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その五十九
中西さんの名付け親という方はS県の山間部に住んでいるとのことだった。気軽に行けるところでもないし、また気軽に会えるような良識ある人でもないみたいだ。
それでも正確な住所は中西さんのお母さまからいちおう教えてもらっている。ナビ等を駆使すれば、どうにかたどり着くことはできるだろう。
お母さまにいただいた重箱の朝飯を食べたあとは、またぞろ一時間ほど読書をし、それからランニングをするために公園へおもむいた。
最近午前中にランニングをしているのは、昼寝をするためである。ランニング、入浴、昼飯を経たのちに午睡をすると、すんなりと仮眠を取ることができるのである。
一周一キロのコースを二周ほど走っていると、エロエロレギンスさんが里山ゾーンから降りてきた。ぼくは手を振る。
「やあ、しばらく」
「うん。でもわたし、三千世さんのこと、ときどき見張ってるのよ」
「じゃあ、このあいだ、あんパン食べたのお嬢さん?」
「やっぱりバレてたか。ごめんなさい。お腹すいちゃってて」
「べつにかまわないよ。隠れてないで出てくれば、よかったのに」
「でも、モモヨさんがいるから……」
「モモヨくんはいま遠出してるよ」
「そうなの?」
「うん。しばらく帰ってこないよ」
「知らなかった……」
「ウチくれば。見張りもこなせるじゃん」
「そうね。じゃあ、お邪魔しちゃおうかな」
以前にも述べたが、ちかごろの藤吉郎様は、かなり猜疑心が強くなっている。側近中の側近たちにもつねに疑いの目を執拗に向けているのである。わたくし環三千世にたいしても、さらに警戒心をいだいているようだ。
「三千世さんも天下を狙ってるかもしれないなんて、おっしゃってたわ」
「あはははは」
もはや藤吉郎様は、かつての人たらしの藤吉郎様ではない。勾践とか劉邦みたいになってしまったのだ。
屋敷に帰るなりすぐ入浴をすませる。習慣である。マンモスムッシュの流儀である。
ぼくはいちおうエロエロレギンスさんにも風呂を勧める。義理である。あくまでも義理である。
くノ一のお嬢さんは、
「入ります」
と即答した。そして恩師のタンスのいちばん下の引き出しから自分の着替え等を出してくる。
「え……」
「『キャオ』でしょ」
「キャオ」
エロエロレギンスさんは水面下で、いろいろな私物をこちらの屋敷に持ち込んでいたのだ。
「見張り作業って、長丁場なんだもん」
「さすが、くノ一だな……」
エロエロレギンスさんは冷蔵庫のなかにどんな食材があるかも把握していた。
「いくら冷凍してるっていっても、そろそろ食べちゃったほうがいいわよ。あとキャベツとキノコも」
と野菜炒めをつくりだす。同時進行で野菜スープもこしらえる。
「三千世さんも食べるでしょ?」
「うん」
「よし、いっちょあがり!」
野菜炒めと野菜スープをテーブルに用意したエロエロレギンスさんは、
「あっ、そうだ」
と冷凍庫の奥をがさごそやりだした。そのときである。
冷凍庫をのぞいているエロエロレギンスさんを、黒十字忍団だかカットマンだかが背後からいきなり襲ってきたのだ。
「火輪弾!」
ぼくはみかん用のザルに盛ってあるめんたいこ味のうまい棒をその黒十字忍団だかカットマンだかにスナップをきかせて投げつける。
「ヒーッ」
すると火輪弾の威力に怖気づいた覆面の連中は、すみやかに退散していった。どうやら今回はレッドビュートをお見舞いする必要まではなさそうである。




