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その五十三
恩師にメールを送ると、
「来てもいいよ」
と返信してきた。いったん屋敷にもどったのちに陶芸船へ向かうことにする。
「チーフ、『二、三日留守にするかも』っていってたのに、もう帰ってきたんですね」
「うん。いろいろ予定が変わったんだ」
「また出かけるんですか?」
「今度は恩師のところに行ってくるよ」
屋敷から別荘まではだいたい二十キロくらいだが、これくらいの距離であれば、わたくし環三千世は自転車で何の問題もなく往復できる。長年のらくら生活をしているぼくにとっては自転車で二、三十キロの距離を移動するのはあたりまえのことなのである。
「クルマはガソリンとか、いちいちお金かかるもんね」
「さすがモモヨくん。ニートの価値基準をわかってる」
「隠者の価値基準でしょ」
「あっ、そうだ。隠者隠者。あくまでも別物だから」
モモヨくんに今晩は遅くなるかもしれないと、いちおう断っておく。この通称陶芸船には何度か行ったことがある。前回行ったときは得体のしれない画家たちが小屋で恩師と共同で生活していた。
みんなお金に困っていて、ぼくが恩師に頼まれた物を届けると、すぐさまちかよってきて絵を売りつけてきた。
「三枚一万円でいいからさ。頼む、買ってくれ」
「ぼくもお金ないんですよ」
「でも少しはあるだろ?」
「ええ……まあ……」
「おれたちなんか、みんな所持金十一円とか、五円玉一枚とか、そんな感じなんだぜ」
けっきょくぼくは免許証のケースに別枠でキープしておいた一万円を使って三枚の絵をしぶしぶ買ったのだった(その絵は屋敷の寝室にいちおう飾ってある)。
別荘に到着し、なかを覗くと、恩師は板の間に横になっていた。ぼくに気がつくと、
「ちょっと休憩してた」
とからだを起こす。
「すいません。起こしちゃいましたか?」
「いやいや、眠ってはいなかったよ」
恩師にお茶を淹れ、自分もてきとうなマグカップでお茶を飲む。
「もうさすがにあの画家たちは帰ったんですね」
「うん。いまアンリ・ベール氏はほかの国で描いてるよ」
「アンリ・ベールさんて、ぼくが買ったあの絵の」
「うん。あっ、そうだ。そのベール氏にあずかってたんだ。三千世さんにあげてくれって」
アンリ・ベール氏はこちらの陶芸船に滞在中、ぼくのために湯呑みをつくってくれていたようだ。超デカいやつとぼちぼちデカいやつの二個で、おなじような絵柄が入っている。
「どっちも大きめだから焼酎用かな」
「たしか抹茶用だと、いっとったよ」
「お金請求してくるんですかね」
「いや、あげるって」
「どうかな……」
ぼくは湯呑みを受け取るかちょっと迷ったが、しかしきょうはアンリ・ベール氏のことを話しに来たのではない。ぼくは湯呑み問題を、
「じゃあ、もらっておきますよ」
と片付けると、単刀直入に〈国境なき無師団〉サイドへの協力をもとめた。
「うーむ――御老師がそういってたんですか?」
「はい。恩師もそろそろ折れたほうがいいですよ。いちおう向こうが師匠なんだから」
「そうだな」
「協力してくれますか?」
「するよ。もちろん」
「よかった」
「完全な〝無師〟になるには時間がかかるかもしれないがね……」
「でもきっと素質はありますよ、大写毛皇帝は」
「そうかね」
「幽閉できる施設みたいなところはあるのですか?」
「ワーカホリック用の施設があるんだ。そことわれわれは提携してるんだよ」
「どういうことをしてるんですか?」
「ひらたくいうと、真面目すぎる人間にニートのスピリットを注入するんだ」
「ニート?」
「ん? ああ、間違えた〝無師〟だ。〝隠者〟でも、ほぼほぼ同じ意味だけど」
ぼくはややぽちゃロリ熟女さんに、メールでこのことを伝えた。




