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その八十六
猫よけスプレーの真相をきくために〈きなこ神社〉におもむこうか迷っていると、スマホが振動した。三原さんからであった。監督はいきなりしゃべりだす。
「隠者にとって一番辛いことは労働なんですか?」
「うーむ――まあ、そうなりますかね」
「シーズン3では、だからなにかの職に就かせろって、美意党サイドはいってきてるんです」
「そんなこと、いってきてるんですか……」
「殉教か労働かどっちかだって」
「ああ……」
「だからあすのお昼くらいまでに決めてほしいんですよ」
「あすの昼までに、どちらかを選択するんですね」
「ええ」
「わかりました」
そんなわけで、ハローワークへ行くことにする。山城さんのお供である。予定変更である。
お昼は――ぼくは嫌であったが――山城さん推奨のファストフード店で食べることになった。いまさっき「ハンバーガーなどは食べないほうがいい」といっていたのに、もうこれである。
山城さんはバーガー類三つとナゲットの小家族セットを頼んでいた。お飲み物は案の定コーラのデカいやつにしていた。わたくし環三千世は、ふわとろエッグバーガーにオレンジジュースである(セットでポテトも付いていたが、それは山城さんにあげた)。これも付き合いである。マンモスムッシュの所作である。
ハローワークの検索機で地元の求人をざっと見てみたが、かんがえただけで嫌気がさすようなものばかりだった。山城さんは知り合いらしい女子をみつけてしゃべりかけていた。三十分もするともう飽きたのか、検索機のまえで怒りにふるえているぼくに、
「出ましょうよ」
といってくる。
「そうですね」
山城さんがしゃべりかけていた「沙織さん」も大きなため息をついて検索機を閉じた。この女の人はわれわれと同年代であった。本人いわく〝酒女系ニート〟とのことである。沙織さんは作戦会議(?)と称し、これから飲み会をやろうと提案してくる。
まだ午後の三時であったが、沙織さんのルールでは十四時以降であれば飲んでもいいらしい。
「山城さんのお友だちさんも飲めるでしょ?」
「ええ……まあ……」
けっきょく沙織さんのウチでその作戦会議なるものを開くことに決まる。これも付き合いである。マンモスジェントルマンの心意気である。
沙織さんの指示に従い、まず好みのワンカップ酒をおのおの一つ選ぶ。そのほかに沙織さんは大関「のものも」の三リットルパックと乾きもの系のつまみを何種類かお買い物カートに乗せていた。山城さんもいろいろ乗せている。
「山城さん、カップラーメン何にする?」
「とんこつのデカいやつでいいかな。あっ、こっちの担々麺も予備で買っとくか」
「わたしは、これ。シーフード。環さんは?」
「ぼくはカップラーメンはいらないかな」
とりあえず沙織さんがレジでお金を払い、沙織邸に着いてからぼくと山城さんは三等分にした金額を沙織さんにわたした。
「みんな、自分のワンカップに印つけておいてね。それがきょうの自分専用のコップになるから」
ぼくはナッツをつまみながらワンカップをちびちび飲む。本当は燗酒が好みなのだが、そういう手間を加えると長居感が出てしまうので、そのまま冷やでやることにする。
沙織さんは古い農家の道具小屋だか納屋だかを改良したようなところに住んでいた。小屋で電気はいちおう使えたが、ポータブル電源から取っているので、極力電気は使いたくないようだ。
「でも、まわりは何もないし、焚き付け材もいっぱいあるから、煮炊きなんかは自由にできるの」
「いいですね」
「水も好きなだけ使えるし、そういう面はいいわね。夏場はちょっと厳しいけど」
作戦会議と称したこの飲み会で議題にあがったのは「一番おもしろかった仕事」だった。沙織さんにとって一番おもしろかった仕事は、お弁当の配達だという。
「そうなのかな……たいへんそうだけど」
「そうでもないのよ」
とはいえ現在の沙織さんは配達系の仕事は選択肢から外している。出勤直後におこなわれるアルコールチェックにちょくちょく引っかかってしまうからだ。
「環さんにとって一番楽しかった仕事は?」
「病院の守衛です」
「どうして?」
「うーん、どうしてだろう……」
山城さんはワンタッチでできちゃう手巻き寿司の扱いに手間取り、けっきょくすべてをバラして一から作り直していた。




