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その五十四
恩師はチューリップのオブジェをもう三つも完成させていた。ピンク色のこの焼物で、他時空の国の電波を受信するのである。
「いずれ三千世さんにも〈国境なき無師団〉に加わってもらうよ」
「恩師、その話は、おいおい」
「そうだな」
わたくし弟子はそろそろお暇する。屋敷にもどったときには日も暮れていた。自転車で往復四十キロほど走行したので、きょうのジョギングは中止にする。休脚日である。
入浴したのちにモモヨくんと晩酌の用意をしていると、チャイムが鳴った。
「はーい」
「あっ、竹膳です」
玄関を開けると藤吉郎様はすぐレジ袋を差し出してきた。
「また、あのコンビニで買ってきました。ハマグリの寿司ですよ! 三千世殿」
「これから晩酌やろうと思ってたんです。さっ、あがってください」
「お互いハマグリには目がないですからな。わははははぁ」
藤吉郎様は酒も買ってきていた。二リットルパックのキクマサピンだった。モモヨくんから湯呑みを受け取ると、
「手酌でやりますよ、奥さん」
とその酒を冷やで飲みだす。
「三千世殿、今晩は相談があって参りました」
「ぼくにですか?」
「大事な相談です。上様のことです」
「はあ」
「上様は天下を取ることをずっと目標にしていたのに、ここのところ、まったくやる気が感じられないんです」
「テレビばっかり観てるんですか?」
「そうなんです。今朝は変な四角いやつを、ずっといじってました」
「ルービックキューブかな――」
「このままじゃ、いつかよその国に侵略されてしまいます。またかつてのように野心を燃やさないと」
「十兵衛さんが皇帝を暗殺しようと計画しているみたいですよ」
「ええええええええええええええええええええええ、本当ですかぁぁぁぁぁ」
「金柑家の連中がいってました」
「うーむ、いままでも何人もの家来に裏切られてきましたからなぁ、上様は……」
「そうなんですか?」
「ええ――弟とも折り合いが悪かったし、母親ともうまくいってなかったんです。三河殿くらいじゃないかな、つねに忠実だったのは……」
「よく、こじらせなかったですよね――でも、もうある意味こじらせてるか……」
「三千世殿から発破かけてやってくれませんか、上様に」
「いや、逆にこのままでいいんじゃないですか?」
「というと?」
「隠居してもらうんですよ。皇帝の座をどけてもらうんです」
「うーむ……」
「藤吉郎様、天下を取るチャンスです。運が巡ってきたんですよ」
「わしが?」
「そうです」
藤吉郎様はハマグリの寿司を素早く頬張った。
「上様を金柑軍団の襲撃から守ってあげてください」
「どうやって?」
「本能神殿でのお楽しみ会って延期にできますか?」
「できるよ」
「お楽しみ会で油断してるときに襲撃するんでしょうから、十兵衛さんたちも奇襲を延期するでしょう」
「うんうん」
「そのあいだに大写毛様にはよその国に避難してもらう。そしてなんとなく引退みたいな感じに持って行く」
「ほお」
「そして藤吉郎様が新しい皇帝になるんです。ね、大チャンスでしょ」
「わしが皇帝に……」
「大写毛様は自由、十兵衛さんは愛、藤吉郎様は権力がいちばんの望みでしょ?」
「うーむ……」
「御三方、みんな幸せになれるじゃないですか」
「いわれてみれば、たしかにそうだな……」
藤吉郎様の瞳が一瞬鋭く光った。
「ま、一杯やりましょ」
「そうですね。ハマグリもあるし」
「三千世殿の大好きな、ハ、マ、グ、リ、がね。わははははぁ」
このあとの藤吉郎様は、またぞろ下世話な話をしてモモヨくんを笑わせていた。しかし酔っ払ったふりをしつつも、あたまのどこかでなにか計画を練っているようだった。
「あれ! もうこんな時間か。わたし、帰ります」




