第九話 どちらも欲しい
朝のうちに洗濯を済ませ、昼前に市へ出た。
今日はマリーの来ない日だ。鍋には昨日の煮込みがあり、温めれば食べられる。夕飯の心配をせずに出歩けるというのは、ありがたい。
広場には天幕が張られ、野菜や布を並べた店が出ていた。ナギは肉を焼く煙へ鼻を向けたが、俺の用事は反対側だった。
「先に皿を買うぞ」
客が来たとき、茶を出す器が足りない。爺さんと一緒に飲んだときには、俺だけ深い鉢を使った。飲めなくはないが、両手で抱えると汁物を飲んでいるようだった。
陶器の店を覗くと、青い釉薬の器が目に入った。手に取って底を見る。厚みもあり、簡単には割れなさそうだ。
「それは花を入れる物ですよ」
横から声がした。マリーだった。籠にはまだ何も入っていない。
「茶を飲めそうだが」
「重くありません?」
「重さは別に」
「お客さんはシュウジさんではないので」
そうだった。
器を戻し、小さめの杯を探す。マリーは隣で、浅い皿を二枚並べていた。片方は縁に細い葉の模様があり、もう片方には小さな白い花が描かれている。
「どっちも同じ大きさだな」
「そうですね」
「値段も一緒か」
「ええ」
彼女は皿を持ち替え、天幕の外の光に当てた。しばらく見てから、葉の模様の方を店主へ渡す。
「そっちにしたのか」
「持っている器と合いそうなので」
家で使う物だという。俺の家の買い物ではなかった。
店主が布で包む間、彼女はもう一度、白い花の皿を見た。俺は同じ棚にあった杯を四つ選んだ。
*
広場の端で串焼きを買い、石の縁へ腰を下ろした。マリーは蜂蜜を薄く塗った焼き菓子を持っている。昼は家で食べるが、これを見つけると買ってしまうのだそうだ。
「パン屋でも甘い物はあるだろ」
「それとこれは別です」
分かるような分からないような話だった。
ナギへ肉を一切れ渡していると、マリーが籠の中の包みを確かめた。目が合うと、少しだけ笑う。
「買ったあとで割れていないか気になるんです」
「分かるよ」
俺も、買った刃物を帰るまでに何度か包みから出す。重さを確かめ、刃の光を見て、またしまう。
「でも、さっきはずいぶん迷ってたな」
「シュウジさんは迷いません?」
「合う寸法なら、だいたい」
答えてから、爺さんの小さな鉋を思い出した。刃の厚さも台の角度も、似た物を持っているのに気になった。結局、新しく作ってもらうことになっている。
マリーはこちらを見ていた。
「何か思い当たりました?」
「……少しな」
彼女は満足そうに焼き菓子を食べた。
*
市の外れには古道具を並べた敷物もあった。通り過ぎるつもりが、小さな手回し錐を見つけて足が止まる。
軸を回すと、少し振れていた。刃は傷んでいるが、持ち手の形がいい。指のかかる所だけ、木の色が濃くなっている。
「使えるんですか?」
「直せばな。先を替えて、軸を合わせれば」
「同じような物をお持ちでしたよね」
「これは握りが違う」
差し出すと、マリーは軽く持って回した。首を傾げ、俺へ戻す。
「私にはよく分かりません」
皿を見比べていたときの俺も、こんな顔だったのだろう。
店主と値段を相談し、錐を包んでもらった。今度はマリーが、通りの先を見ている。
「少し戻ってもいいですか」
「ああ」
陶器の店では、白い花の皿がまだ同じ所にあった。彼女はそれを持って、店主へ声をかけた。
*
帰って買った物を出すと、杯が四つと、修理のいる錐が一本。それから、途中で買ったナギの肉。
串焼きだけでは少し腹が足りなかった。鍋の煮込みを温める間に、包みの中の錐を取り出す。まずは刃を外してみよう。
足元へ来たナギが、俺の膝へ鼻を押しつけた。
「何だ。肉はあとで――」
鍋が煮立ち、蓋が音を立てた。
錐を机に置いて火を弱める。マリーは今頃、どちらの皿で飯を食っているんだろう。
俺は手近な深い鉢へ煮込みをよそった。これはこれで、よく入る。




