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その七十四
愛さんの衣裳は想像していたほどの量ではなかった。
「部屋がせまいから、多くみえたんでしょうね」
屋敷に荷物をぜんぶ運んだのちに、また料理屋にクルマで送ろうとすると、
「役所に寄りたいの」
と愛さんはいってきた。
「支所のほうが近いけど」
「じゃあ支所でいいです」
どうやら愛さんは屋敷と料理屋を行き来するためにコミュニティーバスの定期を買うつもりらしい。
「ゆうべ三千世さんがおっしゃってくれたことにあまえて居候させてもらおうと思って」
「通えるなら、こっちのほうが便利だよ」
「すみません。またお世話になります」
支所で定期を購入した天堂愛ちゃんに昼飯のことをきいてみると、
「これから撮影現場に行って、みんなとお弁当を食べます」
とのことだったので、ぼくは料理屋のまえで愛さんを降ろした。
「ちょっと待った! 愛さん、ヘルメットわすれてますよ」
「それ、三千世さんにあげる」
「ホントですか!」
「また今度かぶりながら、あのポーズ取ってあげるわ」
「約束ですよ」
「ええ」
先の約束に恍惚となりつつも今度は実家におもむく。クルマを返すためである。母屋のほうにあがって行くと、お袋は居間で座布団を枕にして寝ていた。
点けっ放しになっていたテレビを消そうかちょっと迷ったが、テレビの音がなくなると逆に起きてしまうかもしれないので、そのままにしておく。
実家でお昼を食べようと思っていたのだが、予定変更である。ぼくは居間のテーブルにバリタンクの鍵を置いたのちに母屋をそっと出ていく。
置きっ放しにしてある自転車が見当たらないので、
「あれ……」
などとぶつぶついいながら家のまわりをうろうろしていると、その自転車に乗ったつぐみさんが帰ってきた。
「義姉さんが乗ってたんだ。探しちゃったよ」
「ごめんごめん。ハガキ出しに行ったら、山崎さんところのお爺ちゃんに会っちゃって」
「サドル高かったでしょ」
「うん、でも立ちこぎしたから。ねえ知子ちゃん、出戻ってきちゃったんだって」
「そうなんですか」
「もうこっちにもどってきて、半年くらい経つみたいだけどね」
義姉がいった〝知子ちゃん〟というのは、山崎家の長女のことである。
十年ほどまえ、この知子さんは土地成金の次男坊のところに嫁いだ。その年のぼくはかなり熱心に守衛の仕事をしていたので、おぼえているのである。
ちなみにその仕事は古株の正社員みたいな奴が療養しているあいだだけの期間限定のものだった。しかし期間限定だろうと何だろうと、わたくし環三千世にとっては唯一フルタイムで仕事をしていた奇跡的な年だったのである。
「あれから十年か……」




