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その五十五
翌朝はメールの着信音で目覚める。天堂愛ちゃんからの原案の催促のメールである。
ぼくは夜中に一度起きたとき、みていた夢をおぼえていて、それを枕元にあるモテモテノートに書き込んでいた。原案のためである。だからそのノートもざっと確認する。
顔を洗って居間に行くと、モモヨくんは朝食の用意をしてくれていた。ぼくに気づくと、
「あの茶碗洗っておく?」
ときいてくる。
「茶碗?」
「サイドボードに置いてある大きいやつ」
「ああ、あれか――いいよ。使わないだろうし」
ぼくはアンリ・ベール氏からもらった湯呑みは物置に押し込んでおくつもりなのである。しかしかわいい妹弟子は、
「それなら一度、専門家に鑑定してもらったら?」
とC地区にある骨董屋に湯呑みをみせるよううながしてきた。
「ちゃんとしてるの? そこ」
「うん。後輩もバザーで百円で買ったマグカップを二百五十万円で買い取ってもらったことがあるの」
「ひゃひゃひゃ百円がににに二百万!」
「二百五十万です」
「それはものすごいな――とりあえずダメ元でみせてみるか」
「うん」
「ベールさんがつくったものだから、十円の値もつかないかもしれないけどね」
「でも、やってみるだけでも、おもしろいじゃないですか」
「そうだね。話のネタにもなるし、やってみるよ」
そんなわけでぼくは、二つの湯呑みを割らないようにタオルで包んでリュックに詰め、十時すぎに骨董屋へ行く。
モモヨくんにざっと目印なども教わっていたので、C地区の骨董屋はすぐみつかった。店のなかにおそるおそる入ると、セブンでもローソンでもファミマでもない謎の変なコンビニではたらいているあの中西さんが食器をみていた。いきなり愛しの中西さんである。ぼくは度胸を決めて、
「こんにちは」
と各ランキングの上位に常にランクインしている娘さんに声をかける。
「食器ですか?」
「ええ――今度、茶会があるものですから」
中西さんは茶碗を探しているようだった。しかもなにげに、
「アンリ・ベールさんのものがないかなと思って、のぞいてみたんです」
と食器の裏に記してある作者のサインをチェックしながら、おっしゃっている。
「アアア、アンリアンリ、アンリベールですかぁぁぁぁぁ」
「はい」
ぼくは読んでくださっている方もご存知のように、ベール氏作の二つの湯呑みを背負っているリュックに入れていた。
しかし、それをここで表明してしまうと、湯呑みを売っ払おうとしていることが明白になってしまう。芸術作品に理解のないただのスケベオジサマということになってしまう。似非マンモスムッシュということになってしまう。だから反射的に、
「ベール作の湯呑みなら、家に二個ほどありますよ」
と中西さんにいったのである。われながらいい判断であった。わたくし環三千世もずいぶん成長したものである。
「よかったら、あげますけど」
「そんな……茶会のとき使えればいいので、お借りできれば、じゅうぶんなんです」
「じゃ、とりあえず茶碗みますか?」
「ぜひ」
ぼくたちは屋敷に向かった。
「どうぞどうぞ、あがってください」
「はい、お邪魔します」
モモヨくんにお客さんの相手をしてもらっているあいだに寝室に行ってリュックから湯呑みを取り出し、また居間にもどる。
「これなんですよ」
「わあ」
中西さんは、
「たしかにこれはベールさんの作品だわ」
といって喜んでくれた。感動しているようでもあった。
「そんなにアンリ・ベールが好きなんですか?」
「ええ。ホントにホントに大好きなんです」
ぼくは、
「絵画ももってるんですよ」
と中西さんにおしえる。中西さんはそれもぜひ観たいとのことだった。
「わあ」
中西さんは絵画にも湯呑みとおなじように感動していた。そして感極まったのだろう、ひざをついて、こうべを垂れているのだった。
ぼくは中西さんの背中に手を添えようかちょっと迷ったが、それでも度胸を決めてちかづいて行く。
「モテモテ動画の投稿者も勝負所は強気で行けって、いってたもんな」
ぼくが背中に手を添えようとすると、中西さんは畳に出しっ放しにしてあったノートを手に取った。
「このセブンでもローソンでもファミマでもない謎の変なコンビニではたらいている小柄な子って、わたしのことですよね?」
「え」
「すごーい。ゆうべわたしに、こんなヘンタイ的なことをさせてる夢をみたんですか?」
「いや、あの……」
「ふーん『ナニしたいランキング』も今朝は一位なんですね。一週間まえは五位だけど」
「そそそ、それはですね……」
「えーと、アカ隠ジャーは、中西さんのハマグリを堪能するとエネルギーが倍増する」
この草案を読まれた瞬間、いよいよぼくは万事休すだと観念した。しかし中西さんはこういった。
「ベールさんの湯呑みを貸していただけるんですもの、ハマグリくらい、ごちそうしないと」
湯呑みのところはちがうが、この展開は以前送った原案とほぼおなじであった。万事休すの逆なのであった。
わたくし環三千世は、おかげさまで今度中西さんにハマグリをごちそうしてもらえることとなったのである。中西さんがいっているハマグリはあっちのハマグリではないだろうが、まあとにかくそうなったのだ。
「いっぱい食べてくださいね」
「はい、もちろんです! バクバク食べます!」
ぼくは両手をパクパクさせて、バクバク食べることを強調した。
「三千世さんて、おもしろい方なんですね」
バクバク、バグバグ、ん? バグ? バグ! これはダークエネルギーの磁場のあれのバグなのか。
「もしかしたら『隠者キャプチャー』も徐々に具現化してきてるのかもしれない……」
(第二幕 了)




