へ載せる。
家だったはずなんだが、確かに最近、物がよく持ち込まれる。
*
車輪の回りを確かめていると、マリーが来た。仕事の日ではないが、母親から紙包みを預かってきたという。中にはパンが二つと、試食ではない、と書かれた紙が入っていた。
「わざわざ書かなくても」
「母もあの日は食べさせすぎたと思ったみたいです」
俺は包みを棚へ置き、馬車の車輪をもう一度回した。四つとも、引っ掛からずに動く。
「また修理ですか?」
「ああ。今なんでも屋と言われた」
さっきの話をすると、マリーは戸口を振り返った。
「昨日も留守の間に人が来ていましたよ。いつ戻るか、パン屋で聞かれました」
「そうなのか」
「急ぎではないので、また来るそうです」
昨日の午後は市から戻ったあと、板金屋から戻った樋を取りつけに出ていた。家にいれば応対できるが、ずっと待っているつもりもない。
「留守なら留守って分かる物がいるな」
「今も戸が開いていても入っていいのか迷う方がいますから」
棚へ目を向けると、まだ返していない預かり物が二つあった。作業台の片側には、自分の工具。反対側には、客の物を置く場所ができている。
仕事を始めるつもりで買った家ではなかった。だが、こうして頼まれた物を直しているのも、悪くなかった。
俺は余った板を一枚取り出した。
*
札は、表に「います」、裏に「留守」と書いた。
紐をつけて戸の脇へ掛けてみる。少し離れて眺めると、何か足りなかった。
「これだと何の相談に来ていいのかは分かりませんね」
マリーが言った。確かに、いるかどうかしか書いていない。
俺は工房へ戻り、もう一枚、少し大きな板を選んだ。こちらは戸の上へ掛ける看板にしよう。名前を書く場所を決め、筆を持ってから手が止まった。
冒険者シュウジ、と書くのは違う気がする。この町では冒険者の仕事を探すつもりはない。かといって、修理屋と決めるほど、やることを絞っているわけでもなかった。
板を持って考えていると、さっきの親子が戻ってきた。馬車を渡す前に、男の子が俺の手元を覗き込む。
「なんでも屋って書かないの?」
「そうだなあ」
母親は、好きなことを言うんじゃないよ、と子供の肩へ手を置いた。俺は筆に墨を含ませ、板の上へ最初の文字を書いた。
「それでいいか」
*
夕方、爺さんが通りかかった。
戸の上を見て足を止め、看板を読んでから中を覗く。
「なんでも屋、シュウジ。……とうとう決めたか」
「頼まれるのも悪くないと思ってな」
「休む日も分かるようにしとけよ」
確かに「います」では、家にいる限り客が来る。戸の脇の札を外し、裏を「留守・休み」に書き換えた。家でのんびりしたいときも、こちらにしておこう。
爺さんは納得したように頷いた。ついでに看板も見せてくれというので、戸の上から外して渡す。爺さんは俺の筆を借り、屋号の下へ小さく文字を書き足した。
まずはご相談ください。
「これなら、わしの所へ持っていく物も選べる」
「こっちから回すこともあるぞ」
「持ってこい。持ち上げる方は、お前さんがやれ」
筆を返され、二人で看板を眺めた。横からナギが来て、板の下へ頬を擦りつける。まだ乾いていない文字に触れる前に、俺は看板を持ち上げた。
「お前の匂いまでつけなくていい」
ナギは空いた場所を通り、家の中へ入っていった。
看板を掛け直し、俺も戸口をくぐる。今夜はマリーの作った飯はない。パンはあるが、それだけでは少し寂しかった。
道具をしまってから、札を裏返す。
今日はレオンの店へ行こう。何屋になったのかと聞かれたら、説明することが一つ増えた。




