85
その八十五
翌朝は、なんとなく落ち着かなかったので、まずジョギングをした。そしてゆっくり入浴したのちに朝食をたっぷり取って図書館へおもむく。
図書館の一人座りのソファーはもう空きがなかった。ここは激戦区なのである。とりあえず長椅子のほうを見に行く。
「ああ、しばらくです」
すると長椅子には同士の山城さんがすわっていた。
「しばらくです。そういえば、会わなかったですね」
ぼくたちは飲食も可のフリースペースに移動する。
「山城さん、最近調子はどうですか?」
「このあいだカップラーメンとじゃがりこ食べすぎて、気持ちわるくなりましたけど、それ以外はまあまあですかね。あっ、だからピザとかハンバーガーとかもこれからは、あまり食べないほうがいいかもしれませんね――環さんは?」
「ぼくは体調は普通なんですけど、もしかしたら、死んじゃうかもしれないんですよ」
「どうしたんですか? オリビア・ニュートン=ジョンが亡くなったから落ち込んでるんですか?」
「オリビア・ニュートン=ジョンもショックでしたけど、ほかにも深刻なことがあるんですよ……」
「仕事しなくちゃならなくなったんですか?」
「そうじゃないです」
「だったら死ぬほど深刻なことなんて、ないじゃないですか。バカみたいに毎日公園駆けまわってるほど元気なんだし」
山城さんはランニングやウォーキングしている人間を軽蔑しているところがある。
「わたしなんか、そろそろバイトしないと厳しいですよ」
「また警備ですか?」
「公民館の警備は最高でしたけどね――あれ辞めなければよかったな……」
「守衛はどうですか?」
「守衛も場所によってはやってもいいですけどね。警備みたいに講習とかないし」
「守衛だったら、またやってもいいな」
「環さんがやった守衛のパートは超レアでしたからね。あんな仕事は、そうそうないですよ」
「期間限定でしたからね」
「環さんは、満員電車に一時間とか乗って通勤しなくちゃならない仕事したら、死んじゃうんじゃないですか?」
「あはははは、どうだろう……」
「すくなくとも、死んだほうがマシだって思うはずですよ。ぜったい」
「死ぬのも嫌ですけどね……でも、いい勝負だろうな」
これはまえにも記しているけれど、以前ぼくは守衛のパートをしたことがある。ちなみにこれは山城さんに最初紹介されたのである。
その仕事は正規の守衛の方が療養先から戻ってくるまでの期間限定のものだったからか、ハローワークなどにも出ていなかった。しかし山城さんちのおじいちゃんがたまたまその病院に通院していたので、口伝てで孫(同士)が求人を知ったのだった。数年後、妹の京子もこちらの病院で看護師として勤務することとなる。
ぼくが九ヶ月ほど勤めたその病院の守衛の仕事は、セキュリティ方面の業務はおまけみたいなものだった。雑用をこなしたり夜間の救急患者様をやんわり断ったりするのが、主な仕事だったのだ。
フルタイムのパートを九ヶ月間もつづけたのは後にも先にもこのときだけである。しかもぼくは正規の守衛さんが療養先からもどってきて引き継ぎをやっている最中、急に寂しくなってしばしうずくまってしまうくらい、この仕事が好きだったのだ。
それでも年齢をかさねて落ち着いてかんがえてみると、どうしてそこまで寂しい気持ちになったのかと不思議な気もしてくる。なぜだろう……。
「もう勤まる仕事がないから、寂しくなったんじゃないですか?」
「そうですね――たしかにこのあと、いろんな病院でパートしましたけど、ほとんど一日で辞めちゃってますからね」




