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第1話 魔法の天才は、剣しか抜かない 

『一体契約のテイマーと十三番窓口』の十五年後の話です。本編を読んでいなくても読めます。

 王都の北。街道の脇で、騎士団が馬を止めていた。


「団長。ひとつ聞いていいですか」


 若い騎士のピノが、馬を寄せてきた。

 十代の終わりの新人だ。


「なんだ」

「団長って、学園のころ、魔法科の首席を取れたって本当ですか」

「誰に聞いた」

「みんな言ってます。火魔法の天才だって」

「人の過去をペラペラと……」


 カイルは前を見たまま答えた。

 ピノは引かない。


「なのに、なんで剣なんですか。魔法の方が強いのに」

「強い弱いの話じゃねえ」

「じゃあ何の話ですか」

「剣がいいんだよ。それだけだ」


 ピノが口をとがらせた。

 その時、街道の先に土煙が見えた。


「団長!来ました!」

「数は」

「三十……いや、四十!フォレストウルフです!」


 カイルは馬を降りた。

 騎士団長の鎧は重い。けれど動きは軽い。


「全員、剣を抜くな!!」


 その一言で、後ろの二十人が固まった。

 副官のヨルが眉をよせる。


「団長!四十頭ですよ!?」

「見ろ!あいつら、こっちを見てねえ!!」


 カイルは街道の先を指した。

 灰色の群れが走ってくる。

 牙をむいてはいない。耳を後ろに倒している。


「逃げてるんだ。山から」


 ヨルが黙った。

 ピノは意味が分からない顔をしている。


「団長。逃げてても、ぶつかったら村が潰れます」

「だから止める」

「じゃあ魔法を!さっきの話の続きですけど、天才なんでしょ!?」


 ピノの声が裏返った。

 カイルは笑った。


「天才は言いすぎだ。それに――」


 腰の剣を抜く。

 刃が赤い。まだ燃えてはいない。


「さっき言ったろ。剣がいいんだよ」


 カイルは街道の真ん中に立った。

 群れとの間は、もう百歩もない。

 地面が揺れる。


「ホムラ。起きろ」


 剣に話しかけた。

 刃が、ぼっ、と音を立てた。


「熱いのはいい。でも、焼くなよ」


 カイルは剣を横に振った。

 地面を、なでるように。


 次の一瞬で、街道が燃えた。


 炎の壁だ。

 高さは家の屋根より上。幅は街道の端から端まで。

 熱い風が後ろの騎士たちの髪をあおった。


「うわっ」


 ピノがしりもちをついた。

 ヨルは腕で顔を守ったまま、動かない。


 フォレストウルフの群れが、壁の手前で足を止めた。

 先頭の一頭が吠える。

 あとの三十九頭も、つられて吠えた。


 それだけだった。


 群れは向きを変えた。

 街道を外れて、東の森へ走っていく。

 一頭も、壁に飛び込まなかった。


 カイルは剣を下ろした。

 炎の壁が、すっと消える。

 街道には、焦げた跡が一本残った。


「……消えた」


 ヨルがつぶやいた。

 ピノは座ったまま口を開けている。


「団長。今の、魔法ですよね」

「違う。これは剣技だ」

「どう見ても魔法でした」

「こいつが勝手に燃えるんだ。俺は振っただけ」


 カイルは剣を鞘に戻した。

 鞘の中で、小さく音がした。満足したような音だ。


「なんで魔物を倒さないんですか?」


 ピノが立ち上がって聞いた。

 服の尻が土で汚れている。


「四十頭ですよ。討伐すれば、ギルドで褒美が出ます」

「殺すと、うるせえやつがいるんだよ」

「うるさい?」

「ああ。夜中に俺の家まで来て、ぐちぐち言う」


 カイルは北の山を見た。

 山の上に、薄い雲がかかっている。


「それに、あいつらは悪くねえ。逃げてきただけだ」

「山で、何かあったと?」


 ヨルが聞いた。

 副官の顔に戻っている。


「獣は、わけもなく山を降りねえ。昔、友達に教わった」

「調べますか?」

「調べる。ただ、これは騎士団の仕事じゃねえな」


 カイルは馬に乗った。


「ヨル。村を見てこい。怪我人がいたら城に報せろ」

「団長は?」

「ちょっと、人に会ってくる」

「王都でですか」

「二番街だ」


 ヨルの目が細くなった。


「……また、あそこですか」

「うるせえやつのとこだよ」


 カイルは馬の腹を軽く蹴った。


 *


 王都の二番街。古い商館の三階。

 表には「ヴェイル人材派遣」の看板がある。

 表は、本物の人材派遣だ。

 裏は、表で片付かない困りごとを引き受ける所。

 王都の裏の人間は、十三番窓口と呼ぶ。


 カイルは、表を通らない。


 裏口の扉を開けた。

 階段を上る。鎧のまま。


 奥の部屋の扉を、ノックもせずに開ける。

 男が机に突っ伏して寝ていた。


「リオ。起きろ」

「……あと五分」

「五分前も言ったぞ」

「じゃあ十分」


 カイルはため息をついた。


「今日はお前に用があってな。まあ、裏の用なんだが」


 カイルは頬をかきながら言った。

 リオは顔を上げない。


「カイルは客じゃない。友達」

「友達なら起きろ」


 扉が開いた。

 栗色の髪をきちんと結んだ女が、帳面を抱えて入ってくる。セナだ。


「セナ。こいつまた寝てる」

「知ってる。朝からずっとよ」


 セナは帳面を机に置いた。音が大きかった。

 リオが跳ね起きる。


「起きてる。起きてます」

「はいはい」


 セナはリオを見もせずに、カイルの方を向いた。


「で、カイル。今日はどっち? 表の用事?」

「……裏だ」

「お金は?」

「出る。王城から」


 リオが目をこすった。まだ眠そうだった。


「じゃあ、聞く」


 友達は、十五年たっても、こうだった。

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