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その五十八
翌朝、伊藤整の「氾濫」とコーヒーをもって、とりあえずキャプチャ室におもむく。ぼくは起きたらすぐご飯を食べるのだが、きょうはコーヒーだけである。やがて予想通り屋敷のチャイムが遠慮がちに鳴る。
「たぶん、マチコお姉さんだろうな」
しかし玄関先にたたずんでいたのはマチコお姉さんではなく、中西さんのお母さまであった。お母さまはマチコお姉さんに指示されて、どうやらこちらに来てくれたようだ。
「三千世さん、いま、お一人なんですって」
「ええ。妹弟子は遠出してましてね」
中西さんのお母さまは重箱に詰めた朝飯を持参してきてくれていた。じつをいうと今朝のぼくは、きっとマチコお姉さんが朝飯をつくりにくるだろうと思って、コーヒーだけ飲んで待っていたのだ。結果だけみると、ぼくの勘はぼちぼち合っていたことになる。
モテモテ動画の投稿者は勘が冴えているときは積極的に攻めていけ、とわれわれに指導している。ぼくは押してみることにした。
「お母さま」
「はい」
「娘さんを、ぼくにください」
「え! 娘?」
「はい」
「三千世さん、娘のこと、好きなんですか?」
「はい」
「でも娘は、三千世さんは、こちらのお屋敷に同居しているウチの娘よりもさらに小柄な子が好きだって……」
「まあその子も好きなんですけど、同門なんで、あきらめてるんです」
「それから、ランニング仲間にも下心のある娘さんがいるとか――」
「エロエロレギンスさんのことかな……でもまあ、その子も超偉くなっちゃった人の家来みたいな感じなんで、娶るわけにはいかないんですよ」
「それで消去法的にウチの娘なんですか?」
「いえいえいえいえ、まえまえからですね、娘さんは好きな異性ランキングでもナニしたいランキングでも、いつも上位にいる子なんですよ。ただ当初は、なかなかお近づきになるきっかけがつかめなくてですね――」
ぼくは先の二人と中西さんは各ランキングにおいて常に拮抗していたことを示すために例のモテモテノートを中西さんのお母さまにみせることにした。
「――たしかに娘のことを強く想っているようですね」
「そうなんですよ、お母さま」
「わたしは母親として娘が三千世さんのところに嫁ぐのは賛成ですよ」
「ありがとうございます」
「娘とは、もういろいろ話し合ってるんですか?」
「いえ、交際もしていませんし、告白もしてません。そういうこと以前の友だちの状態なんです」
「じゃあ、その……娘と、ナナナ、ナニのほうは……」
「もちろん。手も握ったことないですよ」
「ただ……わたしはこのお話には賛成なんですけど、あの子の名付け親に許可をもらわないと、中西家としては、どうにも動けませんの」
「そうなんですか」
「ええ」
「じゃあ、その名付け親さんに許可をもらえば、ぼくは晴れてナニ、ナニじゃなくて、その……娘さんをもらえるんですね」
「ええ……ですけど、その名付け親には、会うのも、たいへんなんですの」
「ふむふむ――お忙しい方なんですか?」
「忙しいわけでもないんですけど、肩書がね……」
「ほおほお、お偉い方なんですな! 代議士とか?」
「神様なんです」
「かかか神様神様!」
「ええ――あの子の名付け親は〝この世のことなら何でもできる神々の父〟なんです。自称ですけど」




