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その五十二
準備の段階から年配の旦那と田中さんはけっこういい雰囲気になっていた。
「がんばってくださいよ」
「きょうは悪かったな」
「いえいえ。じゃ、ぼく帰りますから」
「うん――あっ、ちょっと待った」
年配の旦那はぼくを呼び止めると、ポケットから小さく折りたたんだビール券を出してきた。
「いいですよ」
「ちがうよ」
ビール券はぼくへの謝礼ではなかった。年配の旦那は、この券を公園の用務員に渡してくれと頼んでくる。
「ジャパン氏、けっこうしゃべってるだろ。おれ、あの用務員、なんか苦手でさ」
「ビール券わたして、どうするんですか?」
「なにかてきとうなものを渡すと、キャンプやってても見て見ぬふりしてくれるらしいんだよ。キャンプの講師からきいたんだけどな」
「そうなんですか――まあじゃあ、やっときますよ」
「よろしくな」
とりあえずぼくは管理センターを覗いてみる。ぼくに気づいた用務員さんは、すぐおもてに出てきてくれた。これこれこういう感じのカップルがキャンプしているけれど、ここはひとつ見て見ぬふりをしてくれうんぬんと小さく折りたたんだビール券を渡す。用務員さんはすました顔でそれを受け取った。そして、
「きょうは、大盛況」
と耳打ちしてくる。
「よかったじゃないですか」
「最低時給でコキ使われてるんだから、これくらいの〝気持ち〟は受け取ったって、バチは当たらないよ」
「そもそも管轄外なんでしょ」
「そう。サービス労働なんだから」
用務員さんは大盛況といっていたが、ちがうグループからのいわゆる気持ちは物納だったようだ。
「これだよ」
と作業ズボンの太もものところにある大きいポケットからタッパーを出してくる。
「なんですか? これは」
「辛玉。ラーメンに入れるやつ。おれ、辛党だから、なにげにうれしいよ」
ぼくのお目目はピカリと光った。隠者の勘である。冷飯の嗅覚である。
用務員さんとわかれたぼくは、未開拓の地帯へひきかえした。年配の旦那たちが駐屯しているところよりもっと奥のほうから笑い声がきこえる。酒を飲んでいるようだ。ぼくは神父になりすまして、その人たちに声をかけてみる。
「アナタカミヲ、シンジマスカ?」
「おお、びっくりしたぁ。なんだよ、いきなり」
「コクハクシマスカ?」
「コクハク? コクハクしたら、なにかいいことでもあるのかい? わははははぁ」
「コクハク、スレバ、キャンプ、ミテミヌフリ、デ、アリマス」
「ふーん……やっぱ辛玉だけじゃ、すくなかったか――じゃ、告白してやるよ」
「シメシメデスネ」
「おれたちは、これから皇帝を暗殺するのさ」
「ナゼデスカ?」
「十兵衛様の命令だからさ」
「オモシロイ、ジョーダン、デスネ」
「謀反をおこすんだ。そのまえの酒盛り。おれたちは十兵衛グループだからな」
「ワカリマセーン」
「つまり金柑家はな、ヒッ、アルコール禁止なの。だからここで飲んでるんだ。ヒッ」
「ムホン、イツデスカ?」
「今度〈本納神殿〉ってところでお楽しみ会があるんだよ。そのときさ」
「ホンノウシンデン、ワタシ、シリマセン。ナイデスネ、アナタ、ウソデスネ、アナタカミヲシンジマスカ?」
「わははははぁ、まあ、この国にはないよな――とにかくそういうことだ。ヒッ。告白したんだから、キャンプは大目にみてくれよな」




