60
その六十
エロエロレギンスさんに今朝の一件をいちおう伝えておく。そして午後は隠者としての本業に取り組む。
デジタル化するVHSは蔵にまだまだ残っているのだが、この春からキャプチャのほかにも隠者の任務はもう一つ増えている。ちなみにそれは恩師ではなく、〈国境なき無師団〉のべつの方より頼まれてしまったのである。
頼まれてしまった作業は、手書きの小説をテキストエディタでデジタル化する、というものである。思いのほか根気のいる作業である。
この作業の話をすると、エロエロレギンスさんは、
「じゃあわたし、モモヨさんがもどってくるまで、家事とキャプチャ、受け持ちますね」
といってくれた。これはスケベ根性うんぬん関係なく、たいへんありがたかった。
手書き小説の作者はかなりご高齢である。ときどき、とんでもなくとぼけた発言もデジタル化サイドにしてくる。
それでも朝からステーキを食べたり官能映画を鑑賞したりするくらい、まだまだ文豪はお元気らしい。息子の嫁さんがおっしゃるには、ユーチューブも観ているとのことであった。
手書き原稿の判読に苦戦していると、
「キャキャキャキャオ」
中西さんからメールが送られてくる。今朝方、朝飯をもってきてくれたお母さまではなく、娘さんのほうである。
娘さんは結婚うんぬんという話にたいへん驚いていると記していた。交際してもいないのに名付け親に許可をもらいに行こうとしているのだから、あたまがマンモスナンジャラピーなのでは、と思われても仕方ない。
ぼくはあまりにも飛躍している一連の流れについて電話をかけて謝罪した。
「娶りたいランキングの一位をずっと死守してたんですか? わたし」
「ええ。じつはそうなんです」
「同居してる、わたしより小柄な人――あの人のことが好きなんだと思ってました」
「あの子は妹弟子なんですよ」
「それに、このあいだの茶会のとき、宇津宮雅代似の後家さん、ガン見してらしたでしょ?」
「うーん……ちょっとは見てたかもしれないですね」
「でも、わたしを娶りたいんですか?」
「はい」
「さっき母からきいたんですけど――そういうお話をきくと、わたしもだんだん三千世さんのところに嫁いでもいいかなぁ、という気持ちになってきたんです」
「ホホホホ、ホントですかぁぁぁぁぁ!」
「ですが、母からもきいたと思いますけど、中西家はその名付け親の許可がないと、そういう重大なことは決められないんですよ」
「なななな名付け名付け親さんのところに、はははは早く早く行きましょ行きましょ、中西さん」
中西さんは了承してくれた。
「許可が出たら、ナ……う、うん、めめめ、めとめと娶ってもいいんですか?」
「ええ」
というわけで、さっそく明朝、名付け親氏が暮らす山間部へ出立することとあいなったのである。




