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その八十七
序盤からとんこつのデカいカップラーメンをつまみにして酒を飲んでいた山城さんは、予備扱いだった担々麺をも投入するころになると、いよいよ足もともおぼつかなくなっていた。
山城さんは酒を飲みすぎると道端で寝てしまうこともある。現にいまも沙織さんの小屋でイビキをかいている。ぼくは家まで送っていくことにした。
「沙織さん、すいませんけど、自転車置かせてください」
「どこでも、好きなところに、どうぞ」
「山城さん、そろそろ帰りましょう」
「はい……」
しかし山城さんはなかなか起きてくれなかった。大げさに困った表情をつくって沙織さんをみる。すると沙織さんは、
「寝かしておいてもいいですよ」
といってくれた。ぼくは再度自転車の一時保管をお願いしたのちに帰ることにする。
時刻を確認するためにスマホをみると、
「あ」
宮野涼子似の娘がメールを送ってきていた。浴室にヤモリがいて困惑していると記してあった。住所も明記されている。
読んでくださっている方にもすでに遠回しに伝えてはいるが、じつをいうと、ぼくもヤモリはちょっと苦手である。屋敷のやはり浴室でヤモリにお会いしたさいには、守護様守護様とおだてつつも、ずっと防災頭巾をかぶっていたほどである。
しかし今回はべつであった。これはお誘いを受けているも同然なのだ。ぼくは、
「これから行きます。それまではヤモリ様に〝おべっか〟つかっててください」
と躊躇することなくメールを返信した。スマホで調べてみると、
「キャオ」
宮野涼子邸のぼちぼち近くまでバスで行けることがわかった。とりあえずぼくは、その路線のいちばんちかいバス停に向かう。
バス停まではけっこう距離があった。歩きながらきょうハローワークで見たある求人の、もとめる人材うんぬんの欄を、ふと思いだす。
その欄には、真面目がどうのこうのとか協調性がどうのこうのとか意欲がどうのこうのとかと記されていた。
「ぜんぶダメじゃんか……」
ぼくはいよいよ殉教したほうがいいような気がしてくる。美意党の連中はこちらの痛いところを突いてきたのだ。恐ろしい組織である。
われわれ隠者にとって、ある一定の枠にはめこまれる労働はなによりも辛いのだ。朝礼で社訓などを唱和させられたら発狂してしまうかもしれない。しかし唱和しなかったら協調性がないと見なされるだろう。
バス停に到着する。時刻表をみると、バスが来るのは三十分後だった。ぼくは宮野涼子似の娘にその旨を伝える。
日本酒を飲みすぎたのだろう、喉がからからになっていた。近くに店もなかったので自動販売機でお飲み物を買うことにする。道すがらにあったビニールハウスの横っちょに一つだけポツンと自販機があったのだ。
自販機のラインナップをチェックする。ちっちゃい缶コーヒーやオロナミン系のドリンクは候補から外す。からからだからである。一つだけ九十円で売られているお飲み物があった。しかもロングのペットボトルであった。
お飲み物はプルースト飲料の「マドレーヌ・ウォーター」というものである。めずらしいものではない。この界隈では、よく見かけるお飲み物なのだ。ぼくはこれを買うことにした。
蓋をひねったのちにグビリとやる。すると耳の奥から、
「環さん」
と森本さんが声をかけてきた。




